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エピローグ

 昼下がり。

 街へと続く街道を、赤と黒の人影が逃げるように走っていた。

 クックとタクミである。

「なんで君は僕の言うことを聞いてくれないんだっ!?」

「だって包丁の切れ味とか、試してみたくなったんだもん」

「だからって料理勝負なんて災害を撒き散らす必要は無いだろ!」

「わ、私の料理がついに災害レベルまで……」

 後ろを走るクックががっくりとうなだれたのが気配でわかった。

 二人の会話の通り、新しい包丁を手に入れたクックは、早速村一番の腕を持つという村長の娘さんに挑んだ。

 本人曰く、「なんだかいけそうな気がした」とのことで、意気揚々と開始された料理勝負は、審査員が最初の料理を食べるなり気絶するという惨事を巻き起こして、二品目はおろか、娘さんの料理が出される前に幕を下ろすことになった。

 クリスが引きつった笑みを浮かべて包丁を取り上げた光景は今でもタクミの目にしっかりと焼きついている。

 しばらく走って、二人は腰を掛けるのにちょうどいい岩を見つけ、一旦休憩をとることにした。

「ううぅ~……一度渡した物を取り上げるなんてちょっと酷いと思わない?」

「むしろキリカと一緒に、役人に突き出されなかっただけましだと思うけど……」

「それは……そうだけど」

 不服そうに呟くと、クックは天を仰いだ。

 見上げた雲ひとつない空は、青く澄み渡っていた。

 クックは思いっきり叫びたい衝動に駆られた。

「ちくしょぉぉーー!」

 思いっきり叫ぶ。

 隣に座るタクミが、ビクンと体を震わせた。

「なんにも収穫なかったー!」

 叫びの通り収穫がなかった。

 面白い食材も無かったし、包丁までも失ってしまったのだ。

 その上、折角もらったと思った包丁も取り上げられてしまった(自業自得だが)。

「せめて……せめて新しい包丁が欲しいィィィーー!」

 この空と同じように凛として澄んだその叫びは、木霊するわけでもなく、そのまま溶け込むように消えていった。

 完全に叫びが吸い込まれていくのを感じると、軽く息切れしながら頭を下げ、

「はぁ……はぁ……ふふっ、言ってやったわ……」

 なぜか満足そうだった。

 と、

「あるよ」

 タクミが言った。

「あるよ。包丁」

「へ?」

 背負った荷物を降ろし、タクミは少し鞄をまさぐると、それを取り出した。

 クックに黒い包みを差し出すと、ぷいっとそっぽを向き、

「期待はしないでね」

 と小さく言った。

 そんなタクミの様子に首をかしげると、少しワクワクしながらその包みを丁寧に開いていく。

 そして、その包丁が全貌を見せたとき、クックは小さく息をのんだ。

「これは……」

 宝石でも触るかのように、その緋色に染まる刃に優しくゆっくりと白い指先を走らせる。

 そう、その包丁の刃は銀や黒ではなく、鮮やかかな赤い色をしていたのだ。

 クックは紅玉のような目をキラキラと輝かせながら、しばしその包丁を眺めていた。

 と、あることに気づいた。

 これは、どう見ても普通の包丁ではない。

 無論、こんな代物が村で売っているわけも無い。

 街まで行けば十年に一度ぐらいの確率で売っているかもしれないが、あいにく村と街を往復するには手続き等を考えると、三日以上は絶対にかかってしまう。

「三日……?」

 そういえば、クックは思い出す。

