3 不法侵入者とお茶を飲む
何時から洗濯機の中に居たのか知りたくもないが、彼が長いお小水を終えて出てくるのを待つのもなんだかなぁと居ない間にさっさと着替えを済ませ、お茶の準備を始める。
「何だか憎めない不審者だわ」
向こうからジョボジョボと聴こえていた音が止み、ザアーと流す音が聴こえた。本当にどんだけ溜めていたんだか。漏らされなくて良かった。洗濯機の買い替えの理由が不審者の尿だなんて泣くしかない。
それはそうと、やっぱり気のせいじゃなかったんだろうなぁ。あいつが原因だったんだろうなぁ。本人に聞いてみるのが最も早いだろうし。
不審者の姿が見えたので手招きをする。驚き目を見開いたが、それが嬉しそうな笑顔に変わる。その笑顔は悔しい事に私をときめかせた。
それを素直に表に出すのは状況を考えると許されないことだと思ったので、んんっと喉に力を入れてごまかす。
私を真似て長い脚を折りたたみ座布団の上に正座をする男を見る。その仕草は随分と板についていて自然だ。どう見ても外国人なのに、仕草も言葉遣いも馴染んでいる。
「どうぞ」
出されたお茶が日本茶煎茶であっても構わないようだ。一人だったらノンカフェインコーヒーかほうじ茶を入れるところだが、招いたわけじゃないがお客様だ。茶菓子はないが、家に菓子は置いていないのだから仕方ない。
繰り返すが招いた客じゃないんだからいいのだ。うん。
「さて。話?…事情?…う~ん、まぁ、何だかよく分かんないけどそこいらへんの事を聞かせて貰えるんだよね?」
「ええ、勿論。というか、さすが僕の愛しい人です。その落ち着きと冷静さ。胸がドキドキします」
…愛しい人、ね。
彼の話はとても分かりやすかった。
簡単にまとめてしまえば、女性の人口が少ない国が他から女性を攫い結婚し子を生していたが、誘拐は悪いから自ら出向いたということだ。
攫われて恋に落ちるとか無いわ。私じゃ絶対無い。…いや、絆されるかもしれないから絶対は言い過ぎかも。でも、やっぱ、無い!!
世界広しといえども、このご時世にそんなことが許される国があっただろうか。私が詳しくないだけで実はそのような国って多いの?日本て大国の一つだよね?
「あの…考え込んでいる所すいませんが、それで、あの、僕の事どうですか?」
「は?」
私の常識がおかしいのだろうか。どうとは?この流れからだと夫としてどうかと問われている様に聞こえるのだが。頭オカシイんじゃないでしょうかね。
「君は私の留守中に勝手に家に侵入していたんだよね?」
「はい!愛する人の事、その世界、生活様式など知る為に。話には聞いて今居たが見ると聞くとは大違いって言いますし。僕は知らない事が多かったので少しでも愛しい人と様々な物事や認識を共有したいのです!」
留守家への侵入についてきちんと謝罪を求めていることを匂わせたつもりなのだが、全く伝わっていない。そういうのは日本人特有の言い回しだっただろうか。
「あの、僕、こう見えても国に仕えているんです」
…国家公務員ってこと?っつーか、このタイミングで自分を売り込んでくるか。
「今の僕の研究は国からとても期待されていて、協力も得ているんです!!僕だけでなく、愛しいあなたも僕の国と行き来できるはずなんです。ぜひ一度一緒に!!」
…国ぐるみで誘拐が行われている国に一度でも赴いたら帰してもらえないんじゃないんですかねぇ。ねぇ?
そんな国に誰が行くかボケェ…!
