第二十五話【エピローグ・一】
「で、問題はどうやってその場所へ行くかだけど……。地球の神様なら、転移させてくれそうだな。……おーい地球の神様! 聞こえているか?」
少しの間が空いたあとで、どこからともなく老人の声が聞こえてくる。
『呼んだかの?』
「約束通り魔神に勝ったから願いを叶えてくれ」
『時が止まっている間も含めてずっと見ておったから知っておる。本当なら息の根を止めて欲し──』
「──は?」
『ごほんっ、少し懲らしめて欲しかったんじゃが、確かに魔神に勝ったら願いを叶えるという約束を交わしてしまったしのぉ。……うむ、よかろう。で、願いとは?』
魔神の圧にビビった神様が、一度咳をしたあとで言い直した。
瑠璃は指を二本立てて即答。
「とりあえず、叶えることのできる願いを二つに増やしてくれ」
『…………嫌じゃ』
「なんでだ? お前ならできるだろ」
『それはルール違反じゃ!』
「神のくせに細かいこと言ってんじゃねぇ。もし仮に言うことを聞かないのであれば、約束を破ったと判断してお前を殺しにいく」
『わ、わかった……。叶えよう』
「よし、ならまずはひとつ目の願いだ。俺たち三人を、月が幼い頃に住んでいた土地の前へとワープさせてくれ」
『それくらいなら朝飯前じゃ。なんせわしは地球のことであればなんでもわかるからのぉ……。行くぞ、ほれ』
神様がそう言った直後、瑠璃たちは一瞬にして荒野から秋葉原へと転移。
するとそこには……更地があった。
周りは住宅街になっており、一か所だけ空いている感じだ。
遠くの車道から車の行き交う音が聞こえてくる。
運よく周囲に人はいないようだ。
「君、もしかしたら僕よりも魔神っぽいかもしれないよ?」
「うるせぇ。……で、月。ここで合っているのか?」
彼女は周りを一瞥し、頷く。
「はい、合ってます。……それにしても、家はもうなくなっていたんですね」
「みたいだな」
「今更特に悲しいとかはないですけど。…………とにかく、この敷地内で土下座をしてもらえたらいいです」
「ということだから、やってこい」
「はぁ……。仕方ないな」
「おい! 本当に申しわけないという気持ちを持ってやれよ。正直お前程度いつでも殺せるからな?」
「わ、わかったよ」
魔神は綺麗な土の上に足跡を残しながらも更地の中心へと移動した。
そしてゆっくりと、膝と頭を地面につけていく。
「僕がダンジョンを創ったせいで申しわけありませんでした……」
誰も喋ることなく、ただ沈黙が流れる。
十秒ほどして魔神は立ち上がり、こちらへと戻ってきた。
「これでいいかい?」
月はどこかスッキリしたような面持ちで答える。
「はい、大丈夫です!」
「そっか、じゃあこれで終わりだね。僕はもう自分の部屋に帰るけど──」
「──あ、今ふと思ったんだけどさ。やっぱりここでお前を殺しておいたほうがいいかな?」
「えっ、なんで!?」
「だって、後々お前が俺を殺しにくる可能性もあるし……。絶対神に貸してもらった力が残っているうちに処分しておいたほうが安全だなと思って」
「それもそうですね」
瑠璃の言葉に月も頷いた。
「ちょっと待って! そんなの嫌だよ! もう勝負はついたんだし、僕が手を出すはずないじゃん!」
「信じられないな」
「そんなことないって」
「じゃあ、お前が復讐をしないと証明できるものは何かないのか? 契約の魔法陣とか、そんな感じのやつ」
「…………ない」
「なら──」
「──けどもう、しばらくは地球にはかかわらないよ! ダンジョンとレベルシステムも消す予定だし」
「あ、そうなのか。……って、しばらくは?」
「前例はないけど、一応ラスボスである僕が負けちゃったからね。これから百年くらいかけて、もっとすごいダンジョンを創ろうと思うんだ。今のダンジョンはまだまだバランスの悪いところが多いせいで、修正点がいくつもあるし」
「なるほど。なら俺が死ぬまでは問題なさそうだな。……そのあとのことは知らん」
「めちゃくちゃ自分勝手だね!?」
「それが俺だからな」
「えっと……。とにかく僕は生かしてくれるってことでいい?」
「ああ」
「ふぅ、よかった!」
魔神は安堵のため息を漏らした。
「だがもし仮に、俺が生きている間に地球へ手を出すようなことがあれば、次はダンジョンを創ってくれた恩とか関係なしに殺すぞ? これは脅しでもなんでもなく、俺は絶対神に気に入られているからな。きっとあいつがなんとかしてくれるだろ」
「むぅ……。あの御方に頼るなんてずるいよ!」
「使えるものを使って何が悪い。俺は自分の力ではお前に勝てないからな」
「あはは! 確かに人間は雑魚で弱いからね」
その瞬間瑠璃が顔色を変え、魔神に向かって歩き出す。
「やっぱり殺すことにした。覚悟しろ」
「いや、嘘だって! 冗談の通じない男はモテないよ?」
「必殺──」
「──そ、それじゃあ僕はこれで失礼するね! バイバイ!」
その言葉と同時に魔神は姿を消した。
「あ、おい。逃げんじゃねぇよ……」
「ふぅ……。何はともあれ、これで終わったんですね」
月がつぶやいた。
「……そうだな。あれだけ脅しておけばあいつが俺たちに手を出してくることもないだろうし、一件落着だ」
「正直途中から瑠璃さんのほうが魔神に見えてきましたよ?」
「それはないだろ」
「いえ、魔神よりも魔神らしかったです」
