カイル・ハルバート
初投稿です。
婚約破棄が書いてみたくて書きました。
よろしくお願いします。
カイル・ハルバートは夜遅くにパーティーから帰宅した。年の終わり近くはたくさんの家でパーティーが行われており、今日は仲間とその一つに行って自宅に帰って来た。ネクタイを緩め第一ボタンを開けたところでふぅ、と息をついて緊張をときながら今帰ってきたパーティーを思い返す。
今日のミーナも可愛らしかった。
ピンクのドレスに身を包み頬を染めながら微笑む彼女を思い出し幸せな気持ちを噛み締めた。
そして1日の出来事を思い返していると昨日のことまで思い出した。
そこでカイルは顔をしかめる。昨日は自分の姉が断罪された日だ。
『サシェーナ・ハルバート。君との婚約を解消する。』
王立学園の冬休みに入る前に行われるパーティー。
その会場のど真ん中で姉のサシェは第一王子で婚約者であったエルリックに宣言されたのである。
原因は愛しいミーナを虐げていたことだ。
ミーナを罵倒し、卑劣ないじめを繰り返したことはいつ思い出しても身体を怒りで熱くする。姉のしたことは許されることではない。
ミーナは謝罪するならそれで許すと言っていたのに退場するまで姉は行いを否定し、自分たちを非難していた。
そして王子より爵位を剥奪され国外追放となった。
父も醜聞を考え、姉を庇うことなく切り捨てた。
姉は昨日のうちに家を出されている。
「姉上も否定せず受け入れて謝罪すれば温情があったものを…あそこまで馬鹿とは思わなかった。」
元とは言え姉のしたことにため息しかでない。
姉がいなくなって清々した。…清々したはずなのに。
なのに何故だろう。
以前からあった心のモヤモヤがなくならない。
モヤモヤの原因であるはずの姉がいなくなったのに、胸のモヤモヤはあれ以来更に大きくなった気がする。
そういえば父より姉の所持品だったものを整理、執事に処理の仕方を3日以内に指示しろと言われていた。元とはいえ女性の部屋に自分が入っていいのか。
本来なら屋敷の執事が主体となり当主が判断するやりとりをなぜ自分がしなければならないのか首を傾げたが生むも言わせず姉の部屋の鍵を渡された。当主の命令であればやらねばならない。
自分の机の引き出しから姉の部屋の鍵を手にする。面倒なことは早いうちに片付けてしまおう。
思い立って手持ちの燭台に火を移し、部屋に行ってみることにした。自分の目である程度みてどう判断するか決めることにしたのだった。
鍵をひねりドアを開け、部屋の主がいなくなった部屋に入る。
今日は満月が出ているのでカーテンが閉まっていない室内は肉眼で確認できるほど明るい。
どくり
何故か心臓が大きく音をたてた。
無意識に窓近くへ足を向ける。部屋の中で一番馴染みのある場所だ。小さい頃は姉と一緒に何度か星空をこの部屋で見上げていた。年頃になればお互い異性として部屋の中に入ることはほとんどなくなっていたが。小さい頃を思い出し自嘲する。あんな姉でもいなくなれば少し寂しくなるのか。それともすがすがしい気分でいるのか。もやもやもあり心中は想像以上に複雑だった。しばし窓の横にある机に寄りかかり月夜を見たい気分になった。
カサリッ
寄りかかった机から紙の音がした。身体を離し机を見れば上段の引き出しから紙がはみだしている。鍵付きの引き出しには大体人に見られたくないものが入っていることが多い。姉は几帳面なところがあったからこんなに乱雑に引き出しが閉められていることを不思議に思う。勘当される際よっぽど急いでいたのだろうか。
手をかけてみれば本来鍵がかかっているはずの引き出しは簡単に開いた。
燭台を机の上に置き、はさまっている紙を手に取り興味本位で何が書かれているのかをみてみた。
"クロージュ男爵家ミーナ・クロージュの調査報告書"
カインは驚きで目を見開いた。
目で文字を追い始めると驚愕の内容に読むことが止められなくなっていく。
それと同時に手が震えだした。
頭の中のミーナの微笑みの情景が音をたてて砕けた瞬間だった。
そこにはミーナについて詳細に書かれていた。自分の他にもミーナは王子や有力貴族の子息と仲がいい。今回王子と婚約する宣言がされたがその後に自分のところにきてこう言ったのだ。
『王子とこうなったが想いはあなたのところにある』
申し訳なさそうに目を潤ませながら見上げてくる姿が可愛くて二人だけなのをいいことに唇を交わした。
本当に彼女が想っているのは自分なのだ、そう思っていたのに。
紙にはどこの子息とどういう関係になっているか、身体を許している子息もいることが書かれていた。
そして第三者から見たミーナの分析が書かれている。客観的視点からはあまりよくない内容ばかり書き綴られていた。
自分の知っているミーナは純真で天真爛漫なところもありみんなに愛されていて、でも自分を特別に思っていてくれて…
本当に?
