生き活き
馬一族を始めとして全ての騎馬民族は宅に臣従し、その在り方を見直し、変わる事に為った。
時代の移り変わりに伴い、そういう事も起きる。
頻繁に起きる事ではないが、特別過ぎるという事も無いのが現実だと言えるだろう。
ただ、そう簡単に変われないのも人の性だろう。
自らが強く意識し、壁や拘り、或いは誇りを壊し、変化を受け入れられなければ、それは成らない。
口では何とでも言えるのだが。
それは思う以上に難しく、容易い事ではない。
その為、変わる事を止める者も多いのが現実。
何故なら、多少の不満を飲み込んでも、変わる事に比べれば現状維持の方が遥かに楽だから。
勿論、現状維持は現状維持で難しい場合も有るが。
意志を、意思を、強く持ち続ける事は大変。
だからこそ、気持ちが持たなくて止めてしまう。
そういう人の方が圧倒的に多いのが現実。
人間、誰しもが楽な方が良いからだ。
「馬騰達の様な選択は私には出来無いだろうな…」
「そんな選択は出来無くて良いんだよ
本当なら自殺に等しい選択は間違いだからな
ただ、馬騰達の場合には必要な選択でも有った
自分達が死を以て「今の在り方が間違いだ」と皆に示す事で変化を受け入れる事が正しいと…
それが変わる事が出来無い自分達なりの後始末だ
変わる事を受け入れられた白蓮や皆とは違う
だから、ある意味では仕方が無い事だ」
「それは御前が………いや、そうだな、うん
結局、それを決めるのは自分自身なんだからな
馬騰達自身が変われない事は仕方が無い事だろうと一族の、民の未来を背負う立場に有るからこそ…
その責任に対して死を以て全うしたんだ
同情や悲哀・憐憫を向ける事は侮辱だもんな」
ああ、そうだ、そうする事しか出来無い。
そういう状況を作ったのは馬騰達自身だからな。
先導者と煽動者。
同じ読み方をする両者だが、その本質は対極。
人々を正しい先へ導くのが先導者なら、煽動者とは人々を惑わし、煽り動かす者。
判り易い例を挙げるなら、国家の決定権を持つ者。
歴史の──過去の禍根を挙げ、人々の憎悪や反感を煽り己が野心の為に政治的に利用する輩というのは少なからず存在し、歴史に悪名を刻む。
特に戦争というのは最も使い易く効果的な理由。
戦争を快く思う者は絶対的に少数派であり、それは世界の脅威であり人類にとって害悪でしかない。
だが、歴史の一部だけを抜粋し然も「自分達こそが絶対的に正しいのだ」と嘯く輩は外道だ。
煽るだけ煽り、自分は決して危ない事はしない。
状況が悪くなれば、切り捨てて保身に走る。
所詮、そういう輩でしかないのだから。
抑、戦争の傷痕というのは一方的なものではない。
戦争──侵攻に抵抗した時点で、双方共に加害者で被害者となるのが戦争というもの。
勿論、侵攻された側は異議を唱えるだろう。
しかし、抵抗した時点で侵攻側を攻撃している事も覆す事の出来無い事実だ。
だから、戦争を理由にする輩は被害者面をしている恐喝犯だと言っても間違いではない。
そして、世界中何処を探しても戦争を理由に出来る純粋な被害者というのは一切存在しない。
何故なら、その者は──その国は歴史を繙いた時、一度たりとも「戦争をした事が無い」訳ではない。
それが侵攻に対する抵抗だったとしても。
殺し合いをした時点で同罪なのだから。
「戦争被害者だ」と言うのなら。
侵攻に対し、抵抗してはならない。
武器を持たず、交渉という戦場にて戦う。
それ以外の方法は全て等しく戦場犯罪だからだ。
無抵抗で降伏し従順に従ったのに──虐げられた。
それも個人ではなく、国としてだ。
そうでないなら、戦争被害者とは言えない。
そう嘯く事は自由だが、正しくは被害者ではない。
そうとは判らず煽動者に焚き付けられ、利用され、邪魔に為れば切り捨てられる。
滑稽で、哀れで、救い様の無い愚かな民。
「自分は悪くない!」と定型文句を口にする。
その姿を客観的に見たなら、どう思うのか。
それすら想像出来無いから、容易く利用される。
勿論、煽動者の話術の巧さも有るのだが。
それを鵜呑みにしてしまう民の方が問題。
