第十八話【四次元の思考回路】
「へぇ、この床とか壁の物質って、オリハルコンっていう名称なんだ。……知らなかった」
瑠璃がそうつぶやいた。
「オリハルコンはこの世に存在する物質のなかで一番頑丈と言われていて、どんな武器やスキルを使おうと壊せる人はいません」
「俺、素手で壊せるけど」
「いやいやそんなことあるわけが……」
女性は最初バカにしたような笑みを浮かべていたが、途中で何かに気がついたのだろう。
急に顔色を変え始めた。
「……そういえばあなたの名前、こはくがわるりって言いましたよね? まさか、あのランキング一位の!?」
「うん。俺が第一位の琥珀川瑠璃」
別に隠す理由もないため、彼はあっさりと認める。
「本当に存在していたんですか!?」
「どういうことだ?」
「ひとりだけレベルの桁がおかしいので、世間ではいろいろと噂になっていたんですよ。ランキングのバグだとか、どこかの天才がふざけてランキングを書き換えた、とか」
「いや、ちゃんとここに存在してるから」
「それが本当だとすれば、確かにオリハルコンをも壊せるかもしれませんね」
「……」
「あれ? じゃあなんで脱出しないんですか?」
女性が当然の疑問を投げかけた。
「脱出しないというか、できないんだよ」
「?」
「オリハルコン? とやらの壁の向こうに膜みたいなのが張られていて、それがどうしても壊せない」
「膜?」
「なんか、たまに虹色に輝いたりしているやつ」
「それは私も知らないですね。でも琥珀川さんのレベルでも壊せないとなると、誰の手にかかっても不可能でしょう。やっぱり私の復讐もここまでですね」
「俺はいつか出るつもりだけどな」
「えっ?」
「周りに魔物の死体があるだろ? こいつらは全滅すると一時間後に新しく出現するんだ。だから俺はもう何年もここでレベル上げをしている。俺の夢のためにな」
「夢?」
「お前は、存在しているかどうかもわからないダンジョンを創ったやつに復讐したいとか言っていたよな?」
「……バカにしてるんですか?」
「うん」
瑠璃は頷いた。
「やめてください」
「でも、同じバカがもう一人ここにいるから」
「はい?」
「俺もさ、ダンジョンを生み出したやつに会ってみたくて、ひたすらレベルを上げて攻略し続けているんだよ」
「えっ」
「最初は誰よりも早くダンジョンをクリアしたかっただけなんだけど。……その目標はこの前変わった」
「その目標って?」
「なぜ地球に突然ダンジョンやレベルシステムが現れたのか、その理由が知りたい。ファーストステージをクリアした時のアナウンスを聞いた瞬間、俺はふと思ったんだ。もしかすると、ダンジョンを創ったやつがどこかにいるんじゃないかって」
「……なるほど」
女性が納得したように頷いた。
「で、そいつを探すための手掛かりはきっとダンジョンにしかない。……だからここで諦めるつもりはない。たとえ何十年かかろうと絶対に生きて脱出する」
「でも、ダンジョンを進んでいくと、もっと危険なことが待ち受けているかもしれないんですよ? セカンドステージで二人ともこのざまですし」
「まあな」
そう言って少しだけ微笑む瑠璃。
「私、実は最近……復讐するのをやめようかと思っていたんです。危険を冒してまでダンジョンに入って、そのなかで死んだら、きっと両親は悲しむんじゃないかなって。……安定した職業に就いて、愛する人を見つけて、子どもを産んで。そういう真っ当な人生を過ごしたほうがいいんじゃないかって」
「別にいいんじゃない?」
瑠璃は他人の生き方に興味がなかった。
「やっぱりそうですよね」
だけど彼は、ほんの少しだけ彼女に共感していた。
だから自分の考えを嘘偽りなく伝える。
「でも、大切なのは命の長さじゃない。生きている時に何ができるか……」
「えっ?」
「俺はそう思うけどな」
「いきなりどうしたんですか?」
「俺は俺がやりたいことのためなら別にいつ死んでもいいと思っている。だけど親を悲しませたくないから死にたくない」
「なんですか? それ」
女性が微笑みながら聞いてきた。
「矛盾しているだろ? でもこれが俺の生き方だから」
「……なんか、ちょっとだけ言いたいことがわかるような気がします」
「だろうな。俺とお前はどこか考え方が似ている。……もしかすると俺は生まれて初めて他人に興味を持ったかもしれない」
「そ、それってどういう……」
「なぁ。ここから出ることができたら、俺と一緒にこないか?」
「えっ?」
「まあどうせ時間はたっぷりあるし、じっくりと今後の生き方について考えたらいいさ。……ダンジョンの攻略をやめて真っ当な職業に就いてもいいし。俺と一緒にきて神様でもなんでも見つけて、復讐をしてもいい」
「……」
女性の返答は無言だった。
「ちなみにお前がどっちを選ぼうと、俺はダンジョンを進み続ける。……なんなら一人のほうが効率が良い」
「誘っているのか、きてほしくないのかどっちなんですか!?」
「別にどっちでもいい。お前の人生を強制する権利は俺にはない」
「それはそうです。私は自分が生きたいように生きますよ。……出会って初日のあなたに強制されたくはありません」
「うん。やっぱり俺と考え方が似ているな」
「……ちなみに同族嫌悪って言葉知ってます?」
唐突に女性が尋ねた。
「ん?」
「人間って自分と似た性質を持つ人に対して、嫌悪感を抱きやすいんですよ。だから私たちがずっと行動を共にしているとお互いに気分を害する可能性があります」
「だけどそれは相手のことを思っているからこそ、そういう感情が出てくるわけであって、本当に嫌いで苦手なやつを目の前にすると、興味すら出てこないけどな」
「?」
「要するに、嫌悪感をひっくり返したら好きになるってわけだ」
「ひっくり返せないからみんな同族に嫌悪感を抱いているんじゃないんです?」
「いや、それはあくまで世の中を三次元空間としてとらえた場合の考え方であって、自分の思考を四次元へとレベルアップすることができたら、簡単にひっくり返るぞ」
「さっきから何を言っているんですか?」
「それが理解できないということは、お前はまだ三次元レベルの思考回路ってことだ」
「琥珀川さんってもしかして、かなり頭おかしい人なんですか?」
「頭がおかしいというのは、言わば他の人とは異なるってことだろ? つまり抜き出た才能を持っているとも言える」
「……はぁ」
「まあその辺については、四次元へと上がってこられたら自ずとわかるはずだ。それよりもお前──」
「──そのお前って言うのそろそろやめてもらえません? 私には鳳蝶月という名前があるので、鳳蝶とでも呼んでください」
「わかった。……おい、お前」
「全然わかってない!!」
女性がかわいい声でツッコんだ。
「そろそろ大量の魔物たちが復活するから、死なないように気をつけろよ」
「えっ……」




