産みの苦嬉に
夫婦揃っての観劇は一種のデートです。
其処に子供が入ると家族サービスにクラスチェンジしてしまうのですが。
まあ、まだ赤ん坊では観劇しても解りませんから。
乳母さん達に預かって頂いておりました。
…え?、「赤ん坊って…産まれてたのかっ?!」?。
ええ、二週間前、最初に白蓮が産気付いたら、後に続く様に紫苑・祭・梨芹と同日に出産。
腹違いとは言え、同日に産まれるとは…予想外。
まあ、四つ子も同然だった訳ですが。
産まれた順に白蓮の子が公孫誠、紫苑の子が黄維、祭の子が黄久、梨芹の子が華義です。
皆、元気な男の子であり、各家の跡取り息子。
ええ、“原作”の呉ルートとは違い息子達です。
ある意味、最初が嫡男なのは一安心です。
将来的には娘も出来るでしょうしね。
それはそれで楽しみです。
勿論、息子達も可愛いんですけどね。
まあ、流石に四人共に初産でしたからね。
悪阻には苦しめられていましたが、紫苑・祭は結構あっさりとした出産だったので安産でした。
白蓮・梨芹は二人に比べると大変でしたが…まあ、難産の内には入らず普通でしたね。
…ん?、「やけに詳しいな?」って?。
それはまあ、俺は“華佗”を継いだ身ですから。
それなりには御仕事を遣っているんです。
だから、妻達の出産は俺が仕切りましたよ。
文句なんて言わせませんし、言えませんから。
だって俺は最高権力者で、医者で、夫なので。
「出産に立ち合わせると以後、男して駄目になる」なんて前世では言われていましたけどね~。
俺は十二歳に成る前から産科医・助産師に近い事を遣っていますからね。
そういう意味では踏んだ場数が違います。
田舎だろうが、それなりの範囲で見れば年に数十人出産しますし、誕生する訳ですからね。
自分の妻子だからと戸惑う事は有りませんよ。
寧ろ、心配したくないから自分で遣る訳です。
だって、100%安全な自信が有りますから。
伊達に華佗の名を継いでは居りませんて。
尤も、まだまだ医療技術・提供体制が未熟な社会。
ですから、俺が最初に取り組んだのが産婆さん──助産婦さん達の育成だった訳なんです。
出生率の上昇・安定は社会基盤の要ですからね。
「産めよ、増やせよ」は間違いでは有りませんが、畜産業ではないんですから。
その辺りの補助や制度を充実させてからでないと、本当の意味での円滑な人口管理と世代交代の安定化は望めませんからね。
先々の考え無しに遣れば破綻するだけですから。
「うむ、儂に似て良い飲みっ振りじゃのぅ
付き合わせるのが今から楽しみじゃな」
「もう…それは飲む物が違うでしょう?
