第三話:監視網
夜。
屋敷の空気は静かだった。
だが。
その静けさの裏で。
無数の術式が動いている。
結界。
索敵。
幻惑。
遮断。
監視者血統秘術。
屋敷全体が、
巨大な要塞へ変わりつつあった。
ノクスは、
地下術式室で術式を更新していた。
赤い光が、
床一面を走る。
その数。
通常時の三倍。
レグルスが、
後ろから呆れた声を出す。
「お前さぁ」
「流石に盛りすぎじゃね?」
ノクスは、
振り返らない。
「相手は教会です」
「これでも足りません」
「いや十分怖ぇよ」
実際。
今この屋敷へ無断侵入した場合。
侵入者は、
数秒で消し飛ぶ。
レグルスが、
術式陣を見回す。
「……そんなヤバいのか」
ノクスの手が止まる。
沈黙。
そして。
低く呟いた。
「討伐命令が下りました」
空気が変わる。
レグルスの表情から、
軽さが消えた。
正式命令。
つまり。
もう後戻りは無い。
ノクスは、
静かに続ける。
「異端管理局だけではありません」
「聖騎士団も動くでしょう」
「場合によっては、
封印兵装庫も解放される」
レグルスが、
小さく舌打ちした。
「戦争じゃねぇか」
「はい」
即答だった。
ノクスの赤い瞳が、
静かに揺れる。
「始祖戦争が、
再開します」
その言葉は重かった。
かつて。
世界を血で染めた戦い。
無数の吸血鬼が死に。
都市が消え。
空が赤く染まった時代。
その再来。
レグルスは、
深く息を吐く。
「……で?」
「お前どうすんだ」
ノクスは、
静かに目を伏せた。
監視者としてなら。
答えは決まっている。
危険因子は、
封印するべきだ。
だが。
脳裏へ浮かぶ。
泣いていた少女。
黒薔薇を見て、
笑っていた顔。
『わたし、わるいやつ?』
ノクスは、
静かに目を開く。
その瞳には、
迷いが無かった。
「決まっています」
赤い術式が、
地下空間を照らす。
「私は、
クロエ様を守ります」
レグルスが、
小さく笑った。
「だろうな」
その時。
地上から、
ぱたぱたと足音が響いた。
勢いよく扉が開く。
クロエだった。
「のくす!!」
「れぐるす!!」
二人が振り返る。
クロエは、
少し慌てた顔をしていた。
「へんなの、
とんでる」
空気が止まる。
ノクスの瞳が、
即座に細まった。
監視使い魔。
もう。
教会は、
屋敷へ辿り着いていた。
第四話:侵入者
夜風が吹く。
庭園の黒薔薇が、
静かに揺れていた。
その上空。
黒い影が飛ぶ。
鳥。
いや。
違う。
片目へ、
白い術式刻印。
教会製監視使い魔。
ノクスは、
屋敷外へ出た瞬間に理解した。
「……早いですね」
レグルスが、
空を見上げて舌打ちする。
「もう嗅ぎつけやがったか」
監視鳥は、
屋敷上空を旋回している。
完全に位置確認だ。
クロエは、
ノクスの後ろから顔を出した。
「へんなの」
「だめです」
即答。
ノクスは、
クロエを庇うように前へ出る。
その瞬間。
バチィッ!!
結界が反応した。
監視鳥の片翼が、
焼ける。
だが。
使い魔は逃げない。
むしろ。
一直線に、
クロエを見た。
白い刻印が、
強く発光する。
認識。
対象確認。
始祖因子照合。
ノクスの目が、
鋭く細まった。
「レグルス」
「あぁ」
次の瞬間。
ドォンッ!!
紅い魔力が、
夜空を貫いた。
監視鳥が、
真っ二つに砕け散る。
黒い羽根と、
白い術式片が降り注いだ。
静寂。
だが。
遅い。
既に位置は知られた。
ノクスは、
空を見上げる。
赤い月。
嫌な夜だった。
その時。
クロエが、
小さく裾を掴いた。
「……また、
くる?」
ノクスは、
少しだけ黙る。
嘘はつけない。
だから。
静かに答えた。
「はい」
クロエの肩が、
僅かに震える。
レグルスが、
頭を掻いた。
「まぁでも」
「来たら返り討ちでいいだろ」
ノクス
「脳筋思考をやめてください」
「事実だろ」
クロエは、
そんな二人を見上げる。
不思議だった。
怖いはずなのに。
二人がいると、
少しだけ安心する。
だが。
その頃。
遠く離れた教会領域。
白髪の執行官が、
砕けた監視術式を受け取っていた。
空中へ、
術式映像が映し出される。
そこに映るのは。
黒薔薇の庭園。
そして。
月明かりの中に立つ、
黒髪の少女。
赤い瞳。
背後へ、
一瞬だけ浮かび上がった黒翼。
部屋の空気が凍る。
司祭の一人が、
震えた声を漏らした。
「……始祖」
白髪の執行官は、
静かに目を閉じる。
もう。
戦争は始まっている。
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