最終話
二〇二七年八月。
結婚式を無事に終えた俺とリサさんの新生活の舞台は、予想もしない形でもたらされた。
「浅野さん、リサさん! 二階の角にずっと使っていなかった空き部屋があるから、あそこへ移転しなさい!」
大家さんの愛ある一声で決まった新しい我が家は、このアパートで一番広い2LDKの部屋だった。
日当たりの良い広いリビングには、お祝いに貰った大きなクッションが置かれ、そこでは我が家の大福とアズサ、そしてリサさんのちまきちゃんが、日差しを浴びながら仲良く「フゥ……フゥ……」と幸せそうな寝息を立てている。
かつて一人で塞ぎ込んでいた狭いワンルームの面影は、もうどこにもない。ここには、溢れんばかりの愛と、温かな生活のインフラが完璧に整っていた。
「長政さん、行ってらっしゃい。今日も暑くなりそうだから、気をつけてね」
キッチンで朝食の片付けをしていたリサさんが、エプロン姿で柔らかく微笑み、俺の元へ歩み寄ってくる。彼女が優しく整えてくれたスーツの襟元。
「ああ、行ってきます。リサさんも無理しないでね」
彼女の額に軽く唇を寄せると、足元で大福が「俺を忘れるな!」と言わんばかりに「フゴッ!」と短く鼻を鳴らした。
鏡の前で、かつて少し苦手だった自分の名前――浅野長政の胸を張り、しっかりとネクタイを締める。
やっぱり、犬のいる生活はいい。
だけど――リサと歩むこれからの人生は、もっといいはずだ。
ドアを開けると、5月の澄み切った海風を思い出させるような、眩しく爽やかな初夏の光が全身を包み込んだ。
今日もまた、かけがえのない愛しい日常が始まる。
俺は力強い足取りで、光あふれる広島の朝の街へと歩み出していったのだった。