そろそろ私のこめかみにはムカッという印でも出ている頃じゃないかな。やっぱ、すぐに通報するべきだったか。
つくづく実感させられている。コイツ頭おかしいと。
「何でそんなににっこにこなのかなぁ」
「そりゃ。やっとこうして会えてお話出来ているんですもん、嬉しいに決まっているじゃないですか!」
あ、そう。…調子狂うわ。
言葉とその気持ちだけなら正直嬉しいと思えなくもないんだけど、なんてったって怪しすぎる。どこをどう切り取ってもおかしい。敢えて今まで触れないできたけど、世界が違う…いや、異世界って言ったんだよ、この男!漫画やラノベの読みすぎだっつーの。あるわけないじゃん。
…警察に通報でいいのかな。病院にでも連れて行った方がいいのかな。
「関わりたくない」
私の口からポロリと本音が洩れる。
「それなりの身なりしているんだからお金はあるんだよね?密入国者とかじゃないんだよね?」
「そうとも違うとも」
「警察に突き出してほしい?」
「どうしたんですか急に…!」
どうしたもこうしたも、不法侵入者とお茶を飲んでいることが非常識だったんだよ。
私、どうかしてたよ。どんなに人が好さそうでも不法侵入者。
「勝手に人ん家に入るような見ず知らずの犯罪者と関わりたくない。私の言ってること一般的だよね?世界共通の考え方だよね?」
「……はい」
「今すぐ出て行って!」
「あの、でも…!」
「早く!!」
おかしなこと言って、ちょっと可愛い所もあって、本当にオカシイよ。
「出ていけ!!!」
不法侵入者の顔が歪む。それが驚きと悲しみなのはその表情にありありと描かれている。
「私が悪いんじゃないだろっ、そんな顔で見るなっ」
泣きたいのは私だ。私に変な罪悪感を持たせるな!
「二度と部屋に入って来るな!次は許さない。容赦しない」
私が悪いんじゃない。だから目は逸らさない。私は怒っているんだ。
「それでも、それでも僕は諦めない。もう、諦められない。出会ってしまった」
立ち上がって私の前に立たれてしまう。体が固まったかのように動けない。いや、指がぴくりと動いた。動けないのか動かないのか分からない。何かされてしまうのだろうか。このまま連れ去られるのだろうか。
「口では負かす事が出来ても力では敵わない。私を連れ帰るのか?」
見つめ合う。
だからそんな顔をするな。
私が悪者みたいな気がしてくる。
「嫌な奴だ、お前は」
ああ嫌だ嫌だ。本当に嫌になる。
私の心に傷が付く。薄くなるのに時間がかかりそうな傷だ。
「傷付ける言葉は私を傷付ける」
くそっ。
「嫌いになる前に出て行ってくれ」
私は何を言っているんだ。
話してみて分かる。こいつが今、私を攫って行くなんてあるわけない。
ゆるゆると男の手が持ち上がる。その手は私の頬に触れる。優しい手つきでキザったらしく涙を拭ってきた。
「また来ます。愛しい人に会いに」
すぐに来なくていいと言い返せなかった。
顔から手が離れる。ほんの少し寒いと思った。
私は不審者が帰るのを確認する為に後をついていく。
この不審者に恐怖を感じない自分を愚かだと思う。
玄関に向かった男は何故か靴を持ちくるりと向きを変え、洗濯機の前に立った。
まさか…と口元が引きつるのを感じた。
「マジっすか」
私の言葉に反応することなく洗濯機の中に入った。その堂々と慣れた様な動作に目が釘付けだ。
異世界から来たって冗談じゃなかったの?
洗濯機の中で向きをこちらに変える。
「マジっす」
まるで私から一本取ったと喜ぶかのように、いや、そうなのだろう。いい笑顔で答えてきたのだから。
「名前は?」
つい、私は問うてしまった。くそっ。
「だから、不法侵入者の名前だ」
今度は花が開くように笑顔が咲いた。
「マーヴェリックです。リックと呼んで下さい」
「呼ばない」
名前なんて呼ばない。
「また来ます」
「来んな」
「次は愛しい人の名前を聞かせて下さい」
「教えない」
「そして、愛しい人の名前を口にする事を許して下さい」
「許さない」
「それではまた、お元気で」
「お前もな!」
リックの胸元がほんのりと光ったような気がしたと思った時にはもう居なくなっていた。
「わお。超常現象?イリュージョン?」
私は大慌てで部屋の中に隠しカメラがないか探し始めた。




