こちらでされてる密やかな話
街中にサイレンの音が響き渡り、人気の無い表通りから更に人気の無い裏通りを抜けて行く。
人気の無さすぎるのも考え物だ。ルートを考えて通らないとこの非常事態時に街中をウロチョロする不審者になってしまう。何事も適度が一番とはこのことね。
そうやってようやく辿り着いた場所はこの街でも外縁に比較的近い施設だ。そこの関係者入口から、事前に受け取っていた鍵と教えられていた電子ロックの暗証番号を入力し、静脈認証をも問題なくクリアする。
頼んでおいた通りの事をしてくれている辺り、信頼のおける依頼主ね。そもそも、こんなこと私も初めてだから緊張の連続、出来るだけ迅速に事をすませる必要がある。
そうしてここまで来た私は、目的の場所まで一直線に駆け出し、コンクリートの建物を抜けその先にある森の中に入っていく。
「お待たせしました」
その更に向こう側。池の畔に巨大な黒いシルエットと、一人の女性の人影があった。
巨大なシルエットはこの街を守護する魔獣。確かノンと名付けられたA級の亀の魔獣だ。
そして、その傍らでその魔獣の頭を撫でているのが今回ここに来た目的の人物。
「いいえ、来てくれてありがとう。ここに来たということは、良いのね?」
「はい。元々雇われですから。それに、彼の件、貴女になら確かに出来るのだろうと思いますし」
諸星 光。諸星グループ会長、諸星 檀の弟である諸星 玄太郎の妻であり、異例の若さで検察庁検事長に昇り詰めた敏腕。結婚を機に退職し、夫のサポートに回っていたけど、その敏腕ぶりは変わらず。
現在はこの街の魔法少女達をまとめ上げ、世界初の民間の魔法少女保護組織、『魔法少女協会』を設立。
魔法少女を国と切り離し、兵器運用を避けながら今まで通り、魔獣への対抗策としての魔法少女の活動、保護、育成などを手掛けているという。
少なくとも常人には出来ないことだらけだ。国を黙らせることも、魔法少女が首を縦に振るような環境を用意できることも、並みのところではとてもじゃないけど無理。
それを実現させた女傑。それが私の彼女への評価。
故に、先日の接触で私は拘束、連行、尋問までを覚悟した。普通はそうだ。私を【ノーブル】に所属する人間だと理解しているのなら、迅速にそういう対応をする。
そうあるべきだろう。【ノーブル】は何処まで行ってもテロ組織。犯罪者集団だ。それを元とは言え、検察官がみすみす見逃すわけが無い。
と思っていたのだけど、彼女が提案してきたのは、私が最も得意とする諜報だった。
「えぇ、約束する。元々同じような問題を抱えている子をウチで保護していてね。そのついでよ」
「よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げ、提案されていた条件を飲み込む。彼がこれで日向を歩けるようになるのであれば、それで良い。それだけで、私は満足だ。
勿論、対価が無いわけではない。彼の事を任せる以上、こちらからも何かを差し出すのが道理。
【ノーブル】に所属する私なら、その対価は一つしかない。
「これが、集められるだけ集めた【ノーブル】の内部情報です。本拠地の場所はすみません、私も転移魔法を使って移動しているため、分かりませんでした。一つ言えるとすれば、海です。あの魔獣を既に【ノーブル】は見つけています」
「そう……、事態はそこまで進んでいるのね。ありがとう。この情報は必ず役立てる。貴女も、彼をどうにかしてこっちに連れて帰って来なさい」
「はい」
可能な限りかき集めた【ノーブル】の内部資料。実験の内容から、研究施設の場所。内容。細かな人員のリストなど、短期間ではあったけど、出来る限り詰め込んだつもりだ。
短期間で集めたから確実性は正直微妙だし、集めきれなかった情報も多いけど、彼女ならこの情報を役立たせることが出来るはず。
あとは、彼を【ノーブル】から連れ出し、【ノーブル】という組織を潰す。簡単な事じゃないけど、道筋は見えて来た。
そうしていると、市街地に巨大な雷が落ちる。しまった、勇者君の洗脳紋がもう発動したのか。
そうなると、既にあのバハムートモドキも動き出している。マズイ、状況の変化が予定よりもずっと早い。
洗脳紋が発動したら、勇者君は街の中で死ぬまで暴れ続ける。魔法少女達はバハムートモドキへの対応で手いっぱいになってるだろう。
そうなってしまっては彼の帰る場所も無くなってしまう。どうする、どうする……!!
「アフェットさん。もう一つ、貴女に頼んでも良い?とても危険な仕事になるけれど」
「っ!!なんですか?!」
「これを、カレジ君にありったけ張り付けて頂戴」
渡されたのは何か模様が書き込まれた紙の束だ。これは、一体……?
首を傾げていると、光さんがこれは治癒の魔法が込められた札だという。とある東京の魔法少女の魔法と、アリウムフルールの強力な治癒魔法。そして以前、この街の魔法少女にも施されていた洗脳紋の解析から生まれたという、洗脳解除一点特化のアンチマジックアイテム。
「洗脳、というものが出来る時点で対策を立ててはいたの。これはその試作品。一枚で効力は出ない。最低でも10枚。カレジ君に張り付ければ効果は出る」
「貴女は、一体どこまで……」
この人は、一体何手先まで見据えているのか。こんな人と戦う【ノーブル】がもはや憐れに思う。
魔法少女よりも妖精よりも魔獣よりも。本当に脅威なのは彼女の頭脳であるのは間違いない。
「ノンを貸すわ。やってくれるかしら?」
「……報酬は?」
「貴女の居場所も作ってあげる」
「乗りました」
紙束を受け取り、隣で待機してくれているノンという魔獣に首に乗る。
こんな私にも出来る事があるのなら、やってやるわよ。それで最善が掴めるのなら、なおさらね。




