4 不法侵入者とお夕飯
…おい。
「おかえりなさい」
…おいっ!
「今日もお疲れ様です」
…おいっっ!!
「…ただいま」
何で居るんだっていうのは考えるのをやめる。洗濯機から家に入るんだから気を付けたって無駄だ。洗濯機の蓋を閉めるのもカビが気になるから嫌だ。前の家ではクローゼットが出入り口になっていたっていうし、おそらくどこに引っ越そうが不法侵入者を拒むことは出来ないのだから。
それよりも。
「…ねぇ」
「はい、何でしょう?」
笑顔だ。
何も考えていないわけがない。
この男だって、何も思わないわけがない。
少なくても、私はこいつを拒んだのだから。
本当に私が愛しい人とやらなのなら、私は失恋させたはずなのだが。
「おい、不法侵入者」
「リック、です」
「昨日ぶりだな」
「リックです」
「…」
「僕の事はリックと呼んでください」
「どの面下げて来やがった」
「この面です」
「…」
そうか。その面か。
私は電話を取り出し110番する。
「あ、警察ですか。空き巣…」
「誤解です!間違いです!!ご迷惑をおかけしましたっ!!」
奪われた。切られた。チッ。
「酷いじゃないですか!」
そうだろうか。そんなわけない。
私の口がどんどん悪くなっていく。あー、嫌だ嫌だ。
こいつ面倒臭い。本当に面倒臭い。
面倒だが、ムカつくが言いたい。
「どこが?」
「どこがって。…いや、そうですよね。ハイ。うん。分かっていたんですけどね。それでも期待しちゃうのが恋する男でしょう?そうは思いませんか、愛しい人」
私は無言で横を通り抜ける。
…何故付いてくる?
「ねぇ」
おい、無視かい。
「ねぇ!」
この不法侵入者が一丁前に。
「おい、リック!」
「ハイっ!!」
私の頬が痙攣している。奴の顔周りに花が見える。笑顔が本当に花のようだ。
あ~、ムカつく。
「着替えたいんだけど。あと、疲れているからこういうやり取り、すっごく鬱陶しい。居なくなって」
早く帰ってくれという意味だったのだが。
「あ、僕、ここで待っていますね。覗きませんから」
「…あ、そう」
もういいや。心底面倒臭い。
さすがにノロノロ着替えるわけはなく、さっさと着替えスーツにブラシを掛け、ストッキングとブラウスを洗濯ネットに入れて洗濯籠へ放り込んだ。
まだ玄関に居るリックが見えない尻尾を振りながら近づいてきた。
「お夕飯出来ています!」
「うん」
私は、ありがとうも言えなくなってしまったのか。自分にちょっとがっかりだ………って…。
「っちっが~~~う!」
人の部屋の物を勝手に使うって何なんだ。頭がおかしくなりそうだ。昨日今日と連日ではなく、せめて日を空けて欲しかった。
まだ現実と気持ちの整理整頓ができていないんだよ。
休日に考えて…いや、空いたら空いたで私なら忘れただろうなぁ。私はそういう人間だ。
買った覚えのない瓶ビールから冷えたグラスに注いでくれる。
ニコニコしながらグラスを差し出すな。っつーか、お前も飲むんかい。
「再会に乾杯!」
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
…いい飲みっぷりだ。
考えるのが馬鹿馬鹿しい。思考を放棄するなんて日がこようとは。
テーブルの上には、私の冷蔵庫に入っていた物では作れない物が並んでいる。
「半分払うから」
「僕も収入あるので問題ありません。今後はこうして間借りさせて貰うわけですから、家賃の半分はお支払いします」
「え?」
「え?」
「え?いやいや。何それ無いから」
「結婚する事が前提とはいえ、同棲です。ああ…!心が躍ります…!僕は幸せだぁ…」
一人で感動してプルプルしている。小花が飛んでいる。ううっ、疲れと酔いで目の錯覚か?