それから一応、改めて言って置くけれど、授乳期の貴女の飲酒も禁止ですからね?」
「判っておる、流石に我が子の命には代えられん
後一年位ならば我慢も出来る……筈じゃ……多分」
「いや、其処は言い切れよっ!、不安だろっ?!」
「本当にもう…梨芹さんからも言って遣ってね?」
「…え?…ああ、そうですね……何方等かと言えば赤ん坊にしては父親に似て上手な気が…」
「何がっ?!」──と思わず梨芹の言葉に聞き返してしまいそうになったのは俺だけではない筈。
一応、息子達の身の潔白の為に言って置きますが、それは生きる為の本能なので。
上手い下手は関係有りませんから。
…まあ、多産の動物なんかだと仔供は一番乳の出が良い場所を取る所から生存競争が始まります。
そういう意味では上手に飲めるのは良い事です。
決して、父親の技量とは関係有りませんから。
「…どれ、少し父親にも飲ませてみるか…のぅ?」
「いや、俺に訊かれても…」
「出産前には散々搾っておったろうに」
「人聞きが悪いな…アレも治療なんだから…」
「むぅ…私は受けてないけどな」
「それは個人差が有るからな」
「……やはり、大きい方が出易いのですか?」
「えっと…そんなに見られても私には何とも…」
祭の変な振り──まあ、揶揄いだが──から始まり大きさを気にして拗ねる白蓮を宥め。
そうかと思えば、白蓮よりは大きいのに出なかった梨芹が紫苑の授乳中の乳房を凝視して訊ねる。
苦笑するしかない紫苑だが、乳を飲み終えた息子を抱え直し、噫気をさせる姿は一番様になる。
次いで梨芹、祭……で、白蓮。
うん、我が子というよりかは、姉の、或いは親戚の子供を抱いている様にしか見えない。
勿論、戸惑うのは仕方が無いんだが…不自然だな。
まあ、それはつまりは、もっと頑張って作らないと白蓮には風格が出て来ないって事だな。
うん、頑張らないとな、うん。
「────っ!?」
「何じゃ?、厠ならば我慢するでないぞ」
「違うってっ!」
急に身震いをした白蓮に祭が突っ込む。
しかし、何と無く察したらしい紫苑に「もう、まだ今は敏感な時期ですから駄目ですからね?」という視線で窘められて、苦笑で答える。
あと「白蓮さんばかりは駄目ですからね?」と。
無言の催促と威圧を受けましたが。
それは言ってはいけません。
因みに、妊婦さんの中には出産前から母乳が出易く悩む人も少なく有りません。
そういう時、相談出来る相手──医者は勿論ですが身近な経験者が居るか居ないかで大違いです。
それは妊娠しなくて悩んでいる人も同じで。
そういった苦悩の経験者である女性達に声を掛けて協力して貰い、気軽に相談出来る施設を設置したりするという取り組みも地味に効果が有ります。
そういう類いの相談は男性にはし難いですからね。
勿論、治療が必要なら俺達に話が回って来ますが。
実際には、相談した時点で大半が「良かった…」と安堵して解決したりするんですよ。
つまり、精神的な不安定さが原因な訳です。
その辺りの配慮を旦那さんや家族が出来るのなら、それが一番良い事では有るんですけどねぇ…。
実際には中々難しい訳なんですよ。
極論を言えば、男には解らない事ですから。
「…にしても、御主は本当に平然として居るのぅ…
璃々が産まれた時など、あたふたしておったが…」
「忍は昔から妊娠・出産に関わっていますからね
特に出産と育児に関しては、老師の補佐を早くから務めていましたから経験量が違います」
「俺が産んで育ててる訳じゃないけどな」
我が事の様に胸を張る梨芹の言葉に一言付け足す。
其処だけを聞かれたら勘違いされそうだからね。
あと、隠し子の類いも居ませんから。
そんな無責任な真似は致しません。
授乳と噫気を済ませた紫苑から維を預かり、抱く。
紫苑が服装を直す為だが………うん、何かエロい。
いや、そもそも紫苑は特上にエロいんだけどね。
母親という属性が追加された効果なんですかね。
今までとは違った魅力が有ります。
……あー…でも、母さんとは違うな。
