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アリスとお兄ちゃんとシリーズ  作者: ピシコ
アリスとお兄ちゃんと拾った暗号
9/41

その5

 オレンジ色の夕日が、教室の窓から良く見える。

 あんなに騒がしかった教室も、夕暮れは、たやすく静けさに変えてしまう。

 一人きりの教室。

 待ち人はこない。

 いや、そもそも知らないのかもしれない。

「それならそれで……」 

 僕が諦めてもう帰ろうかと思ったその時。

 ドタドタと、廊下を走る音が響いてきた。

 僕は、自分がドキドキしていることに気付いていた。

 もしその足音の正体が、僕が待ち望んでいる彼女だとしたら……

「……亮太……くん」

「よう……夏美」

 よう、じゃないだろ。もっとかける言葉があるだろ。見ろよ夏美の顔。驚いているじゃないか。

「……本当に待ってたんだね」

「夏美なら、きっと解けると思ってた」

「……私だけじゃあの暗号は解けなかったよ。アリスちゃんの、いや、アリスちゃんのお兄さんのおかげ」

 夏美は、少しだけ悲しい顔をした。

「いや、そのなんだ。暗号なんて回りくどい方法を使った俺が悪いんだ。夏美は悪くない」

「……それで、亮太君が、私に伝えたいことって何?」

 夏美は、僕の言葉を待っている。

 言え! 言えよ! 今しかないだろ! 

「夏美、俺は、お前のことが……」

 心臓が張り裂けそうだ。自分の考えがまとまらない。

 あとちょっとが喉に引っかかって、出てこない。

「お前のことが……好き……好きなんだ!」

 吐き捨てるように僕は叫んだ。




 あの時、なんで私は涙が溢れてしまったのか。

 私には、よく分からなかった。

 ただ、点と点がつながって一つの線になるように、亮太の今までの行動が、

全て、繋がっていると気付いた時、とっても申し訳ない気持ちになった。

 亮太の事は、そんなに好きなわけじゃない。

 むしろ生意気で憎たらしい奴だとも思う。

 でも……でもね。

 そんな奴でも、必死に誰かに気持ちを伝えようとして、頑張っていたんだよ?

 亮太は……きっと私より大人だ……。

 私は、亮太の行動を無駄にしたかもしれない。そんなことあっちゃいけない。


「落ち着いた? アリス」

「うん……」

 真衣は、泣きじゃくる私を優しく撫でてくれていた。

「アリスは優しいのね。とっても」

「……人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえって言うでしょ」

 私はちらっとお兄ちゃんを見る。

「……」

 お兄ちゃんは、気まずそうに目線をそらす。

「まぁまぁ。お兄様がいなければ、暗号を解けなかったのだし」

「真衣はお兄ちゃんに甘すぎる!」

「いや、その、まさかラブレターだとは思わなかったんだ」

「そんなことあるわけないでしょ! あの文面を見てラブレターだと思わない人がどこにいるってのよ!」

「まぁまぁ」

 真衣は、赤子をあやすように、私を諫める。

「……しかし、あの夏美って女の子は、何か、飲食店でバイトでもしているのかな?」

「何よ急に」

「いや、右手の人差し指に小さなタコが見えたんだ。あれは包丁を握るときに出来るタコだ。それに、あの子の爪はとっても小さかった。何か、料理を良くしてるのかと思ってね」

 ラブレターには気づかないのに、そんなところは気にしてたのね。

「あれ? でも確か、うちの高校は、一年生は、二学期からじゃないと、バイトは禁止だったような気がするわ」

 真衣が、思い出したように言う。

「夏美が、校則を破るタイプとは思えないし。家で家事を担当してるんじゃないの?」

 夏美なら、家事も万能そうだ。

「それなら、忙しいだろうな。朝も食事洗濯で」

「え? でもこの前、夏美、朝早くから、学校で本を読んでたよ?」

 なんでわざわざ朝早く学校で、本を読んでいるのか、ちょっと不思議だった。

「……夏美さんはもしかしら、家族と上手く行ってないのかもしれないな。だから、あんまり家にいたくないと」

 私は、あの朝見た、夏美の姿を思い出していた。

「夏美、本当に家族と上手く行ってないのかもしれないわ……」

 私は、おもむろに立ち上がった。

 お節介かもしれない。じゃじゃ馬かもしれない。

 だけど、確かめたい……亮太の行動が無駄になってないかを。

 