立ち上がり寝室に使っている部屋を開ける。
某店の布団が一組、購入した時の袋に入ったまま置かれている。カバー類もまだ未開封だ。
とりあえず、ずうずうしくも今夜から泊まる予定ではないと判断してよいのか?
「こちらでも仕事しようかなと」
「そう」
「こんな成りですが、僕、日本人って事になっていますので、ご両親に結婚報告する時も余計な心配はさせないで済みますよ。褒めて下さい」
突っ込みたいことも聞きたいこともあるが、私は座りなおしてビールを飲み干す。
ビール瓶をグラスに近づけてくるので避ける。
「私は手酌がいいの。自分の気に入ったように注いで、自分のペースで飲むのが好きなの」
「そうですか?遠慮しなくていいんですよ?」
「…お前が注ぐと泡が荒い。すぐ消える。上手くないからせっかくのビールが不味くなる。だから注がなくて結構!!」
「あ、ハイ」
白和えを口に入れる。こっちは美味い。…カプレーゼ、サンマ、麻婆豆腐。組み合わせについては突っ込むまい。私はそういうところにこだわりは無いから。食べられれば良い。美味しければなお結構。
仕事終わりの酒は命の水だから譲れないけど。
ん?
あれ?何か引っ掛かる。
何か引っ掛かった。
疲れと酔いでピンと来ない。
思い出せないなら大した事ではないのだろう。
「僕の転移石、とても上手く出来たのですよ」
「そう」
「でも、これは僕専用なんです」
「そう」
「上手く出来たので、新たに作成するんです」
「そう」
「愛しい人も僕たちの国と行き来出来るはずなので試したいんですよ」
「そう」
「愛しい人、旅行気分で一度どうですか?」
「イヤ」
「え?」
「絶対、イ・ヤ!」
「そうですか」
断った私の顔を窺うように見てくる。
「しつこい」
「何も言っていません」
「そう」
リックは自分の国の話、日本に来て学んだ事の話をニコニコと話し続けた。
私は適当に聞き流す。
美味しい夕飯に流しながらもそれなりに聞いているリックの話。
顔や態度には出さないようにしているが意外と面白い。
進む酒。
私はいつの間にか肘をついて頭を支えていた。
うん、いい気分だ。
明日も仕事か。
お風呂に入ってから寝なきゃ。
ああ、化粧落とさなきゃ。お肌はもう曲がっちゃったんだから。
私が起きている内に帰ってよねリック。
面倒だから明日の朝シャワーでいいや。
今日はメイク落としのシートでいいや。
明日の朝食用のお米研いでない。
今夜の分の洗い物を朝するの嫌だなぁ。
ん?
ああ、そう。やってくれるの?
気分いいから大サービスしちゃうぞ。
遠慮すんなよ。
ん~、やーらかい。
いい歳して赤くなってんじゃない。
初めてなわけじゃないだろ?
ん~、ブドウの味がする。
酎ハイ飲んでたの?
私は日本酒だ。ほら、味わえ。
美味かった。ごちそう様。
目覚ましがいつもより30分早く鳴った。
昨日の服のままだ。
ご飯はまだ炊いている最中。
ゴミ箱にファンデーションや眉墨が付いているメイク落としが見えた。
冷蔵庫の中には昨夜の残りが入っている。
部屋が酒臭い。
「私、やらかしたか?」
ああ、記憶はある。
やらかしたが酔っ払いの絡みで済ませられる範囲だ。問題ない。
リックはちゃんと帰ったんだな。
「愛しい人、ねぇ」
胡散臭くしか思えない、愛しい人という言葉。よくもまぁ恥ずかしげもなく連呼できるもんだ。
「早く起きれたし、シャワーじゃなくて湯舟に浸かろう」
昨夜の事も、一昨日の事も夢ではないんだな。
今日もリックは来るんだろうか。
そんな事を考える私はもう十分に絆されているのかもしれない。