そして、そういう民は結局は煽動者と同じ。
責任転嫁し、自己保身の事しか考えない。
その在り方を、自らを恥じる道徳心は無い。
国は民を、人を映す鏡だと言える。
そしてそれは、国ではなくとも、一定以上の人々が共同生活する環境下の全てに対して言える事。
だから、馬騰達は自らの不始末を自らが片付けた。
馬騰は馬一族という最大勢力の長として他の部族に騎馬民族の在り方を言外に強いているという状況を理解しつつも現状維持しか出来無なった事を。
辺章達は煽動者としての自分達の罪と責任を。
未来へと禍根を残さない為に絶ち切った。
その根幹を正す為に、自らの死を以て。
手段の是非は兎も角、その意志だけは尊重する。
その死を無駄にはしない為にな。
「俺達に出来る事は翠を始めとする新しい長達への指導と援助・協力であり、同じ過ちの抑止だ
騎馬民族としての在り方を尊重しながらも、全ての部族が全く同じである必要は無いという事を示し、しっかりと多様化の道筋を作る事だ」
綺麗事で、なあなあで済ませる事は楽だ。
しかし、誰かが憎まれ役・嫌われ役を担おうとも、遣らなくて変わる事が出来無いなら。
俺は迷わず、それを遣るだけだ。
勿論、好き好んで遣りたいとは思わないし、物凄く面倒臭い事なのも確かなんですが。
白蓮に、穏に、璃々に、雛里に、月に、冥琳に。
最近では思春に、翠にと。
「一緒に背負って遣る」と言いましたからね。
その言葉を嘘には出来ませんし、しません。
途中で投げ出す様な無責任な真似もしません。
少なくとも、俺が背負うと決めた未来は。
しっかりと背負って行きますから。
「…っ…本当にっ…そういう所が狡いんだよっ…」
──と呟きながら、顔を赤くした白蓮に抱き付かれ問答無用に唇を塞がれます。
「御前が悪いんだからな?」と言う様に。
情熱的で貪欲な口付けは、それだけでは済まず。
まあ、いつも通りの御約束な展開に為ります。
目出度し、目出度し、ちゃんちゃん。
そんなこんなは有っても、遣るべき事は遣ります。
臣従した馬一族を始めとした騎馬民族を平原の特設会場へと集めています。
その光景を、少し離れた場所から眺めていると。
本の少し前なら考えられなかった事である事実に、翠は言葉無く見詰める事しか出来無いらしく。
その横顔は複雑そうであり、誇らしそうでもある。
まあ、此処で「どうかしたか?」なんて訊く様な。
そんな鈍感主人公ばりの鈍さは有りません。
全てを判らずとも、察する事は出来ますから。
翠の肩に右手を置き、振り向いた翠に頷いて見せ。
言外に「さあ、行こう」と促す。
何処へ、と言う必要は無い。
「現在から未来へ」と。
俺達は判っているのだから。
しっかりとした決意と共に。
強い意志を宿す笑顔で頷いた翠と共に向かう。
会場に集まっている皆が簡素ではあるが特設された壇上に立つ俺の登場に伴い、沈黙。
同時に全体的に生まれる緊張が見て取れる。
ゆっくりと全体を見回す様に顔を動かし、正面へ。
少しだけ瞑目した後、口を開く。
「さて、改めて名乗らせて貰うが、俺は徐子瓏
啄郡を始め、三郡を太守として治めている者だ
世間では“大太守”等とも呼ばれているがな
まあ、見ての通りの若造だ」
そう自虐ネタで挨拶をしてみれば少なからず緊張を緩める者が居て、それが周囲に伝染する。
勿論、全員が緊張を緩めるという訳ではない。
それに緊張を解そうという意図でもない。
本の少しばかり、意識を弛緩させて隙を生じさせる何気無い誘導でしかないのだから。
そして、もう一つ、裏の意図が有る。
今の俺の言葉を挑発と受け取る者も居る。
僅かだろうと、反意や嫌悪感を懐くなら。
その者は要注意人物に間違い無い。
それを炙り出す為だったりもする。
俺だけではなく、既に華琳や凪達が把握した筈。
その者達は監視下に置かれる。
場合に因っては処分も致し方の無い事だ。
「…薄々気付いている者も少なからず居るだろう
先代の長達、馬騰・辺章・韓遂・劉範…
この場に彼等が居ない理由は、唯一つ
自らを変える事が出来無かったからだ」