「……」

 夏美は先ほどから黙ったままだ。

 僕は夏美の顔が見れない。どんな顔をしているんだろう? とっても怖い。

「なんとなく……なんとなくね? 亮太君が……」

 夏美の顔を見る。夕日に当たって彼女の顔はいつにもまして赤く見えた。

「私の事を、気にしてるのは、気付いてたんだ」

「……そっか」

「だから、あの暗号の中身を知ったとき、確信に変わったんだ。亮太君、私の事、好きなんだって」

「バレバレだったんだな」

「……うん。バレバレ」

 夏美はそう言って、微笑んだ。

 その笑みは、本当に可愛かった。

「バレてるなら、隠す必要はないよな」

「……やっぱり、そうなるよね」

「夏美。俺は、お前が好きなんだ。だから付き合ってくれ」

 僕は、目をそらさずに、夏美を見据えてそう言った。

 そらしたら、負けだと思った。

「……私は……君が思ってるほど、いい女の子じゃないよ」

 夏美は、僕から視線をそらした。

「君の事は……まだ知り合って、一月しか経ってないけど、まっすぐで、明るくて、優しい男の子だって、伝わってくる」

 夏美は、言葉を選んで話しているようだった。

「……駄目なのか?」

「……」

 夏美は、悲しい顔をしている。どうやったら、僕を傷つけないで済むのか考えている。

 そう見えた。

「私は、亮太君の事、嫌いじゃない……それは本当。でも、私より、良い女の子はたくさんいるよ?」

「そんなことは……聞いてない」

「……」

「俺は、お前が好きなんだ。他の子が良いとかそんなこと聞いてない」

「……ごめん」

 夏美は、振り絞るようにそう言った。

「そっか……」

 なんだ。意外とあっさり引くんだな……僕は。

「で、でも、友達として……これからも、委員長と副委員長で関わっていくし……」  

「……」

 彼女の優しさが、辛かった。

「だから……ごめん……」

 夏美はそう言って、教室から逃げるように出ていった。

「……」

 不思議と涙は出なかった。

 ただ、生まれて初めて喪失感というか、胸にぽっかり穴が開くって言うのは、こういうことなんだと悟った。

「明日からどうしようかな……」

 無意識にそう呟いていた。一種の現実逃避だ。

「泣かないんだね」

「……アリス?」

 そこには、アリスが立っていた。

 困惑する僕を尻目に、泣き顔のアリスは話し続ける。

「ごめん……聞いちゃったの」

「……そうか」

「聞く気がなかった……訳じゃないんだけどさ……」

「ダセ―ところ、見られちゃったな」

「……ダサくないよ。亮太はダサくない」

 アリスは、今にも泣きだしそうだった。

 なんでお前が泣きそうなんだよ。

「自分の気持ちを誰かに伝えるって大変だよね……しかも、好きって気持ちをさ」

「……そうだな」

「でも、亮太はやった。私はすごいと思う」

「……でも、振られちゃったぜ?」

「……そうだけど」

「実はさ、結構いけると思ってたんだ。本当に夏美と付き合えるように、色々手を回したからな」

「例えば?」

「まず、副委員長になった」

「そこから? いつから夏美の事好きだったの?」

「……一目惚れって言ったら笑うか?」

「笑わないよ。それにそんな気はしてたし」

 アリスは、微笑しながら、

「だって、高校入って、まだ一月ちょっとなのに、こんな面倒な告白をするってことは、もう一目惚れしかないしね」

「一言も、二言も多いぞ」

「ふん。本当の事でしょ? 実際、なんであんな回りくどい、暗号なんか使って、ラブレターを書いたのよ?」

「……解けなかったら、それでいいと思ったんだ」

「どういう意味よ」

「夏美と一緒に委員会の活動とかして、帰りもたまに一緒に帰ったり、朝、おはようって声かけたりさ。それに、デートとまでは行かないけど、二人きりで遊びにも行ってさ……」

