【第9話 俺の女】
幸也の胸の中でひたすら泣き続けたあと。
しゃくり上げる声がようやく収まり、成美はハッと我に返った。
(……私、大人の癖にこんなところで、幸也さんに泣きつくなんて……)
自分の失態に顔が熱くなり、
急いで身体を離すと、成美はいつもの癖で頭を下げた。
「……すみません」
幸也は呆れたように息を吐いた。
「なんで謝る」
「だって……」
「泣くのも俺に迷惑か?」
「……違います」
「じゃあ謝んな」
短く吐き捨てると、幸也は成美の目をじっと見つめた。
その鋭い視線に逃げ場を失っていると、幸也はぽつりと告げた。
「なる」
「はい」
「今から俺の女な」
「…………え?」
成美の時が、完全に停止した。
頭の中が真っ白になり、言葉がうまく組み立てられない。
「……そ、それ、どういう意味ですか……?」
「そのままの意味だ」
「……私、今まで恋人がいても、あんまり上手く付き合えなくて……」
「知ってる」
「え?」
「見てりゃ分かる」
さらりと言い切られ、成美の胸がドキンと跳ね上がった。
完璧に隠してきたはずの不器用さを、この人はあっさりと見抜いている。
「お前もそれでいいか?」
「……はい」
そう答えるのが精一杯だった。
その夜、自分の部屋に帰ってからも、
成美の心臓はうるさいほど打ち続けていた。
ベッドの上に座り込み、天井を見つめる。
(私、幸也さんに何を言えばいいんだろう……?
『いい彼女』って、どうすればいいんだろう……)
またしても「正しい答え」を探そうとしてしまう自分に、
成美は小さくため息をついた。
◇
数日後。
仕事の合間、カフェで幸也と並んで座っていた時のことだった。
成美は何かを言いかけて、途中で口をつぐんだ。
「……あの」
「何だ」
「……いや」
「何だよ」
「……なんでもないです」
いつものように「波風を立てない選択」をして逃げようとした成美。
幸也は「そうか」とだけ言い、コーヒーに口をつけた。
けれど、それから数秒後。
成美の中で、何かが小さく渦巻いた。
やっぱり、消えてくれない。
「……やっぱり、なんでもなくないです」
幸也がゆっくりと振り返る。
「言え」
「……でも、上手く説明できないんです。頭の中でまとまってなくて……
何が言いたいのか自分でも分からなくて……」
困惑し、眉を下げて混乱する成美に、
幸也は椅子を引き寄せてまっすぐに向き合った。
「別に説明しなくていい」
「え?」
「順番なんかめちゃくちゃでいい。まとまってなくてもいい。
言ってる途中で意見が変わってもいい」
幸也の低く静かな声が、成美の耳に心地よく響く。
「俺が聞いてやる。
だから、なるが話せる内容だけ言ってみろ」
「……っ」
うまく言わなきゃ怒られる、相手を困らせる、見限られる——。
そんな幼い頃からの恐怖が、幸也の力強い言葉によって、
サラサラと砂のように崩れていく。
成美はぽつり、ぽつりと、まとまらない自分の気持ちを口にし始めた。
支離滅裂で、順番もバラバラな言葉。
けれど幸也は一度も遮らず、面倒くさがることもせず、
ただ静かに頷いて最後まで聞いてくれた。
言い終えたあと、成美は深く胸の息を吐き出した。
(あぁ……私、これでいいんだ)
支離滅裂な自分を、丸ごと受け止めてくれる人がここにいる。
成美の心に、これまで感じたことのないほど温かく、
確かな安心感が広まっていった。