細々とした経緯は省き、重要な事だけを告げる。
現に、騎馬民族の四大部族と言える長達以外の長は代替わりこそ俺の要求を呑んでしたが、存命。
しっかりと、この場にも参加している。
そんな彼等の差は、立場だったとも言える。
馬一族や三部族の様に今までの在り方には拘らず、新しい在り方を受け入れられ易かった。
自分が、一族が、非力で有ったからこそ。
無駄に抗う事無く、臣従する事が出来た。
たったそれだけの事。
けれど、それは生死を分ける大きな差だった。
「変化というものは簡単な様で非常に難しい
その捉え方・解釈次第で思考に与える印象・影響が大きく異なってくるからだ
それは人各々、意識や価値観に因るもので有り…
決して、明確な正解が存在する訳ではない
例えば、良く言えば変化は“成長”だと言えるが、悪く言えば“己を捨てる”とも言えるだろう
そして、後者の考え方をしてしまうと…変わる事に対する忌避感──恐怖感や不安感が高まり易い
だから、不変や現状維持を好む様になる」
そう言えば、多くの者が顔を俯かせ、表情を歪め、気不味そうにしている姿を見る事が出来る。
だが、それは可笑しな事ではない。
誰にでも覚えが有る筈だ。
一つ位は、一度位は、心当たりが有るだろう。
変化とは何も特別な事だけではない。
日常の中の、何気無い場面にも存在している。
ただ、それに気付かないというだけで。
ただ、それを変化だと意識しないというだけで。
変化というのは、とても身近に存在している。
「しかし、現状維持というのは変化の放棄だ
現状よりも苦境に立つ可能性を考え、踏み出せず、しがみ付く様になってしまう
そして、それは次第に、確実に、自他を蝕む
変化を恐れる心は、差違を嫌い、憎む
それは他者への偏見・差別・迫害へと繋がる」
そう、変化は決して個人に限った話ではない。
一人の意識が、周囲に伝染すれば拡大する。
その一人の発言力・影響力が強ければ強い程に。
感化され、それが正しい事だと勘違いしてしまう。
特に何でも「自分は悪くない」という身勝手過ぎる間違った自己肯定意識を持つ者である程。
自分の間違いを認めようとはせず。
無理矢理にでも身代わりになる存在を見付け出し、難癖付けて話を擦り替える様にして有耶無耶に。
客観的に見れば、人間の屑だと言えるだろう。
だが、こういう輩は大抵が口が巧く、世渡り上手。
皮肉な事に、真摯で正直な者程、餌食にされる。
だから、「政治家は腹黒い位で丁度良い」と。
そんな意見が出て来る事も可笑しくはない。
実際問題、綺麗事だけでは政治は行えない。
時には、自らが嫌われ役・憎まれ役・汚れ役に成る事も政治家には、人の上に立つ者には必要。
それを臆す事無く、背負わなくては為らない。
その覚悟が無いから政治が腐敗してゆく。
その必要性を正しく理解出来無いから道を誤る。
政治の本質を、本懐を見失ったまま。
在るべき道を外れている事にすら気付かず。
考えようともせず、向き合おうともしない。
「人というのは愚かな程に単純な生き物だ
自分と相手の類似点を見付ければ仲間意識を持ち、相違点を見付ければ敵対意識を持つ
似た者で群れ、違う者を排除する
違う事を悪とし、同じ事を良しとする
それが民族の、種族の隔たりだとすら考えずにだ
皆、その事を、その成れの果てを知っている筈だ
騎馬民族という一つの括りの中、そう在る事でしか歩む道を選べず──生きる事が出来無い
そういう人生を、つい最近までしていたのだから」
そう、それは例えばなどではない。
彼等は、馬一族でさえも。
その中に有る者でしかなかったのだから。
張遼side──
冥琳達の事が心配で怒鳴り込んだ様な出逢い方。
今思えば最悪やし、出来るんなら遣り直したい。
…そらなぁ、ウチかて女やもん。
惚れた男との大事な馴れ初めやねん。
やっぱ、特別な感じの方が良ぇやんか。
………まあ、違う意味では特別なんやけど。
「………何ちゅぅか、凄過ぎひんか?」
「は?、姉さん、何処等辺がなん?」
「何処等辺って何もかんもやろっ!
