エピローグ 出ない村
エピローグ
今年も雪武村には、雪が降りしきる。外界から隔たれた村には、新たな命が生まれては、また消えていく。
お正月のその日、新たなよそ者が、その村に入ったきり、出てくることはなかった。行く道しかないから、『ゆきだけむら』。
最初からこの村に、帰り道なんて、ない。
太郎はすべてを悟った。
だるまに殺されたはずの忠人の姿も、死んだはずのかいとの姿も、女の姿をした傷だらけの弥彦の姿も。ゆうやを抱きしめるカナの姿も。そこにはみんなが、そろっていた。
「面白かったよ。この村の呪い。それは、村人そのものだったんだな」
太郎が笑う。村人は、誰一人なにもしゃべらなかった。
だるまが夜に一斉に転んだのは、だるまの中に鉄を仕込んで、床の下のコイルに電気を流し、磁場を作ったからだ。
「俺のスマホが、忠人さんの死んだ夜に、電源すらつかないバグを起こした。それに、バッグからなかなか取り出せなかったのだって。だって、床が磁石と化してたんだから、そりゃあそうなる」
ももによれば、その日は停電した。あれだけのコイルに電気を流せば、ソーラーパネルでは足りなくなる。
そして、かいとの事件。
かいとは崖から飛び降りた。かのように見せかけて、実際はそのすぐ下にある空洞で、マットを崖の外側に向かって伸ばして、落ちてきたかいとを受け止めた。
崖の下の空洞には、丁寧に岩の模様の布をかぶせて、外からは見えないようにした。
けれど、井戸から繋がった地下と、英恵の家からの地下。この村にはいくつもの地下があるようだから、きっとあの崖の下の空洞につながる通路も存在するのだ。
「崖の下の骨や肉片は……前日に仕込んだものか。あるいはこの村は、『相変わらず』まだ生贄を信じているようだから。何人殺したのやら」
そして、八重と弥彦は同一人物だった。
「最後の最後まで、俺が『気づくように』村人からひどい扱いを受けて。弥彦自身は、村人に反して、俺を呪いから遠ざけていた。違うか?」
八重のいた座敷牢の窓が、崖の空洞――かいとを保護した空洞の真上にあるのなら、小さな窓から脱出して、座敷牢に落ちていた鉄の棒――これも腹に隠していたのだろう――にロープを括って、窓に引っ掛け降りればいい。
そして八重は、犯人から事情を話され、『渋々』協力した。きっと、役割を果たせば、川の向こうから解放する、とそそのかされたのだ。
笑っていた村人の顔が、無表情に変わった。唯一、英恵の顔だけが、悲しみに染まっている。
「この村には、神がいる。そう言ったのは英恵。おまえだ。失言だったな」
「でも、私は太郎のこと、友達として――『特別な方』として、信頼していたの。私たち村の人間の『もてなし』を、喜んでくれるって」
この村の言い伝えによれば、呪いによって死ぬ生贄は五人。
忠人、かいと、八重。そして次のゆうや。
「ゆうやは犯人がインスリンの注射をして、植物状態に近づけて――つまり、呼吸の数を抑えることで、あの場にあった毒――酸性の風呂洗剤と、塩素系の風呂洗剤を混ぜた毒の影響を最小限にした。俺たちにもまんまと吸わせて、俺たちが意識を失うように誘導した。あの放送部屋に入った瞬間から、毒ガスに侵されていたんだ」
決め手はにおいだ。あのにおいの正体を、太郎はつい先日、思い出した。ももの脱衣所のにおいが、妙に鼻についた、先日のことだ。
そして火葬場で、犯人はゆうやをすり替えて、植物状態から蘇生させた。
最後にダメ押しで。
「最後に死ぬのが、外から来た人間、つまり俺。か。なるほど、気づかなかったよ。日常に呪いの言葉を織り交ぜて、俺に言わせ続けたもんな」
わらべ歌のことである。あれを太郎が自然と言葉にすること自体が、村人から太郎への呪いの正体だ。
だが、最後の呪いの発動には、条件がある。
「残念だったなあ? 俺は気づいた。自分が誰であるのかを」