 僕は、目頭が熱くなるのを感じていた。

「このままの関係でも良いんじゃないかなって、思い始めたんだ」

「……」

「わざわざ告白なんかして、関係を拗らせるより、今のままでも、俺は満足なんじゃないかなって」

 僕は、吐き出すように口を動かす。

「でも、でもさ。恋人同士になって、もっと、色んなことをしたいって、思っちゃったんだ。俺、この身長だし、今まで、彼女なんて出来たことないしさ」

 アリスは、真剣に話を聞いてくれている。

「だから、暗号に任せた。夏美の推理力に任せたんだ」

「……結局、私のお兄ちゃんが、解いちゃったけどね……」

「過程はどうでもいい。それに、その結果も駄目だったんだ。もう終わった話だ」

「私を怒らないの?」

「なんで?」

「……私が、私とお兄ちゃんが、暗号を解かなければ、亮太は、悲しい思いをせずに済んだのかもしれないんだよ?」

「俺が失恋したのは、お前のせいだって言うのか?」

「関係ないとは、言い切れないでしょ」

「お前をここで怒鳴り散らしたところで、ますますダセーだけだ」

「……ってよ」

「え?」

 アリスは、体を震わせて、涙をこぼしていた。

「怒ってよ! もっと怒鳴ってよ! 私のせいで、亮太は傷ついたのに! どうして、いつもみたいに突っかかってこないのよ!」

 アリスは、その場にへたり込んだ。

 そしてそのまま、大声で泣き始めた。

 今日一日で、女子を二人も泣かせてしまった。

 泣きたいのは、こっちだってのに……。




 高校一年生になって、クラスメートの前でこんなに泣くなんて思わなかった(しかもまだ5月に入ったばっかりよ)。

「落ち着いたかよ」

 亮太は、ぶっきらぼうにそう言った。

「……まぁね」

「そりゃよかった。こんなところ、他の奴に見つかったら、誤解されちまう」

「同感だわ」

「……明日から、夏美とどう接しようかな」

「……なんで、夏美は、あんたを振ったんだろうね」

「そりゃ……」

「実はね、亮太、お兄ちゃんが……」

 私の言葉を遮るように、

「家庭の事情かもしんねぇな」

「……」

「どうしたんだよそんな顔して」

「お兄ちゃんも、同じこと言ってたの」

 もしかして、亮太も、お兄ちゃんと同じ位の推理力を持っているのかな?

「夏美は、父親と二人暮らしみたいなんだ」

「そうなんだ……離婚?」

「いや、もう亡くなっているみたいだ」

「そっか……それが原因で、家庭が上手く行ってないのかな?」

「詳しくは分からない。でも、夏美は、何かしらの家庭の問題を抱えていることは、間違いない。それが」

「それが?」

「それが……俺を振った一因……って考えるのは、自惚れか?」

 なんだ、全然あきらめきれてないじゃん。

「自惚れかもね」

「やっぱり?」

「でも、本当にそれが原因なら、夏美はこの先、誰の告白も受けないってことになるよね」

「……確かに」

「ねぇ、亮太。本当に諦めるの?」

 私は、応援したかった。

「……もし、この俺が、夏美の家庭の悩みを解決すれば、夏美が、俺と付き合ってくれるかもしれないよな」

「そ、そこまでは言ってないけど……」

 あんた、よそ様の家の家庭問題を解決する気なのか。

「決めたぜ! 俺は、絶対に夏美を彼女にする! そのために、夏美の家庭問題を解決する!」

「……」

「なんだ? 無理だって言うのか?」

「いや、応援してる……たとえ無理だとしてもね」

「ふん。無理なんて、誰が決めたんだ」

 亮太は、いつものように、ニカッと笑って

「アリス、お前、今まで本気で誰かを好きになったことあるか?」 

「何よ急に……まだないけど……」

 本気か……私には、そういう経験はまだない。

「なら教えてやるよ。恋は道理を超えていくってな」

 亮太はそう言って、高笑いした。

「ありがとな。アリス。励ましてくれてよ」

 亮太はそう言って、私の頭をぽんと叩いた。

 この時は、亮太がとても大きく見えた。




 翌日、クラスに向かうと、夏美は暗い表情で、下を向いていた。

「……夏美、おはよう」

「アリスちゃん……おはよう」

 夏美は、無理やり作った笑顔で、そう言った。

 何か、声をかけようと思ったその時、

「おはよう」

 亮太が、教室に入ってきた。

「っ……」

 夏美は、居心地が悪そうに、窓の方を向いた。

「夏美」

 そんな夏美にお構いないしに、亮太は夏美に声をかける。

「りょ、亮太君……」

「おはよう。今日も委員長会議だろ? 張り切っていこうぜ」

 亮太はニコッと笑った。

「亮太君……」

「あーその、なんだ。気にしてないって言ったら嘘になるから、あれなんだけど……」

 亮太は、少し恥ずかしそうに、

「俺は今元気。だから、お前も元気でいてくれないか?」

「……ありがとう。亮太君」

 夏美は、優しく微笑んだ。

 私は、二人から離れて、席に戻ろうとすると、視線を感じた。

 その視線は、椎名君だった。

 椎名君は私の奥、亮太と夏美の二人を見つめていた。

 椎名君、もしかして、二人の事、知ってるのかな? もしかしたら亮太から聞いたとか。

「椎名君、おはよう」

「ああ、小山内さん。おはよう」

「ねぇ、椎名君、亮太の事なんだけど」

「え? ああ。あいつ、元気になって良かったよ。昨日とか、すごく心あらずって感じだったからさ」

 なんだ、ただに心配してただけなのね。

「最近の亮太を見てると、俺も頑張らなくちゃって、思うんだ」

「何を頑張るの?」

 私が、そう聞くと、椎名君は、私を一瞥して、

「色々ね」

「色々って、何……」

 その瞬間、チャイムの音と共に、先生が教室に入ってきた。

「ほら先生きたよ」

「うん……」

 椎名君は、何を頑張りたいんだろう……。

 私は席に戻って、再び亮太を見た。

 やっぱり、大きく見えた。

「恋か……」

 いつか、私にも来るのかな……恋をするときが。

更新遅れて申し訳ありません。

次回も頑張って早く上げます

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