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【第29話 そして二人で……】

指定された場所に、千鶴は現れた。

呼び出したのは幸也ではなく、成美だ。


「……何の用ですか? 二人揃って、私を裁きにでも来たんですか?」


千鶴は二人を交互に見つめ、警戒と冷笑を混ぜあわせた視線を向けた。


幸也は何も言わなかった。

成美から数歩離れた場所に立ち、ただ二人を見ている。


千鶴が何かを言うたび、成美の表情を確認する。

成美が一歩踏み出せば、幸也もわずかに視線を動かす。


けれど、口は挟まない。

成美が自分の言葉で千鶴と向き合うことを、ただ信じていた。


成美が振り返れば、そこに自分がいる。

それだけでいいとでもいうように、幸也は黙って立っていた。


成美は怖気づくことなく、千鶴の目を真っ直ぐに見つめた。


「裁くつもりなんてないわ。……ただ、千鶴ちゃんの口から聞きたかったの。

私がエレベーターに閉じ込められそうになったのも、千鶴ちゃんがしたの?」


一瞬、千鶴の顔が引きつる。


「……成美さん、ちがうんです。私はただ……」


取り繕おうとする千鶴に、成美は静かに重ねた。


「ちがうのね? 本当に?」

「……っ」


誤魔化せないと悟った千鶴の瞳に、黒い感情が激しく渦巻き始める。


「……そうやって、成美さんはすぐに人を信じて。……偽善者ですか?」


「私が偽善者?」


「いつもいつも、みんなに笑顔を振りまいて! 仕事も人一倍やって、任されて……その上、プライベートまで幸せそうで……! 不公平じゃないですか!!」


千鶴の叫びが、夜の空気に刺さる。


「私だって頑張ってるのに! 誰も認めてくれないし、

 嫌なことがあっても……嫌なことだらけだよ!!

 だから、成美さんも私の様に、不幸になればいいと思ったのよ!!」


吐き出された怨嗟の声。

けれど成美は、激怒することも、千鶴を責め立てることもしなかった。


目の前にいるのは悪魔ではなく、限界まで追い詰められ、

自分を見失って苦しんでいる一人の少女なのだと悟ったからだ。


「……千鶴ちゃんは苦しかったのね。

 でも、苦しいからって人を傷つけていいわけじゃないわ」


「成美さんには……私の気持ちなんて分からないのよ!!」


「だったら」

成美は一歩、千鶴へ足を踏み出した。


「私を憎むんじゃなくて、私に甘えてみたら?」


「……は? 何を言ってるの……甘えろ、ですって?」


呆然とする千鶴に、成美は優しく微笑みかけた。


「そうよ。一人で頑張るのは辛いわ。苦しいわ。

 一人で抱えていたら、どんどん苦しくなるのよ」


「苦しくて、苦しくて……どこを向いているのかすら、分からなくなる」


「私たちも、そうだったから」


「……」


千鶴の息が止まる。言葉が胸を突いたように、目を見開いた。


「千鶴ちゃん……頑張ってきたんでしょ?」


「っ……!!」


成美はそっと手を伸ばし、千鶴の冷たい頬を優しく包み込んだ。

そして、こつんと、自分の額を千鶴の額にくっつける。


「ごめんね…気づいてあげられなくて」


千鶴の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「……でも、私にも譲れないものもあるの」


そう言って、成美はチラリと後ろの幸也を見つめた。

その揺るぎない強い眼差しに、

そして何も言わずにただ成美を深く信頼して見守る幸也の佇まいに、千鶴は悟った。


この二人の間に割って入る隙など、最初からどこにもなかったのだと。


「千鶴ちゃん。人ってね、一人でいるより誰かに甘えて頼って生きていくのも、

 一人で頑張っているのと同じくらい価値のあるものだと私は思うの。

 ……だから、もしよかったら、これからは私に甘えてみてくれないかな?」


温かく、けれど一切のブレもない成美の言葉。


「違う…… ちが…… 私は苦しくなんて……頑張ってなんて……」


そう言葉を詰まらせて言い返そうとする千鶴に成美は


「大丈夫よ。千鶴ちゃんは一人じゃない。ねぇ 大丈夫よ」


と言って成美は千鶴の頭を子供の様によしよしと撫でた。


「う……っ」


千鶴の喉から、押し殺すような声が漏れた。


「……ごめんなさい……っ。ごめんなさい……二人とも……ごめんなさい……っ」


千鶴は顔を覆い、子供のように声を上げて泣き崩れた。

その様子を見届けていた幸也が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

成美の肩を愛おしそうに引き寄せ、撫でる成美の手を見つめていた。



◇

千鶴が去り、静けさを取り戻した帰り道。

幸也は空を見上げながら、噛み締めるように呟いた。


「今まで人に甘えることができなかったのは……成美、

 お前も同じだったのに。変わったな」


「昔の私だったら、あんなふうに誰かに『甘えていい』なんて言えなかったと思う」


「……」


「私自身が、甘えるってことを知らなかったから」


「……そうだな」


「でも、幸也さんが教えてくれたの」


成美は幸也の腕に、自分の腕を絡める。


「一人でできることと、一人で全部やらなきゃいけないことは違うって」


幸也が足を止める。 成美も足を止める。


「だから今度は、私が誰かにそれを渡せたらいいなって思ったの」


「……千鶴に?」


「うん」


少し笑って、成美は幸也を見上げる。


「変わったんじゃないよ」

「たぶん元々、私の中にあったの 甘えたいって気持ち」

「ただ……できなかっただけ」


そして、幸也の胸にそっと寄り添う。


「でも今は、できるようにしてくれた彼がいるから」


幸也は静かに、成美を見つめた。


「……そっか」


それだけ言うと、成美の頭を優しく撫でた。


「じゃあ、これからもそうしてろ」


「何を?」

「甘えたり、頼ったり」

「……幸也さんに?」


「俺以外に誰がいるんだよ」

成美が笑う。


「ふふ……じゃあ、遠慮なく」


「ああ 俺も甘えるから」


「はい。そちらも遠慮なく」


お互いくすっと笑った。


幸也は成美の手を握り、二人のマンションへと帰っていく。


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