すべては、村人の『もてなし』だった。つまり、この村の呪いを解く方法は、村人が死んだと太郎に信じ込ませること。その呪いの正体を明かされないこと。そして、太郎が自身を知らぬままに、最後の生贄になること。
生贄の死は、村人総出の演出だ。その中心にいたのが――英恵。
英恵は忠人という父親の死を望み、父母の両方を持つ恵まれたかいとを憎み、異父姉妹である弥彦を恨み、兄弟がいるというだけで親友のももを裏切った。
しかし英恵は選ばれた案内役、太郎をもてなすのが役割だ。このトリックを実行するには、英恵では無理がある。
かいとを崖に行くよう言いくるめたり――洞窟から助けるから安心して飛び降りろと騙した大人。
八重を予め座敷牢に閉じ込めた人間。
ゆうやが植物状態になった時、英恵は太郎と一緒にいた。
だったら、それらを実行できたのは――死んだとされる忠人だった。
このトリックを実行するには、一番目に忠人が死ぬ必要があったのだ。
英恵は、この村の大人は死なないと言った。だけど、お正月の呪いだけは、大人も生贄になると言っていた。これらは矛盾がある。今回四つの呪いのうち、死んだ大人は忠人だけだ。他の大人は誰ひとり死んでいない。それはいささか『できすぎ』だ。
そしてカナの失言。カナは、この呪いでは大人は死なないと断言していた。
忠人は死んだふりをして、地下から崖まで先回りして、かいとを救った。村を探索に出かけた太郎が地下に気づくことを見越して、八重を座敷牢に閉じ込めた。
かいとを植物状態にしたのは、忠人だ。あの時、カナが医者に責められていた。『インスリンの数が足りない』と。忠人は元医者だと英恵が言っていたから、インスリンの植物状態からの蘇生も可能だ。
もてなしに当たって、忠人は英恵と八重の関係を知った。知ったからといって、忠人の行動になんら影響はない。
英恵は大事な大事な、生贄だった。娘として異性として、そして神にささげる大事な生きた贄として、恥ずかしくないように育てあげた。
最初から気づくべきだった。忠人は、英恵――娘を拐かすなら、誰であっても容赦しないと、太郎に告げていたというのに。
毎年の来客の際の四人の生贄は、結局、助けられたとしても、のちに死ぬ。だから、かいとの両親も、カナも、偽装された子供の死に、心から泣いていた。
生贄とされた子供たちは、来客が去ったあとに大人たちによって、近いうちに本当の『生贄』にされるのだ。
今、宿にいるのは大人だけだ。だから村の子供たちは、お正月の呪いで生贄が四人、死んだと言い聞かされて生きていく。大人になるまで、村の本当の呪いをを知らずに。
生贄を選ぶのは、その年の案内役の親だ。
つまり、忠人が選んだ、英恵のための、生贄だった。英恵が案内役として死ぬ餞に、英恵が憎む人、英恵が妬む人をささげたのだ。
だから、英恵の関係者だけが次々に死んだ。
それが『太郎』が行き着いた答え、けれどこの謎解きには先がある。
「まあ、今回は楽しめたから、そうだな。誰を生贄にもらおうか」
その時、英恵が前に一歩、歩み出た。
その足に、迷いはなかった。ただ一心に、太郎を見つめている。太郎の口元が、引きあがった。
「私を、外に連れて行ってください。生き贄の、神さま」
この村には、言い伝えがある。とおり崖から生贄を落とすと、神が願いを聞き入れてくれるという、言い伝えだ。
そこに落とされた少年少女は、村が閉ざされても魂は癒されなかった。やがて彼彼女らは山の神と一体になり、年に一度、この村へと足を向ける。
太郎とは、この村の神、山の神その人である。
山の神は、これ以上の生贄を禁じた。村の人間がまた、神に祈ることを、禁じたのだ。なのに、あの崖は、今も村人の信仰の中心にある。
太郎が頭を抱えた。
『出ない村』の呪い――山の神を殺すには、村人の命を奪わずに、呪いで四人、村人を殺し、最後に神を殺す必要があった。
命を奪わず、というのは、英恵から聞いた山の神の言い伝えからも推察できる。あの時の話に出てきた少年は、『人身御供をささげる』と言ったのだ。しかも『四人』。英恵の伝記には『五つの呪い』とあったにもかかわらず。
