第二十話【コウノトリ】
それから二年後。
「私たち、もう出会って長いですよね?」
オリハルコンの床で寝転がっている鳳蝶が、ふとそんなことをつぶやいた。
昔と同じくかわいらしい見た目をしているが、装備は白い鎧から布の服へと変わっている。
「そうだな」
「男女が同じ部屋で何年も過ごしていたら、普通は何か進展があると思いません?」
「俺はこれでも一生懸命やっているんだけどな。……全然あの膜、破れる気がしないぞ」
「そういうことを言っているんじゃないんです。私と瑠璃さんの関係と言うか」
「あぁ、出会った頃に比べてかなり仲良くなったよな。まさか俺が誰かを名前で呼ぶようになるとは思っていなかった」
今現在、彼は少女のことを月と呼んでいる。
本人は【お前】という三文字よりも【るな】の二文字のほうが呼ぶのが楽という理由で始めたのだが、実際はただそう呼びたかったからである。
一緒に過ごしていくにつれて、瑠璃が彼女へと寄せる好意はほんの少しずつ大きくなっている。
対する鳳蝶のほうも、瑠璃のことがだんだん好きになっていた。
そして、彼女はいろいろと欲も溜まってきていた。
女性はある程度歳を取っていくごとに性欲が増していくという話を聞いたことがあるけど、まさにそれだろう。
鳳蝶は最近、瑠璃と子どもを産むことを妄想することが多くなっている。
しかし、そうはならないのがこの二人。
原因は全て瑠璃にある。
「そういうことではなくてですね。その……」
「さっきからじれったいな。何が言いたいんだ?」
「普通の若者が二人きりで何年も過ごしていたら、子どもくらいできますよねっていう話ですよ!」
「あー、なるほど。子どもの話か。……そうなのか?」
「私も男女の関係に詳しいわけではありませんので、具体的なことはわからないですけど、多分そうだと思います」
「へぇ……。でも、できないんだから仕方ないだろ」
「……は?」
「待つしかないんじゃないか?」
「待つって、なにを?」
「いやでもよく考えるとさ。……そもそも変な膜で閉じ込められたこの部屋にコウノトリが入ってくるのは不可能じゃないか?」
この時、鳳蝶は理解した。
この男は赤ちゃんの作り方を知らない。
おそらく本気でコウノトリが運んできてくれると勘違いしているのだと。
「……もういいです」
「? そうか」
「……ちなみに瑠璃さんは子どもが欲しいと思わないんですか?」
「めっちゃ思う」
「えっ?」
予想外の反応に、思わず目を見開く鳳蝶。
「だってレベルが1からスタートするわけだろ? だから、最初からステータスを攻撃力に極振りさせて、さっさとこの膜を破れる人間を作りたい。……今のレベルが高い俺とは違って、サクサク上がるだろうし」
「はぁ……。瑠璃さんに聞いたのが間違いでした」
「間違いかどうかは自分が判断することだろ」
「だから私が自分で判断したんです」
「ふっ、その考えに至るということは、月はまだまだ三次元の思考回路ということだな」
「そういう瑠璃さんもたまに三次元の思考回路になってますけどね」
「えっ……マジで?」
「マジです」
「嘘だろ?」
「そんな意味のない嘘なんてつきません。……そんなことよりも! 何年もこの部屋にいて、レベルがひとつも上がっていない私のことをどう思いますか?」
「…………別に? 魔物を倒せていない自分のせいじゃないの?」
「出現して一秒未満で全滅する魔物たちをどうやってレベル7200ちょっとの私が倒せばいいのか、ぜひ教えてもらえませんでしょうか」
「そう頼まれてはいないという可能性がある時とは真逆の場合、俺はどう答えなければよくないの反対なのかほんの少しだけ悩まないこともあるんだけど……」
月は顎に手を当てて三十秒ほどじっくり思考し、口を開く。
「頑張りましたけど、言った意味がわかりませんでした」
「安心しろ。俺もわかっていない」
「真面目にしてください!!」
「そうは言ってもさ。……経験値を奪われたくないし」
「じゃあ、今後一生経験値をくださいとは言わないので、一度だけパーティを組んで敵を全滅させてください」
「えぇ……」
「お願いします!!」
「まあ他ならない月の頼みだし、一度くらいならいいか」
「えっ!? いいんですか?」
「ああ。レベル7200からどのくらい上がるのかちょっと興味あるし」
というわけで一度だけパーティを組み、瑠璃が魔物たちを全滅させた結果、月のレベルは7200から一気に50000を超えた。
そして一瞬にして得た莫大なステータスとスキルのポイントを、彼女は何ヶ月も悩みながら慎重に割り振っていくのだった。
この日、鳳蝶月の名前がいきなりランキング第二位に浮上したのはまた別の話。