即断即決で迅速な行動?
行動力が有るにも程が有るやろっ?!
何やねんっ、三日で西部全域に散らばっとった筈の騎馬民族を全部平らげるとかっ!
普通に考えて有り得へんやろっ!」
「姉さん、彼処に師匠が居るで」
「何処やあぁっ!?、~~~~~っ、アカン、ウチ、見てるだけで胸が切のぅなってきたわ…
──って、何言わせんねんっ!」
「けど、師匠に迫られたら?」
「何時でも何処でもウチは構わへんでっ!!」
「…やれやれ……あの霞を此処まで惚れさせるか」
「あぅあぅ…さ、流石は忍様です」
呆れた様に言ぅとるけどな、冥琳。
自分、気付いてへんのやろうけどな。
忍の事、話しとる時は、滅茶苦茶上機嫌やで?。
口に出さんだけで「惚気てんで?」と。
正直、思いっ切り言ぅたりたい。
絶対、顔を真っ赤にして照れる遣ろうからな。
せやから、まだや。
まだ、今は言ぅ時やない。
もちっと、寝かせてから、良ぇ感じの時にな。
まあ、それは兎も角としてや。
本当に信じられへん光景が目の前に有る。
勿論、それを可能にする為に彼方此方で色々と裏で動いてたんは聞いとるんやけど…。
それでも、普通は出来へん事やって。
馬一族だけやったら別に不可能やとは思わへん。
ウチと冥琳達でも臣従させる事は出来たやろうな。
けど、実際には馬一族だけやない。
一つ残らず、騎馬民族を全部獲って見せた。
こんな男、何処を探しても他には居らへん。
間違い無く、天下一…いんや、過去・現在・未来と比肩出来る男は存在せぇへんやろうな。
「冥琳は子供も出来とるから良ぇやんか
真桜かて、しっかり可愛がって貰っとるんやろ?
良ぇな~良ぇなぁ~、羨ましいなぁ~
なぁ?、明命?、ウチ等はなぁ~んも無いのに」
「へぅっ!?、あ、あの…その……」
「ん?、何だ、霞は知らなかったのか?
正式な初夜こそ、まだだが明命は忍と一緒に寝る事自体は既に何度も経験しているぞ」
「──────へ?」
「ね、ねねネネ姉様ァッ!?」
「因みに、一緒に御風呂で洗いっこもやな」
「真桜さあぁんっ!?」
「な、何やとぉ…」
冥琳と真桜の言葉に真っ赤になる明命。
必死に二人の口を塞ごうとしている姿から、二人の言ぅとった事が嘘やないんやと判る。
ちゅぅか、まさか、明命が其処まで進んどるとは。
「──ってぇ、ほんなら、ウチを抱いてくれたって良ぇやないかっ!、何でやっ?!」
「師匠、守りがガチガチやからなぁ…」
けど、ウチは諦めへん!、挫けへん!。
寧ろ、燃えてくるんやからなっ!。
覚悟しときぃやっ!、忍っ!。
──side out