人身御供は今では人形御供として言い伝わった、れっきとした『命を奪わない』生贄だった。
「俺としても、生贄なんてもらわずに済むならそうしたいが」
そして呪いを解く最後の条件が、神が神であることを思い出さないこと。
それは、伝記の末尾にしっかりと記されていた。『神が神であることを忘れ、消える日まで』。
思えば太郎は、両親の記憶もおぼろげで、どうやってこの村の入り口までたどり着いたのかもわからなかった。
最初から、太郎にはなにもなかった。太郎は、自分が何者なのか、最初から、知らなかった。
「英恵。英恵にはよくしてもらったから、ほかの生贄でも俺は許すけれど」
「いいえ、いえ。太郎……いえ、山の神さま。神さま、神さま。どうかわたしを、生贄として私を、共にお連れ下さい。私をこの村から、出してください。どうかわたしを、『選んで』ください」
英恵は最初から、そういう役割だった。正月に来る客の案内役は、つまるところ、呪いを解くのに失敗したときの保険の生贄。
本当に呪いを解きたいのなら、村人たちは英恵を邪険にする必要はなかったはずだ。
村人は、案内役の英恵にあえて冷たく当たった。英恵に太郎を『殺せ』と急かしたのは、英恵が太郎に絆されて、太郎が謎を解くよう誘導させるためだった。
本来なら、英恵はこの村の出ない呪いを解くために、太郎に呪いは解かせず、最後に太郎を殺さねばならない。
だけど英恵は、知ってしまった。この村が呪われた理由も、この村に来る客が、神であることも。
その上で、英恵は神――いや、『太郎』を殺させないために、呪いを解かせる必要があった。たとえ英恵が死ぬことになっても。
だが、呪いの正体を太郎が暴くことこそが、村人の本来の思惑だった。
だから村人は、英恵にひどいことをした。なじり、いためつけ、早くあの神を殺せとせかした。
だけど、こんな村、英恵の方から願い下げだ。
太郎が英恵の手を取った。英恵の身体が、太郎の体に解けていく。
結局、神は神で、信仰されなければ消えていく。神が神で在るためには、年に一度、生贄をもらう必要があった。
しかし、神とは名ばかりで、生贄の神は所詮生贄にしか過ぎず、太郎がお神酒を舐めて倒れた時点で、太郎がこの世ならざるものであることは、忠人にも村人にも明らかだった。
しかし、太郎を含めたこの日の生贄がほかとは違うのは、その生贄は死なないことだ。生きた贄となる。
そうやって、神になった生贄たちは、毎年毎年、この村を訪れる。とおり崖から落とされた生贄が、次の神に成り果てるまで。
「そりゃあ、大人たちは俺を避けるわな。俺は神とはいえ、けがれた生贄の成れの果て。そばに居続ければ、少なからず魂はけがされて、『大人であっても』死ぬだろうな」
神が癒されることはない。恨みは募り、また村は呪いで閉ざされる。それが神の意思かはわからない。太郎の意思かも、わからない。
「それでは、村人よ」
あっはっは、と笑って、太郎の姿が天をかけていく。村人たちは、表情を変えない。
今年もまた、『ひとりの』生贄で済んだ。
今年もまた、願いはかなえられた。この村は、永遠にこのままでいい。老人たちは永遠を生き、生贄は新しく生み出せばいい。
そうやって、何年も、何十年も、この村はひっそりと続いてきた。それこそが村人の願い、その願いをかなえるためならば、生娘一人は安すぎるほどだった。
神が謎を明かすのは想定内だった。村の呪いなど最初から解く気がないのだ。だから村人は、太郎や英恵に冷たく当たった。この村を乱すな、と。
宿の中に外に、一年分の備品が積み上がる。
ほっと安堵の息をつく村人に、神は高らかに笑って、
「また来年!」
今年の謎解きは、たいそう面白かった。面白い生贄ももらった。
来年もきっと、英恵の魂とともにまた、山の神が雪武村を訪れる。
朝の静かな宿に、村人の拍手喝采が響いていた。
了