そう考えると、この劣情は紫苑が俺の妻だから、と前提条件を置くべきなんだろうね、きっと。
だって、今まで見てきた産後の女性に劣情を懐いた記憶は一切御座いませんし、授乳等を見てもエロいなんて感じもしませんでしたからね。
「ぁ~…ぅ?」
「んー?、何でも無いぞ、維」
男の子だが、まだ無垢な息子は俺の煩悩を察したか穢れ無き円らな双眸で「父様、どうしたの?」とか言う感じで見詰めてきたので、笑顔で誤魔化す。
少し高く抱き上げ、笑い掛けて遣る。
それだけで十分だなんて……可愛過ぎだろっ!。
髪や肌や瞳の色は母親になので前世感は無い。
俺も違うのに黒目黒髪で産まれたら吃驚だしね。
──と言うか、白蓮達が卒倒するだろうな。
「違っ、浮気とかしてないからっ!」ってね。
まあ、そういった心配は全くしていませんけど。
俺の息子達なんですが、跡取りでは有りません。
まあ、徐姓──つまりは徐家、俺の跡取り、という意味では、なんですけど。
これは「皆の産む一番最初の次男に」というのが、暫定的な考えだったりします。
まあ、ぶっちゃけ、何も決まっていません。
各長男は各家の跡取りですからね。
俺としては、其方の方が優先度が高いんです。
極端な話、俺の跡継ぎは各家が連携すれば済むので居なくても問題は有りません。
個人的には一極集中型にはしたくないんですよ。
勿論、それを背負える息子になら託しますが。
現実的に見て、赤ん坊では何も判りませんからね。
だから、今は考えない様にしています。
流石に十年後には、ある程度は方向性を定めておく必要は有るでしょうけどね。
それにしても………赤ん坊って可愛いよね~。
存在自体が癒しなのに…虐待とかする奴って絶対に生物としては欠陥品だよな。
修理不可能なら廃棄処分して遣れば良いのに。
下らない人権社会に保護された人間で良かったな。
此方だったら、俺が即刻始末して殺るのにな。
──っと、いかんいかん、ついつい本音が。
人間に限らず、赤ん坊っていうのは可愛いもの。
それが我が子とも為れば……最終決戦兵器です。
勝利以外には有り得無い星剣みたいなものです。
つまり…宅の子達っ、最っ高おぉーーっっ!!!!!!。
「御兄様、顔が蕩けてます」
「そうか?、そう言う華琳も蕩けてるぞ?」
「そうですか?」
同じ様に梨芹から義を預かった華琳も、義を抱いてあやしながら顔を若気させている。
まあ、若気ると言っても悪い意味ではない。
兎に角、その癒しオーラに骨抜きにされ、ふにゃんふにゃんに為ってしまっているだけだ。
だらしない、みっともない、しまりがない。
“三無い”だと言われても気にしない。
何故なら、今この瞬間は完全無欠のプライベート・タァーイムゥッ!!。
家族の団欒に水を差す輩が居たら、どうする?。
「悪・即・斬・滅です」
「その通りだ、華琳」
「本当に遣りそうで、物騒だから止めて下さい」
白蓮から誠を預かっている咲夜が器用に頭を叩く。
手?、いや、塞がっているよな…。
それなら、足か?……いや、流石に華琳までは足蹴にはしないだろう。
俺だけだったら兎も角として。
そうなると……………はっ!?……ま、まさかっ………ゴクッ………司馬建公、恐ろしい女よ…。
よもや、伝説の“乳撃”を身に付けていようとは。
「兄妹揃って馬鹿な事考えないのっ」
──はい、答えは髪でした。
氣で操り、適度に強化し、撓らせた鞭の様な一撃。
髪が長いからこそ出来る技ですが。
変な使い方だけは身に付けるのが早いな、おい。
しかも、それで髪を猫じゃらしの様に遊ばせ、誠の目の前で巧みに動かして気を引くとは。
…………はっ!?、維も義も冥琳の抱く久までもが、咲夜に夢中になっている、だとぉっ!?。
──クッ…おのれ、司馬建公めぇ……。
──とか思いながら、チラッと華琳を見る。
宅の華琳は多分、原作の曹操よりも髪が長い。
そして──ドリってはおりません。
ええ、何処で何を間違ったらドリルがポリシーへと進化したのかは不明ですが。
宅の華琳は文字通り素直なストレートです。
