第2話 神様のお出掛け。
バカ、という言葉は僕が生きてきて一番よく聞いた言葉であるように感じる。僕がバカばかりしていたからか、それとも周りに口の悪い奴がたくさんいたからか。
残念ながらそのどちらでもあるのかもしれない。
バカばかりしているのは今でも否定できないことだけれど、そんなバカである僕が唯一頭を使ったもった考えが人を幸せにすることだった。僕は何事にも関せず、何事もせず、というように生きてきたわけではあったが、その間にも神社に来た人たちの願いは聞いていたわけだ。
聞いていたわけで祈っただけで、何かしようとはしていなかったわけだが。
だから何かしようと、何かしてあげようと、考えた。僕のこの考えは褒められるのだと、そう考えていたのに。
師匠だけでなく、とうとう同僚でもある東奥女神にも否定されてしまった。
僕は何か間違っているのだろうか。
師匠に対しては真っ向から反対できたのになぜか同じように生きてきた同僚に、幼馴染に否定されてしまうと一気に根こそぎ気力をもってかれてしまう。
いいや、否定されることなど最初から分かっていたはずなのに。東奥女神は特に大きな神社にいる神なのだ、神のルールから大きく外れるわけにはいかない。
「またそんなに黙って、何があったっていうんだい」
「烽火神社の、烽火神」
そこに訪ねてきたのは烽火神。
ここには東西南北の4つの有名な神社がある。東は東奥女神社、南は南千枝神社、西は西大和神社、北はここ、北稲荷神社。
正直この有名度合いは昔のもので、北稲荷神社は外れかけている。ただ、さびれていることで有名というのはあるかもしれない。
しかし歴史だけならば一番な神社だ。
そしてもちろんその4つ以外にもたくさん神社はある。そのうちの1つが烽火神社だ。4つと比べると普通と言わざるを得ないが、神様はいるのである。
「私はね、あなたを昔から見ているから特に分かってしまうんだよ。あなたの微妙な変化が」
「そんな・・・ただ神社が近いだけじゃないですか」
「また敬語を使っているのかい。年齢では私が上だが、神社の格ではあなたの方が高いというのに」
「年齢が違いすぎます。それにこの北稲荷神社はなれの果て。さびれた神社です」
僕はいつもそう言っている。
僕が敬語を使わない相手というのは・・・もういないかもしれない。
「北稲荷神、私はあなたの考えを頭ごなしに否定したりはしない」
木々の揺れる音がする。風だ。心地よい風が吹いた。
「否定はしないが、賛成はできない、というところでしょうか。烽火神」
ふむ、と肯定する声。
またもや木々が揺れた。紅葉の季節も近くなり、木々も紅くなってきている。綺麗だ。
「人間の願いを叶えたいという気持ちはとても分かる。たくさんの願いを見てきたら当然の願いでもある。切実な願いもたくさんあったのだろう」
「・・・・・」
「ただ、その願いを叶えたせいで、他の人間に悪影響があったらどうする。神は加害者になってはいけないのだよ、北稲荷神」
「・・・・・分かってます。そんなの師匠に言われ続けていますから」
「ふむ、そうか。それは無駄な説教だったかもしれんな、申し訳ない」
「いいえ、ありがとうございます」
頭を下げた。
「やめてくれ、小さな神社の神に頭を下げるものではない」
「そんなことはありません。教えに神社の大きさなど関係ありません。教わった方はどんなことがあろうと感謝するべきなのです」
と僕は言うが、本心からの言葉かどうかは秘密だ。ただ、烽火神は僕よりも年齢が高く、経験も豊富。神様としても明らかに僕より上だ。そんな神様に教わって本当にありがたいと思っている。
「僕は今でも間違っているなんて思いません。だからこそ、こんなさびれた神社よりも大きな神社のところへ弟子入りして、色々な神様の意見を、人の願いを聞きたいのです」
「そうかい。止めはしないよ。どんな進路に進もうが神それぞれだからね。ただ、歴史ある北稲荷神社がなくなるのは少しばかり寂しいな」
烽火神はどこかに思いを馳せるようにそう言った。
「そういえば烽火神は師匠と知り合いなんですよね」
「ああ、先代北稲荷神の知り合いであり、先々代北稲荷神、つまり6代目北稲荷神の弟子だからね。それなりにこの神社には思い入れがあるのさ」
「神のルールさえなければあなたにこの神社の神を代わってほしいぐらいですよ、その方がこの神社も師匠も本望でしょう」
