第四十話【雲海】
第61階層。
60階層の魔女の森から下りてきた二人は、それぞれ柔らかい地面へと着地をする。
「へぇ、こんな階層もあるんですね」
月がつぶやいた。
「うん。俺もかなりびっくりした」
「だったらもう少し驚いた表情をしてください」
二人の目の前には、辺り一面に雲が広がっていた。
いわゆる雲海というやつだ。
瑠璃と月はそんな雲の上に立っている。
「雲の上って普通乗れないですよね? ほとんど水蒸気のはずですし」
瑠璃はしゃがんで雲を触りつつ答える。
「そうだぞ。って、これめちゃくちゃ柔らかいな。……ちょっと試しに食べてみるか」
「どうなっても知りませんよ」
彼は地面の雲をちぎり、口に運んだ。
「……んー、なるほど。これは──」
「──どけろぉぉぉ!」
そんな声が聞こえてきたかと思えば、上から空蝉が落ちてきた。
瑠璃は不機嫌そうな表情をしつつも横ステップを踏み、ギリギリのところで空蝉との衝突を避ける。
空蝉は目を瞑って雲の上に尻もちをついた。
「おい、俺の食レポの邪魔すんなよ」
「えっ? あぁ、それは申し訳ない。かなり高い位置から落ちたせいでちょっとパニックになっていた」
「で瑠璃さん。どんな味なんですか? 気になるんですけど」
空蝉を無視して月が尋ねた。
「えっとな……。無味無臭」
「やっぱりですか」
「一切味のない綿菓子を食べているみたいな」
「じゃあ私はいりません」
「さて、疑問も解消したことだし、次の階層に進むか」
「とはいっても360度全て雲しかないので、どっちに行くか悩みますね」
「もちろん地面を掘って進むつもりだけど、とりあえず邪魔者から逃げるために遠くへ行くから、お姫様抱っこするぞ」
「そうしましょう」
「なっ、邪魔者だと!?」
今まで黙っていた空蝉が声を上げる。
「じゃあな、金髪」
そう言い残し、瑠璃は彼女を抱っこして走り出した。
瞬く間に姿が見えなくなる。
「俺は空蝉だ! というか、こんな危ない所に置いて行かれてたまるか。スキル【超加速】発動!」
その瞬間、空蝉の体に青いオーラが纏い始めた。
「足の速さなら、俺だって」
そう言って全速力で瑠璃の後を追い始める。
◆ ◇ ◆
「とりあえずこのくらいの速度で走っていればすぐに──」
「──待ってくれぇ!」
瑠璃が雲の上を走っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「えっ……空蝉さんが追いかけてきているんですか?」
「そうみたいだな」
「普通瑠璃さんの速度に追いつけます?」
「いくら俺がのんびり走っているとはいえ、レベル差がかなりあるはずだ。……あいつまさか素早さに極振りとかしてないよな?」
「あー、多分スキルの効果だと思います」
「ちょっと興味が出てきた。聞いてみよう」
瑠璃は少しずつ速度を遅くし始めた。
やがて距離が縮まり、二人は並んで走る。
「はぁ、はぁ。やっと追い付いたぞぉ」
「おうお疲れ」
「あんた、通常状態の全力疾走でその速度なのかよ。化け物すぎだろ」
実際瑠璃は全く本気で走っていないのだが、どうやら空蝉は勘違いをしているらしい。
「なぁ金髪。お前なんでそんなに足が速いんだ?」
「俺か? これは【超加速】というスキルの効果だ。莫大なMPを消費し続ける代わりに、その間ずっと素早さが十倍になる」
「十倍はすごいな。……それはいつでも覚えられるのか?」
「いや【超加速】を覚えるためには、【加速】のスキルレベルを10000以上にしないといけない」
「あぁ、なるほど。10000はもったいないな。一瞬覚えようかと悩んだけどやっぱりいいや」
「10000がもったいないって……。あんたのレベルからすれば余裕だろ」
「できなくはないが、莫大なMPを消費するならMPも上げないといけなくなるし」
「まあ、それは確かに」
とそこで、頭上からバサッバサッという音が聞こえてきた。
「そのことを踏まえたうえで、俺はその超加速とやらの習得はしない」
「ちょっと待て! やばい、あいつがきたぞ」
空蝉が大声で言った。