「どっちかと言うと、さっきの取引は俺たちのマージンだろ? そして今後俺たちは暇人になるわけだな」
「……上手いこと言えてますけど全然面白くありません」
「うるせぇ」
「で、これからどうします?」
「とりあえず絶対神の加護が解けるまではあまり動きたくない。下手に動いたら冗談抜きで地球を壊してしまいそうだ」
「そういえば今のレベルって9999不可説不可説転? でしたっけ」
「ああ」
「……それがどのくらいの数値なのか想像もつかないですけど、とにかく今は全部を我慢してください」
「月を好きだという気持ちも抑えないといけないのか?」
「それは抑えなくてもいいです」
「じゃあ抱きつくことになるけど……そしたら月が潰れるぞ」
「やっぱり抑えてください」
「でも抑えられないくらい好きなんだが」
「なら抑え……って、どうしたらいいんですか!」
月がそう言った直後だった。
『とある冒険者によりファイナルステージがクリアされたため、これよりダンジョンとレベルシステムを削除致します。現在ダンジョン内にいる冒険者の方々は地上へと転移させますのでご安心ください。……繰り返します。とある冒険者によりファイナルステージがクリアされたため、これよりダンジョンとレベルシステムを削除致します。現在ダンジョン内にいる冒険者の方々は地上へと転移させますのでご安心ください』
どこからともなく機械的な音声が聞こえてきた。
同時に瑠璃の身体からオーラが消え、髪色もいつも通りの黒に戻った。
「うわっ!?」
「えっ!?」
そんな声を上げながら、瑠璃と月はほぼ同時に膝をつく。
「重っ……」
「なんか身体がだるいです」
二人とも信じられないほどの高レベルだったため、無意識に体を脱力させて過ごす癖がついていた。
それゆえに、レベルが存在しない状態での身体の使い方を忘れてしまっていたのだ。
瑠璃はすぐさまそのことに気づいたらしく、立ち上がりながら口を開く。
「魔神にレベルをリセットされた時も一瞬感じたけど、レベルがなかった頃はこんなにも身体能力が低かったんだな」
「これ……やばいですね」
「あ、そういえば」
「ん? どうしたんです?」
「…………やっぱりもう出てこないな」
「あー、メニュー画面のことですか」
「そう。今まで当たり前のように出していたから、頭のなかで【メニュー】と思い浮かべても何も表示されないのは、めちゃくちゃ違和感がある」
「…………確かに出てきません」
「どうやらレベルシステムがなくなったのは本当らしい」
「ということは、ダンジョンもですかね?」
「だろうな」
「ちなみに瑠璃さんが負っていた傷って、絶対神さんの加護のお陰で治ったんですか?」
月にそう尋ねられ、彼は体全身を確認していく。
「本当だ、気づいたら全部治っているな。まあ、多分そうだと思うぞ」
「本当によかったです」
「安心しろ。今後も俺が死ぬことはない」
「もうただの化け物じゃないですか! 説得力ありますけど」
「だろ?」
月は一度微笑み、
「さてと……。これからどうしましょう」
「一応考えてはいる」
「あ、そうなんですか?」
「えーっと、まああれだ。なんにせよ、ようやくダンジョンをクリアできたな」
「? そうですね」
「……月」
突然瑠璃が真剣な表情になったため、彼女は反射的に姿勢を正す。
「は、はい」
「俺はお前と出会って、初めて異性を好きになったんだ」
「それは……私もです」
「最初は全く興味なかったし、正直鬱陶しいやつだと思っていたけど、気づいたら惹かれていた」
「それも……同じです。だって出会った初日から四次元の思考回路がどうとか、でたらめばかり言ってたんですよ?」
「いや、でたらめじゃないから。……ともかく、俺が今後お前以外のやつを好きになることはない。だから浮気とかの心配はするな」
「そのセリフを瑠璃さんが言うと説得力が半端じゃありません。そもそも、そんなことをする人ではないというのはもう充分にわかっていますから、今更宣言しなくても大丈夫です」
それから十秒ほど間が空いたあとで、瑠璃は空を見上げながら口を開く。
「……長かったよな、今まで」
「はい」
「俺が一番記憶に残っているのは、セカンドステージのオリハルコンの部屋かな」
「あっ、私も同じです! 結局あそこで十年近く生活しましたよね?」
「ああ。マジで長かった」
「一緒に過ごしすぎて、たまに一切会話をしない日とかもありましたけど、基本的には仲よかったと思います」
「会話でデートしたり、くだらないことについて口論したり、あんな地獄みたいな場所に閉じ込められていたにもかかわらず、わりと楽しい思い出しかないな」
「……あそこから出たあともずっと楽しかったです。私と瑠璃さんって、なんというか……波長が合っている気がするんですよ」
「それは確かに思う。会話のテンポ感とかも最初からぴったり合っていたし、何もしていなくても一緒にいるだけで退屈しないし、月はずっとかわいいし。……お前といると幸せだ。来世でも一緒にいたい」
「ありがとうございます」
「……」
瑠璃は無言で彼女を抱きしめた。
「ひゃっ……」
最初はびっくりした月だったが、次第に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと抱きしめ返す。
「……」
「……」
まるで世界にこの二人しか存在していないかのような、幸せな時間が流れる。