本当にそれでいいのか?
ほわほわしていた頭の中が急激に冷えていく。
引き出しの中にはまだ書類がある。乱暴に掴み全部引き出して目を通してみれば自分から嫌な汗が止まらなくなり手の震えは一向にやむ気配はない。
カインは呼吸も忘れるほど書類を読み漁る。
今回学園で自分達が批難し罪状にして追い出したであろう内容の他者の証言。そして一緒に入っていた姉の1日その日何をしていたか記されたもの。その日付を目で追えばミーナが言っていた証言の日に姉は王宮に出向いている。それ以外の日もきちんとした予定が書かれておりその裏付けの証拠がそろっていた。罪状を疑うには十分だ。姉の懇意にしていた令嬢たちもその時どこにいてなにをしていたかも書いてある書類まであるのだ。少なくとも誰かに頼んでやったとは言い難い。
ではミーナは一体誰にそんなことをされたのだ!?
更にクロージュ男爵家の財政状況、財務で働いている男爵は横領疑惑まで上がっている書類まで揃っている。
それには全て…確認された公爵家の押印がされていた。
そして最後の紙に、姉からカイルに向けて一言だけ言葉が贈られていた。それを全て読み終え、カイルは顔を手で覆った。
机に置かれた書類をかき集め胸に抱きながら部屋を出る。
足がもつれて転びそうになりながらも走り、父親の執務室のドアを開け勢いよく乗り込んだ。
貴族としてあるまじき行為に眉をしかめながら父親が机から目を離しこちらに視線を投げた。
「カイル…こんな夜分に「父上は…知っていたのですか?」
父親の言葉を待たずカイルは言葉を投げかけた。
父は自分の腕に抱えられている書類に目線を向けると状況を把握したらしい。
ああ、と短い声で同意する。
その言葉で充分だった。
つまり
姉は全部を知っていた上で冤罪で自分達に裁かれたことになる。
自分達は無実の人間に罪を着せたのだ。
顔から更に血の気が引くのがわかった。
自分たちは…自分はなんてことをしてしまったのだろう。
きびすを返して部屋を出ようとした。
「どこへ行く」
父のヨハンが呼び止めた。
「姉を…あ、姉上を探さないと…」
「探してどうする。」
「つ、罪を取り上げてもらい、姉上に謝罪するのです…」
震えた声が自分の喉を通りすぎた。自分はなんてことをしてしまったんだ…という罪の意識が身体中を駆け巡る。
「ならん」
父が立ち上がり、いつもより低い声で一蹴された。
しかし自分も引き下がれない。
「身の潔白を証明すれば…まだ…まだ間に合うはず…」
「間に合わん!!ーーーっお前がやったのだろっ!!」
怒気をはらんだ一声にカイルは息をのんだ。
つかつかとカインの近くにくると胸ぐらを捕まれる。父の瞳は怒りの炎を宿していた。
「わかったか!この公爵家の名を持つとはどういうことか!お前の…お前たちの言動で人の人生を簡単に狂わせてしまうことを!お前はそれだけのものを背負っているのだぞ!」
足が震える。力が入らない。父ヨハンは振り払うように手を離した。
「散々私も母であるアイサも姉のサシェーナもお前に言葉をかけた。サシェーナ…サシェは断罪される日も最後までお前たちに訴えていただろう。それを聞かず裁いた結果が今だ!きちんとお互いと第三者の声を聞きもせず!ずさんな証拠のまま裁いた結果だ!本来の罪人を裁かず、犯していない者を裁いた!それが今だ!…そして、それは、 もう、 元には戻らん。」
昨日の断罪した場で姉は言っていたではないか。
それは本当か。
きちんと調べたのか。
頭がはっきりするほど己の愚かさに気付く。
なぜ
なぜ
その疑問だけが頭を巡る
なぜ彼女はこれだけの証拠を持っているにも関わらず自分たちを裁かなかったのか。
「ち、父上はなぜ…なぜ知っていながら姉上を切り捨てたのです…?切り捨てて当然なのは私のほうでは…?」
そうだ。
なぜ自分が裁かれるのではなく姉のサシェがそのまま裁かれたのか。王子含め今回の原因である自分たちを切り捨てたほうが問題の解決ははやかったはずだ