 クックが眠っている二日間プラス一日、タクミはどこかに行っていた。

 包丁を手に入れたとしたら、確実にその三日の間の事である。

 村には売ってない。

 村と街往復する時間はギリギリ無い。

 だが、包丁を入手している。

 もし、この状況でこの包丁を入手する手段があるとすれば――

「あんたが……打ったの……?」

 恐る恐る、そっぽを向き続けるタクミに問いかける。

「そうだよ」

 タクミは短く答えた。

 その声色は、不機嫌なようにも聞こえるし、照れ隠しをする子供の声のようにも聞こえた。

「刃物扱えるようになったの?」

「包丁ぐらいならなんとかね。あの包丁が壊れたのは僕のせいでもあるし……どうせだから、もうちょっとだけ頑張ってみたんだ。…………まあ、かなり出来はわるけど、ね」

 その言葉に、クックは包丁をじっくりと観察してみた。

 確かに赤いとは言っても、少々色がくすんでいるようには見えるし、刃も指でなぞれば少々でこぼこしているような気がする。

 失った包丁に比べたら、たしかに見劣りがする一品だった。

 だが、

「ふ――ふふふっ」

 クックの口から自然と笑いがこぼれる。

「わ、笑う事ないだろっ?」

 非難の声を上げるタクミ。

 だが、クックは笑う事をやめようとはしない。

 収穫はあったことに気づいたのだ。

 タクミのくれた包丁は、確かに不出来で、どちらかといえばクリスに取り上げられた包丁のほうが良い品だった。

 しかしクックにとってこの包丁は、クリスの包丁、失った包丁、そして世界中の包丁よりも素晴らしいものに思えた。

 それに、収穫はクックだけでなくタクミにもあった。

 今回の一件でタクミは、成長した。

 未だに刃物に恐怖を覚えるようだが、『刃物ダメ。ゼッタイ』とまで言っていたタクミが刃物を作り出せるまでに成長したのだ。

 あのヘタレだったタクミがこんなにも成長したのだ。

 嬉しくなって、思わず笑みをこぼしてしまうのは仕方の無いことだろう。

 そう思いながら、口を尖らせるタクミを横目にクックはしばらく笑い続けた。



「ほらほらっ! もう街は見えてるんだから頑張んなさいよー」

 数キロほど先にある街を背景に、手ぶらのクックは赤い髪をゆっさゆっさと揺らせながら満面の笑みで手を振った。

 元気良くパタパタと前方を走る彼女のコートの隙間からは、コートとは正反対な純白の包帯がチラチラとその姿を見せている。

「くそっ……僕は……なんて過ちを……」

 両手に荷物を抱えたタクミは、ぶつぶつと文句を垂れた。

 休憩が終わった後、ちょっとした坂道に差し掛かったので「荷物、ちょっと持とうか?」といったところ、全部持たされたのだ。

(今度から気をつけないとね)

 ため息をつきながら決意すると、タクミはクックに目を向ける。

 結局、彼女と旅を続ける事になった。

 なし崩しにそうなったとも言えるし、暗黙の了解でそうなったとも言える。

『一緒に旅をしたいっ!』

 あの時、岩に魔精加工を施している最中、キリカと戦う彼女の叫びが聞こえていた。

 命の危険にさらされ、「キリカと組む」というだけで助かるにもかかわらず、彼女はタクミを選んだのだ。

 タクミはそれが嬉しかった。

 前半に「ヘタレ」だとか「だまされやすい」とか色々言われて多少はへこんでいたが、「一緒に旅をしたい」というその言葉が聞けただけでも、料理の事も含めて全部許せてしまうような気がしたのだ。