一度神になってしまったら後継ぎが出るか、神社が潰れるかしなければやめることも他の神社の神と代わることすらもできない。
それほど重要なものなのだ。
「申し訳ないですが、僕にはその伝統を守ろうとする気持ちがまるでありません。この北稲荷神社も親代わりであった先代が経営していたお店ぐらいな感覚です。特別な何かを感じてなどいませんし、僕には伝統も歴史も関係ないものだと思っているぐらいです」
「ふむ、そうかそうか」
と少しばかり寂しそうにでも笑顔で烽火神はうなずいた。
「それぐらい元気な方がいい。特に北稲荷神、君がしおらしくなってしまってはつまらないからなあ」
烽火神にとって思い入れのある神社をどうでもいいと発言したのに烽火神は相変わらず人のよさそうな笑みでこちらを見るのだった。
この人はなんとなく会う度にお小遣いをもらうおじいちゃんおばあちゃんという感じで強く何かを言うことなんてできない。なんでも肯定されるわけではないが、反対もされないのだ。
反抗できなければ僕なんかただの神だ。ただの普通の神になってしまう。
「ではこの神社が潰れた場合、君はどこにいくのかな?遠くの神社に行ってしまうのだったらそれはそれは悲しくなるなあ。先代のようにいなくなってしまうのかい?」
「まだ詳しくは決めておりません。しかし東西南のうちのどこかには入りたいなぁなんて考えてはいるのですが」
「それでは遠くに行くわけではないのだね」
「今のところは・・・ですかね」
とは言いつつ、南は却下。あんないじわるでめんどうくさい神のいる場所になんか弟子入りしたくない。せっかく師匠のうるさい説教から解放されたと思ったらうるさい嫌みが待ってるだなんてどんな冗談だろう。
西は・・・癖の強い奴が神だからなあ。嫌ではないのだが。そう消去法で考えていくと東しかない。東奥女神社。僕の幼馴染が神となっている場所。
あの幼馴染が僕を弟子として入れてくれるのだろうか。難しそうではある。最悪、小さい神社でもいいのでその時になったら考えようとしている。今はまだ考えなくていいだろう。
「しかし・・・」
「しかし、ずいぶんとさびれてしまったなあ、この神社は。下手をするとあと2,3週間で完全に効力を失ってしまうのではないかな」
僕が言いたかったところを烽火神は先に行った。
そう言った時もまた、笑顔であった。
「烽火神はやはり北稲荷神社がなくなってしまうのは嫌なのですか」
「嫌というより悲しい。母校が潰れるように、どうしようもない決定事項なのだが、悲しさは拭いきれない、そんな感じだと私は感じている」
母校も何も僕たちには学校などないのだが。
昔住んでいた家が潰されるような、そのような感覚なのだろうか。
しかし決定的に違うところがある。北稲荷神社が潰れるということは決定事項ではない。僕が頑張りさえすればなんとかなるかもしれないのだ。
烽火神はもう分かっているのだろうが、僕はそのようなことをするつもりはない。決定事項という表現は言い得て妙であった。
烽火神は、また来るよと言い、自分の神社へと帰っていった。
僕はその後も何も言わずにただただ空を眺めて過ごしていた。
しばらくすると小学生がわんさか来た。やっていることはかくれんぼや鬼ごっこ。完全に遊び場だ。効力的に潰れるとはいえ、この神社の場所なくなるわけではない。遊び場として残るのだろう。
それならばいいかな。
僕は楽しそうにしている子供たちを空の代わりに見ることにした。
〇
「遊びに行きましょう」
次の日。
僕が特に何かするでもなく、暇そうにしているとそこに東奥女神社の東奥女神が訪ねてきた。しかも遊びに誘われた。昨日は確か不機嫌そうに帰って行ったのでしばらく会わないだろうと思っていたんだけど、割とすぐに来た。
「すみません、僕が不出来なせいで僕には弟子がいないのです。せっかくのお誘いなのですが、お断りさせていただきます」
「そんなもんうちの弟子を1人留守番にすればいいのよ。しかも弟子をとってないのってあんたがこの神社を潰そうとしてるからじゃない。どうせ暇なんでしょう、バカ神」
「・・・・・」
弟子に留守番させて遊びに行く師匠というのはどうなのだろうか。
「というか、北稲荷神社を潰すって私たちならまだしも古くからいる神に知れたら確実に止められるわよ。しかもあんたはまた怒られて」
「・・・・・そうだとしたらその人から弟子をもらいます。そして僕の代わりにここの神になればいいのです。僕にはもう関係ありませんから」