「…サシェが…望んだのだ。」
ぽつりと落とされた言葉にカイルははっとした。
元々事態が悪化していることは家でも充分把握していた。カイルの廃嫡の話しも上がったがそれに否を唱えたのはサシェだった。
『お父様、私が弟の"罪"になりましょう。』
と。
『反省や後悔は己が気づいて初めて出来るものです。カイルはもともととても賢い。己の過ちに気づけば今よりはるかに成長するでしょう。それはきっとこの国を支え、家をより繁栄に導くことが出来るほど。
彼らはまだ本当の意味でわかっていないのです。自分に与えられたものがどんな影響を与えるのかを。ならば身をもって知るべきなのです。そしてそれは自分で気づかなければ成長とならないのです』
『しかし本当にいいのか?私はその時になればお前を容赦なく切り捨てるぞ?』
『覚悟の上でございます。』
サシェは決意のこもった瞳をまっすぐヨハンと重ねた。
『ここから気付いてくれればよいのです。…彼らは国の将来。うまく今回のことで成長すれば国の大きな力となりましょう。それが私1人の犠牲で済むのなら安いものです』
そしてこうも言った。
私は彼らの"心の重し"にもなりましょうーーー…
「サシェは昨日ここを去るまで…いや、きっと今どこかでもお前のことを信じている。お前が己の過ちに気付きそれを糧に国の支えになることを。…サシェはお前をちゃんと…家族として…愛していたのだぞ。」
父の語る姉は鈍器で何度も頭を叩かれたかのような衝撃だった。
その場に体が崩れ落ちたてなくなった。
罪だ
自分にとってまさしく最大の罪だ
姉が馬鹿だと?
自分のほうがもっと大馬鹿者ではないか
生きている価値もないくらい
恥ずかしさに死んでしまいたい
それでも姉はこんな自分のことを信じてくれていたのだ
脳裏には断罪の日、退出するときの悲しい瞳をした姉がいた。
今後どういう風にしていくのか整理してからまたこい、という父になんとか立ち上がり頭を下げて退出の旨を伝えて部屋を出る。
その足はもう一度元姉の部屋に自然と向かった。
たどり着いたのは先程の机。
書類が入っていた引き出しが開けっ放しになっているのに気付き、閉じようと手をかけるときらりと引き出しの中で何かが反射した。書類以外にまだ何か入っているようだ。
それを自分の視線まで持ち上げてみると驚愕した。
それは大きめの黒曜石と真珠が並び、周りに水色と白の小さい宝石を散りばめた髪飾りだった。
俺はこれを知ってる。
なぜなら
俺がこの家にきて初めて手にしたお金で彼女にプレゼントしたものだから。
大事にしていたのだろう。自分があげたときに覚えのない透明のケースに入っていた。この髪飾りの為に注文したのだろう。
もうあげて10年近く経っている。
星が好きな姉が星関連で一番好きな星座の話、神で王子のジャイロと乙女のスーの悲恋。その二人をモチーフに姉の為に作らせた髪飾り。
姉はとても喜んでくれた。
『大事に、大事にするわね。カイル』
そういって花が咲いたような笑顔を自分に向けたことを思い出す。
そしてしょっちゅう付けてくれたのだ。
とても気に入ってくれたことがわかって誇らしくてしかたなかった。
ポタッと床にシミができる。
何が落ちたのだ、と視線を下げればポタポタっとまたシミができた。
自分の目からこぼれるそれを、もう止めることが出来なかった。
「あ…あぁ…あー!」
髪飾りを握りしめてその場で崩れ落ち、声も殺さず泣いた。
「姉上…姉上…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!サシェっ…!!」
この謝罪すら彼女に言うことが出来ない。
謝ったところでサシェの傷が元に戻ることはない。
彼女が自分の目の前に戻ってくることもない。
自分にはこれ以上ない罪だ。
もう取り返すことすらできないのだ。
次々と頭の中にサシェとの昔の思い出が甦る。
カイルはこの家の本当の子供ではない。