 それに、

「僕も君と旅がしたいよ」

 彼女がいると、不思議と勇気が出てくる。

 勇気が無くても、前へと進む事ができる。

 だから、タクミはクックと旅を続ける事にした。

「なんか言った?」

「んーん。何にも言って無いよ」

「嘘つかないのっ。『僕も』って聞こえたんだから! 『僕も』なによ?」

「な、なんでもないって!」

 わざわざ戻ってきたクックが、ほれほれとタクミのわき腹を肘で突いた。

 その顔に浮かぶ小悪魔的な笑みを見ると、「全部聞こえてたんじゃないのか?」とさえ思えてしまう。

「まあ、いいわ。今日はいいことがあったからこれ以上は聞かないであげる」

「へ、へえ。いいことってなんだい?」

 これで話をそらせる。

 そう思い、クックの言葉に乗っかる。

 だが、次の瞬間悪寒が走った。

 クックの笑顔が、なんだか得物を捕らえたような笑みに変わったのだ。

「決まってるじゃない」

 ニヤニヤと笑いながら彼女は続ける。

「今日はタクミと言う鍛冶師が、私の専属になった日なのよ!」

「えぇ!?」

 驚きの余り、タクミは荷物を取り落としそうになった。

「なんで、僕が君の専属になってるんだよ! 承諾した覚えはないぞっ!」

「だって、包丁くれたじゃない。しかもハンドメイドの」

「いや、それはそうだけど……べつにそれは『専属になる』って宣言じゃないよ」

「何言ってるのよ。ブルターニュでは、『鍛冶師が依頼無く料理人に包丁を手渡すことは専属になる証である』っていう暗黙の了解があるのよ! あれよ、プロポーズに指輪をわたすみたいなものよ!」

「なんだって!」

 しまったー! と叫んで頭を抱えるタクミ。

 しかしクックはにんまりと笑いながら、タクミに気づかれないようにぺロリと舌を出した。

(ま、嘘なんだけどねー)

 ブルターニュはそもそも騎士国家で、料理人自体が少なく、文化も浅い。

 そのため、料理人で有名なナカックニと違って『暗黙の了解』だとか『しきたり』なんて物は無いといっても過言ではなかった。

(やっぱ、からかいがいがあるわー)

 そう思いながらも、ネタバレすべくクックは口を開いた。

「ふふふっ、冗だ――――」

「暗黙の了解なら……しかたない、か。いいよ。専属になろう」

「へ!?」

 今度はクックが驚いた。

 まさかこんなにあっさり承諾するとは思ってなかった。

 もっと、「いやだ」とか「はめたな!」とか必死に抵抗してくれると予想していたのだ。

「ほ、ほほほ、ほんと!?」

「まあ、冗談なんだけどねー」

 勢い良く身を乗り出して詰め寄るクックに、タクミはニヤリと口に孤を描きながら即答する。

 目をしばたたかせるクック。

 そんなクックの様子に、タクミは身をよじって笑った。

「ぷはっ! あははははははは! ひっかかったね! クックの嘘なんてバレバレだよ! ――――クック?」

 うつむいたクックが、プルプルと震えている。

(こ、殺される!?)

 ここにきて、タクミは少しやりすぎたと言う罪悪感と、その罪悪感を飲み込む圧倒的な恐怖を感じていた。

 じりじりと交代しながら、身構える。

 だが、彼女が襲ってくる気配が一向に無い。

 そして、

「うそ……つき……」

 かすれた声で、クックは呟いた。

 同時にポロポロと、紅玉の様な瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

「せ、折角……専属を見つけられたと思ったのに……すごく……嬉しかったのに……タクミのうそつきぃ……」

 ふえーんと泣き出してしまった。

 突然の事に、タクミはどうしていいのかわからなくなる。

 まさかあの強いクックが泣くなんて、思ってもいなかったからだ。

「そ、そりゃあ、暗黙の了解は嘘だけど……それで初めて……初めて鍛冶師に『いいよ』って言ってもらえたのにぃっ!」

「ご、ごめん。わるかった。言っちゃいけない冗談だったね」

「う、うるさい! こっちこないで!」

 ゴシゴシと目を擦りながら、ゆるさないんだから! と言ってそっぽを向いてしまう。

 その後も必死に、謝り、なだめすかそうとするが、機嫌を直してくれる気配が無い。

 釣りの時に言っていたが、彼女は何人もの鍛冶師にことごとく断られてきた。

 そのことを聞いていたにもかかわらず、それを「冗談だよ」と言うのは、詐欺師の所業とそうかわらないことだろう。

(さすがにマズイ冗談だったかな……)