「私はあんたが止めても無駄な神だってことぐらい知ってるからもう言わないけれど、めんどうくさい神が来たって助けてあげないんだから」
「そうならないよう善処します」
呆れたように首を振り、東奥女神は僕の手をつかんだ。
「とりあえずこれで逃げられないわよ」
「逃げるつもりなんてありませんよ」
ちっ・・・先を越された。これで逃げることはできない。逃げれたとしても毎日そのことについてぐちぐちと言われるのも勘弁だ。僕は諦めて、
「どこに行くのですか」
と尋ねた。
昔は一緒に遊んでいた。それが今では1つの大きな神社を担うほどの神になって、弟子もたくさんいる。それが東奥女神。僕とは大きく違っている。
僕の質問に対し、真剣な表情で。
「遊びに行くのよ。ここらへんの町を見に行きましょう。どうせ最近ここの神社から出てはいないのでしょうし。それと・・・」
「それと?」
「死んだ神社を見に行きましょう」
僕はその言葉に息をのんだ。
死んだ神社とはつまり効力の失った潰れた神社のことである。僕がこれから北稲荷神社をそうしようと考えている中でのこの提案。
「僕を止めるつもりですか?」
「違う。あんたが止めても止まらない大馬鹿だってことは知ってるし。ただ、死んだ神社がどうなるのかぐらいは見てみなさい。見たことないんでしょう、バカ神」
僕は確かに死んだ神社を見たことがない。どのようになっているのか知らないが、それでも外見は特に変わらないように思える。
神がいなくなったことに人間が気付くことなどないし、掃除は気にせず続けているはずだ。
「僕は僕の願いを叶えるためにこの神社を潰さなければいけないんだ」
「・・・・・今更だけど、弟子をとればこの神社を潰さずにあんたは他の神社に弟子入りできるけど?」
「こんなさびれた神社に来る神などいませんよ。師匠の弟子たちも他の神社に弟子入りしてしまいましたし、コネというものもない。弟子を作るより、神社を潰した方が楽なのです」
そう、とそれだけ呟き、僕の手を引き、この神社を出ようとする。弟子を1人だけおいて。
「ちなみに私の弟子は後で私が回収するから、あんた勝手にあんたの弟子にしないでね」
「知ってます。そんな泥棒みたいなことはしません」
後が怖いし。
最初はどこへ行こうかな、と迷っているうちに南千枝神とばったり会ってしまった。
「やあやあ、北稲荷神。今日は引きこもっていないで神社を出たのだね」
「えぇ、まあ。デートのお誘いがありまして」
「デート・・・?」
不思議そうに首をかしげて僕の横をちらりと見る。
「な、東奥女神・・・!」
「南千枝神。お久しぶり」
いよし。
今日の僕は余裕がある。なぜならば南千枝神が苦手としている東奥女神がいるからだ。
「ふん、北稲荷神。今度君は自分よりも立場の強い神を連れて、相変わらずやることが卑怯だな。先代北稲荷神だけでなく東奥女神にも依存しているのかい、金魚のフンのように」
「南千枝神、その解釈は気に入らないわ。私はこいつに連れられているのではなく、私が北稲荷神を連れているのよ。今は遊びに行く途中なだけ、勘違いしないで」
ぐ・・・と南千枝神は後ずさる。
「北稲荷神、君は遊んでいる場合じゃないだろう。自分の神社が潰れそうなのに随分とのんきなものだ。東奥女神とは俺が代わりに遊んでおく、だからお前は元の神社へ戻れ」
「・・・・・南千枝神。なぜ先ほどから北稲荷神のところばかりを見ていて、私の方は見ないの?」
ぐっ!とまた目に見えるように後ずさる。
なんというか分かりやす過ぎるんだけど、南千枝神、絶対東奥女神のこと好きだよね。だからこそ、こうして東奥女神には何も言えないのである。
「南千枝神。私たちはもう行くから。お前も北稲荷神にいじわるばかりしているんじゃないわよ」
「ぐ・・・・。ひ、東奥女神、君は北稲荷神と遊びに行きたいのかい?」
「うん」
あっさりばっさり。
南千枝神はうわーんと言いながらどこかへと言ってしまった。東奥女神がいるときぐらい、僕にいじわるするのをやめればいいのに。
「では行きましょう」
「はい」
僕らは町へと繰り出すのであった。
神社が色々なところにたくさんあるこの町を見るために。そして、死んだ神社を見るために。
昔話のような感じにしようと書いています。
登場人物の話す速度は基本ゆっくりめです。勢いのある会話ではないです、ほとんど。
ではまた次回。