養子で引き取られた子どもだった。
この家に引き取られてまだまもない頃とても寂しかった。1人で寝るとき無性に人恋しい日があった。姉は敏感に気持ちを察してくれるのだ。その行為は引き取られた初日からだった。
夜の就寝時間、眠れずベッドにゴロゴロしていると窓がノックされた。カーテンを恐る恐る開けるとなんと窓ガラスの向こうから声をかけられたのだ。バルコニーが2階全体に張り出されていたから出来ることだ。
そして部屋にくると最初の一言は決まっていた。
『カイル、一緒に星をみましょう』
自分も慣れてくると今度はお互いの部屋を行き来した。自分が落ち込んでいればサシェが部屋を訪ねてくれて、サシェが落ち込んでいるときは自分が訪ねる。
星が見えない日は燭台の蝋燭を囲んで星座の話しの本を読みあいながら。寒い日は1枚の毛布に二人でくるまりながら。
窓の外だったり窓越しだったり。
二人で寄り添いながら星を見た。
星座の話しをしたり、無数の星を数えてみたり。その日あったことを話したり。
楽しい大事な思い出だ。
サシェは冬の空が一番星がよく見えるから好きだと言っていた。
夜遅くまでひたすら星を見るから次の日は眠たそうにしていることもしょっちゅうあった。
「サシェ…今日は満月であなたの好きな星が少し見えにくいですね。まるで…俺みたいです。大事なものが見えていなかった自分みたいだ…今の季節は、あなたの一番好きな冬の空ですね…サシェ……サシェ…サシェ…!!あぁ…そうか…愛して…います」
昔星空を見上げながら姉に約束したことがあった。姉が落ち込んでいたときだ。お茶会で嫌味を言われたと。その時に自分が言ったのだ。ならば自分が姉上を全てから守ると。姉がその言葉に嬉しそうに笑ってくれたことを。
いつから忘れてしまっていたのか。
思い出した。オーガス王子と姉の婚約が決まって婚姻の歳が段々と近くなってきてからだ。心のモヤモヤは年々ひどくなってきて自分の気持ちがより焦り、より追いたてられている気分だった。わからない焦燥に心のイライラが常に付きまとっていた。長く居続けるモヤモヤにいつしか心が麻痺し、サシェが原因ということ以外何故そうなったのか考えるのも止めてしまっていた。
そんな時にミーナが現れたのだ。
『どうしてそんなにイライラしているの?身体によくないわ!』
『私が忘れさせてあげる。』
『少しくらい肩の力を抜きましょう。少し遊べば息抜きになるはずだわ。』
『あなたのことが好きよ。』
ミーナの言葉はどれも魅惑的だった。従ってしまえば焦燥がうすれ、自分がとても楽で息ができたのだ。彼女に夢中になった。
だからこの胸のモヤモヤも姉が視界にいなければ、自分の世界から切り離してしまえばなくなると思っていた。
でも違う。
今ならわかる。何故そこまで思考を逃がしたのか、今この胸に残るもやもやが何かなのかも。
姉は自分にとって初恋の相手だった。
王子との婚約が決まった時自分の手の届かないところに行ったと自覚し、失恋したと思っていた。しかしそれは今も続いていたのだ。もやもやは自分以外の男と結ばれることからくる嫉妬。自分が覆せない家同士の婚姻に対する苛立ちと歯がゆさ。近くにいるのに遠い存在。
サシェを義姉として好きだっだけではない。
女性として未だに好きだったのだ。
なぜ今気づく。
もっと早く気付いていれば、思い出していれば婚約破棄を逆手に取れたのに。姉を手に入れられたかもしれないのに。
少なくとも約束を忘れないで守ることができたのに。
姉は幼い頃の約束を最後まで違えなかったのに。
ミーナへの想いは冷めてしまうとあっけなくしぼんでしまった。
涙が止まることのない瞳で夜空を窓越しに見上げる。
床に散らばった書類の中から姉の最後のメッセージが書かれた紙を持ち、髪飾りと一緒に胸に抱きながら。
『あなたの幸せを願っているわ、カイル』
夜空に一筋の光が目の前を横切った
にぶちん過ぎる弟さんでした。