 そう反省するも完全に後の祭りだった。

「その……」

「……っく……な、なによ」

 普段以上に目を赤くしたクックが恨めしそうに、睨みつけてくる。

 その視線に、胸に杭を打たれたかのような錯覚を覚えながらも、

「その……ちゃんとした専属っていうのはあれなんだけどさ……」

 タクミは最大限の譲歩をとることにした。

「修行の期間が終わるまで。その間だけは君の専属、っていうのじゃダメ……かな?」

「ふぇ?」

「ほら、どうせ一緒に旅はするんだろうし、その間僕はフリーだし……調理器具のメンテナンスぐらいだったらやるよ」

「ぐすっ…………ほんとに?」

 ナイフのように鋭かった目をまんまるにして、不安そうにタクミを見つめた。

 そのしぐさは、この少女がつい三日前に死闘を繰り広げたとは思えなくするほど、弱々しく可愛らしいものだった。

「ほんと。だから、ね?」

 燃えるような赤い髪を優しく撫で付けてやる。

 当たり前の事だが、その髪は炎のような熱さは無く、やさしい木漏れ日のような暖かさを帯びていた。

 と、クックが再びうつむいたかと思うと、全身を小刻みに揺らし始めた。

「い……」

「い?」

 漏れ出た声に、タクミは首をかしげる。

 そして、次の瞬間。

 クックは顔をあげると、

「いぃぃやっほうぅぅ!! 鍛冶師げっとおぉぉっ!」

 太陽のように輝く笑みを浮かべて全身で喜びを表現した。

「言ったわね? 『君の専属』って! 今度はちゃんと自分の口から『専属になる』って言ったわね! やった……やったああぁぁ! これで私も専属持ちの料理人の仲間入りぃぃいい!」

 ガッツポーズをとったり、ジャンプしたり、その場でクルクルまわり始めたり――とにかく無邪気に全力で喜んでいた。

 そんなクックの姿をぼーっと見ていたタクミも、我に返るなり彼女を指差し大声で叫んだ。

「だ、だましたな!」

「べっつにぃ~、だましてたわけじゃないしぃ。ただ涙が出ちゃっただけよ」

「そ、それはそうだけど……! でも泣き落としなんて卑怯だぞ! 卑怯な事はきらいじゃなかったのか!」

「そりゃあ、決闘とかケンカでは嫌いよ。でも、いい加減騎士団の頃のクセを抜かなきゃと思ってね。それに今回は決闘でもケンカでもない。だったら問題なし!」

 ずびしっ! と親指を突きたてながら爽やかな笑顔を向けてきた。

「い、いや、でも――」

「さあ、いくわよー。もう日が落ちちゃうし、急がないとねー」

 反論しようとするタクミから逃げるようにクックは走り出した。

 いや、逃げた。

「待って! 話は終わって無いぞ!」

「はははは」

「笑ってないで僕の話を聞いて! お願いっ!」

 前を走る真紅の背中に声を掛けるも、たたただ笑い声だけを返してくる。

 しかも結構な速度で走っていくものだから、大量の荷物を抱えながらだとその背中を追いかけるだけでいっぱいいっぱいになってしまい、会話をするドコロではなくなってしまう。

「く、くそっ……クックにあってから散々だよ、全く」

 ぜぃぜぃと肩で息をしながら、吐き捨てる。

 同時に、「だけど」と付け足した。


 ――『専属になる』と提案するあたり、僕は彼女の事が気に入ってるんだろうなぁ。


 そう胸中で呟くと、タクミは苦笑いを浮かべながら彼女の背中を追いかけ続けたのだった。

 料理ベタ料理人と刃物恐怖症鍛冶師。

 専門分野が苦手という共通点を持った変な二人の影が、のどかな街道を走っていった。

一応、これでクック×スミスはおしまいです。

いやしかし、読み返してみるとひどい内容ですね(笑)

機会があれば、いろいろ修正してみようかと思っています。

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