エピソード1
今から1000年前、世界を止めようとした男がいた。
その男には愛する者がいた。
男が愛する者は死を恐れていた。しかしその愛する者は死の1歩手前という所まで来てしまった。愛する者は恐れ、拒絶しようとした。世界は無情にも死を振りまこうとしたが、男は振りまかれた死を拒絶しようとした。男には特別な力があった。ものを固定する力をである。男は愛する者に、
「このまま二人で永遠に一緒になろう。」
と言い、愛する者は
「うん。」
と頷いた。
男は安心した顔で能力を発動した。
「Repary。」
男は能力を発動した。しかし、上手く発動しなかった。固定対象を示す赤い点は広がり続け、やがて世界を覆った。世界が赤い点に染まった後、赤い点は突如として姿を消した。
「失敗した……?」
そういったのも束の間、
愛する者の容態が急変、そのまま愛する者は息を引き取った。
男は声にならない慟哭を上げ、泣き崩れた。その日から男の終わりのない後悔は始まった。
後悔が始まった日から10年は経っただろうか、男は不可思議な現象に直面した。
老けない。身体が老化しないのだ。身の回りの家族、友人は年齢相当に老けて来ている。10年前、髪のあった父親はすっかり禿げ、母親には皺とシミが増えた。友人達は肩が痛い日が増えたと言う。なのに自分はどうだ。身体は健康を維持しているし、抜け毛が増えた実感もない。男は気づいた。自分は10年前、固定を失敗したのではなかった。成功していたのだ。それは遅効性の毒のようなもので、ゆっくりと、だが確実に世界を蝕んでいた。ただすぐに効果を発揮した訳では無かった。ただ間に合わなかった。それだけだった。
後悔が始まって50年。
両親はとっくに他界した。両親共に穏やかな死を迎えた。友人達はすっかり年寄りになってしまった。男は50年前のまま、若いままだった。変わらず接してくれる友人達のおかげか、この頃には男も若いままの自分を受け入れつつあった。
後悔が始まって100年。
男は気づいた。自分だけ生きることの苦しみに。友人達は既に他界してしまった。色々なやつがいた。老体になってもいつまでも働いているやつ。ジジイになっても中学生のような話ばかりするやつ。見栄を張るやつ。子供、孫に恵まれたやつ。だがそんなやつらは今、この世界にはいない。どこへ行ったのかは分からないが、この世にはいないということだけが分かった。
XXXX年
私、依原夏恋は高校生である。高校生活も1年が経ち、やっと慣れてきた所だ。
「今日も雨、止まってるね。」
私は友達と外を見て話していた。この世界には奇妙な現象がある。世界の一部が停止することがあるのだ。例えば今のように雨が空中で止まったり、雲が流れなくなったりする。天気のように世界規模のものだけではなく、机に置いたペンが接着剤でもついたように机から離れなくなることだってある。ロッカーから教科書が離れなくなった時は焦った。その時は幸い、先生が理解を示してくれ、教科書が無くてもいい授業をしてくれた。このように、この世界ではものが機能停止したかのようになる現象が起きる。
学校が終わり、私は帰路についた。部活には入っていない。中学の時に苦労したからだ。苦労したからと言って後悔しているかと言われれば違う気がするが、もしかしたら後悔も入っているかもしれない。
帰る途中、私はつまづきそうになった。靴が固定されてしまった。固定されたものはしばらく経つと固定が解除される時もあるので、私は待つことにした。今日は固定が解除される日だった。非常にラッキーだ。私は浮かれ気分で家へ帰ろうとした。
バツンッ!!
何かが切れる音がした。トラックのタイヤが固定され、慣性の乗ったトラックが私目掛けて突っ込んできた。
「うっ…!」
私は死を覚悟した。こんな簡単に終わってしまうのかとも思った。その時、トラックに異変が起こる。グラフのように座標を表す格子が現れた。私はその中の点を指さした。なぜだかは分からない。ただこうしろと言われたような気がした。トラックはぶつかる前に急停止し、命の危機は去った。だがトラックの止まり方には見覚えがあった。雨だ。突然見えない手で掴まれたかのように、ピタッと止まったのだ。
とりあえずトラックから離れようとした私は、不意にトラックのサイドミラーを見た。目に知らない模様が浮かび上がっていた。
家に帰った私は確かめたいことがあった。机に置いてあった個包装のクッキーを手に取り、空中に放り投げ、指を刺した。また座標が見えた。それを指さした。クッキーは止まった。私は気づいた。私はものを固定する能力を手に入れたのだと。
聞けば、ものを固定できる人間はそれなりにいるらしく、激レア能力という訳ではないらしい。それに、固定できるからと言ってどう使うかと言うと私には分からない。現時点では無用の長物である。この固定能力には名前もついているらしく「Repary」と言う名前だそうだ。このReparyに付随してついてくる別の能力もある。それがさっきサイドミラーに映った目であり、「彩の目」と呼ばれている。彩の目の能力は対象の座標が見えるというものだが、Reparyを持つ人なら誰でも持っているもので、例えるなら、「スマホを持つ人なら誰でも充電器を持っている。」といった感じだろうか。彩の目は普段からそうなる訳では無く、Reparyを使う時だけそうなるということらしい。これらの能力は一言で表すなら、「普通に生きるなら確実に不要。」といった感じになると思う。迷惑ではないが、ありがたくもない、強いて言うなら他人にない才能があるみたいでちょっと嬉しいといった感想になる。まだ火曜日なので、明日には学校がある。今日はもう寝よう。