またには髪を纏めたり、結ったりはしますが。
その華琳が咲夜の真似をしようと遣っています。
確かに器用な娘なのは俺も同意はします。
しかし、万能という訳では有りません。
──なので、うねうねと、ぎこちなく動く長い髪は客観的に見ていると不気味です。
だが、俺達とはツボが違うらしく、息子達は華琳の不完全な髪操作に興味津々で大喜びです。
「…貴女には負けたわ」と苦笑する咲夜。
しかし、その裏に「ぷぷーっ、そんな不完全なので喜んで貰えのね~、良かったでちゅね~」と言った感じの挑発が窺えたのは…俺だけではない筈。
事実、華琳は笑顔で「そんな事無いわよ」と言った苦笑を浮かべ返すも、蟀谷には青筋が浮かぶ。
決して、集中している為に浮かんだものではない。
(──と言うか、この二人何気に張り合うよな…)
どういった時に多いのかは、敢えて言わないが。
まあ、解釈を変えれば仲が良い訳だ。
愛紗や梨芹とも姉妹同然の関係だが、力関係的には華琳の方が勝ってしまう。
その点、咲夜は能力こそ劣るが、遠慮はしない。
其処が華琳にとっては甘え易いんだろうな。
関羽side──
梨芹達が無事に出産を終え、忍の長男達が誕生。
自分が産んだという訳ではないけれど、愛する男の子供達である事には間違い無くて。
産んだのは同じ妻で、姉妹同然の関係なのだから。
それはもう、素直に可愛くて仕方が有りません。
あの忍や華琳でさえ骨抜きにされていますからね。
ええ、本当に可愛い子達です。
「────ぅっ…ぅっぷっ……」
「──で、貴女が第二陣の一番手、という訳ね…
そんなに待ち遠しかったのなら第一陣の時に言えば良かったでしょうに…」
「…別に…そんなつもりでは………ぅっ……」
皆を見ていて想像はしていましだが。
実際には思っていたよりも悪阻が酷いです。
勿論、ずっと続くという訳では有りませんからね。
暫しの我慢ですが…キツい事は否めません。
それはそれとして。
正直、華琳の言葉には反論が出来ません。
勿論、忍の子供が欲しかったのは確かです。
ですが、第一陣に入らない事は納得していた訳で。
…でも、忍に「俺の子を産んでくれ」と言われては本能が昂らない訳が有りません。
その結果が──ええまあ、真っ先に出来た訳です。
白蓮達が大して差が無かった為に同日出産でしたが私達の場合は私が一ヶ月は早いでしょう。
それに他の皆が早産になる可能性は有りませんし、私も一ヶ月以上遅れる可能性も考えられません。
つまり、上の四人とは違う事になる訳です。
別に問題には為りませんが。
「…はぁ……あのね、愛紗?
勘違いしている様だけれど、御兄様が妊娠するのを意図的にズラしているのは家督争いを考慮してよ
だから、欲しいなら素直に言えば良いのよ
一人目は、何時産んでも構わないのだから」
「……………………っぅぷっ!」
華琳の呆れ様な眼差しに思わず思考が停止。
それを悪阻が鳩尾を殴り付けた衝撃の様に襲う。
ただ、言われてみれば納得が出来る。
私達各々の産む長男は各家の跡取りです。
正確には、その子達の為に興される訳ですが。
白蓮達の様に元々有る家とは違い、私達の様に今は身寄りが無い各家も既に準備が開始されています。
子供達が十歳に成る頃には各地を統括する立場に。
そう遣って基盤を安定させるのが忍の政策です。
ですから、一人目の産まれ時期は関係有りません。
寧ろ、一人目が女の子だったら、二人目を作るのに最適な口実に──
「──ああ、言って置くけど、一人目が女の子でも二人目を作るのは先に為るわよ
まだ幽州の全てを獲った訳ではないもの」
──そうですね、ええ、判っていますとも。
…ただ、少し位は甘い希望を懐かせて下さい。
「嫌よ、先に産めるのだから我慢しない」と。
珍しく不満そうな顔を見せる華琳。
…ええ、まあ、そうでしょうね。
貴女が他の誰かに忍の“最初の子供を産む”権利を譲渡している事自体、昔では考えられませんし。
そういう意味では少しは成長している訳ですか。
…直らない癖も有りますけどね。
──side out