表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第07話:睡眠妨害はやめてくれ

「ええと、こっちの葉脈が三本なのがマヒ草で、二本なのが普通の薬草……いや、逆だったか?」


 森の入り口付近の安全な茂みの中で、俺は図鑑の羊皮紙と目の前の草を交互に見比べながら、深々と溜息を吐いた。


 分かってる。ステータス画面から『日次魔法:自動解析インデックサーチ』を実行すれば、一瞬で全植物のタグ付けが終わるんだ。


 だが、そんなチート魔法で根こそぎ検索・乱獲をしてしまえば、森の薬草リソースはたちまち枯渇(絶滅)し、俺の平和な薬草採取クエストは消滅してしまう。


 だからこそ、俺は目視での手動チェックという極めて非効率なアナログ作業を強いられていた。


 夢の『ヤクソーライフ』を満喫するはずが、検索機能もソート機能もない現実の自然は、ITエンジニアにとってただの『クソーライフ(バグだらけのクソゲー)』だった。


(手動デバッグは本当に骨が折れる……。これを一瞬で判別できる異世界の村人たちは、異常な演算能力をしているな。もう限界だ。脳のメモリが焼き切れそうだ)


 限界を迎えた俺は、ふかふかの苔が生えた木の根元に身を預け、システムを『スリープモード』へと移行させることにした。


 ポカポカとした木漏れ日が、至高の睡眠を誘う。これこそが、寝たい時に寝れる俺の夢見た日々だ。

(そういえば、あれから三日か。あいつら、上手くやってるだろうか……)


 俺の脳裏に、無駄に長い変数名のストーカー(勇者エイ)と、俺が片手間で適当にコーディングした泥人形の姿がよぎる。

 少しだけ嫌な予感がして腰のポーチに視線を落としたのを最後に、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。


   * * *


 深い森の開けた場所。


 エイは肩で息をしながら、目の前の泥人形に笑いかけた。


「ありがとう、ゴレマン。君のおかげで、師匠の動きが少しだけ見切れるようになってきたよ」


 泥人形――ゴレマンは、言葉を話せない代わりに、ぬちゃりと泥の腕を上げて応えた。


 三日三晩、寝食を忘れて剣を交えるうちに、エイとこの無骨な泥人形の間には、奇妙だが確かな友情リンクが芽生えていた。


「よし、休憩は終わりだ。もう一丁――」


 エイがゲーミングソードを構え直したその時だった。


「ひぃぃぃっ! た、助けてくれぇっ!」


 街道の方から、悲痛な男の叫び声が響き渡った。


 エイとゴレマンが顔を見合わせ、声のする方へ駆け出すと、そこでは立派な身なりの商人が、空から舞い降りた醜悪な悪魔に襲われそうになっていた。


「逃げてくださいっ!」


 エイは迷うことなく街道に飛び出し、商人と悪魔の間に割って入った。


 エイの構えた剣が、悪魔の狙いを逸らす。


「ひっ、あ、ありがとう若者よ!」


 商人は腰を抜かしそうになりながらも、這うようにして馬車へ駆け込み、馬に鞭を当てて全速力で逃げ去っていった。


 それを確認し、エイは目の前の悪魔と対峙する。


「はぁっ……! はぁっ……!!」


 肺が焼け焦げるような感覚。


 全身の骨がきしむような激痛の中、エイは泥まみれになりながらも両手で剣を握りしめた。


「ギヒヒッ! なんだぁテメェ? その鈍すぎる動きで、この下級悪魔ゲスデビル様に勝てるとでも思ったのかァ?」


 コウモリの羽を生やした悪魔が、下劣な笑い声を上げながら宙に浮いている。


 ゲスデビルの放つ『幻惑魔法スパムデータ』のせいで、エイの視界はひどく歪み、敵の姿が何重にもブレて見えた。


 ただでさえ、エイの体には師匠から科せられた『永続重力加重グラビット』のすさまじい負荷が常時かかっているのだ。一歩足を踏み出すだけでも、泥沼の中で足掻いているかのように重い。


「……ま、だだ……っ!」


 エイが気力を振り絞って剣を振り上げた瞬間、ゲスデビルの鋭い爪がエイの腹部を容赦なく抉った。


「ガァッ!?」


 鮮血が舞い、エイの体がボロ布のように宙を舞う。


「死ねやァァァッ!!」


 地面に叩きつけられたエイの頭上から、悪魔の致命的な一撃が振り下ろされる。


 ――ズゴォォォンッ!!


 鈍い破壊音が街道に響き渡った。


 しかし、エイの体に痛みは走らなかった。


「……ゴレ、マン……?」


 エイの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。


 エイの上に覆い被さるようにして悪魔の爪を受け止めていたのは、三日三晩、共に泥まみれになってくれたゴレマンだった。


 ゴレマンの巨大な胴体は無残に引き裂かれ、核となる魔石が砕け散り、ただの泥の塊となってエイの横に崩れ落ちる。


「ギハハハッ! なんだこの薄汚い泥人形は! ゴミが庇い立てしてんじゃねェよ!」


 悪魔の嘲笑が鼓膜を殴る。


 エイの意識が急速に遠のいていく。


 懐に入れていた通信用の『魔石』を握りしめるが、エイはそれを鳴らすことを躊躇した。


(ダメだ……。僕自身の未熟さで……あの方の偉大な時間を、奪うわけには……!)


 気を失いかけたエイの手から、ポロリと魔石がこぼれ落ちる。


「あァ? なんだこの小石は。目障りだなァ」


 パツンッ。


 ゲスデビルが下品なブーツの底で、エイの命綱である通信用の魔石を無慈悲に踏み砕いた。


 その瞬間だった。


『――Warning。物理デバイスの破壊ロストを検知。緊急度(Severity)S。対象座標への強制割り込み(テレポート)処理を実行します』


 感情のないシステム音声が虚空に響いたかと思うと。


 ゲスデビルの目の前の空間が、まるでバグったモニター画面のようにノイズ混じりに歪み、パチパチと青白い火花を散らして『弾け飛んだ』。


「……あァ?」


 爆風に思わず腕で顔を覆うゲスデビル。


 薄れゆくエイの視界の先に、片手に薬草の束を握りしめ、ひどく不機嫌そうに眉間を寄せた『師匠モブオ』が立っていた。


「……なんだ、ザコが追加かァ? コイツ、大して強くもねェくせに俺に歯向かってきやがってよォ。マジでアホだぜ、ギハハハッ!!」


 ゲスデビルが下品に舌を出し、血まみれで倒れるエイを指差してせせら笑う。


 モブオは、その挑発を完全に無視した。


 静かに歩み寄り、崩れ落ちたゴレマンの泥をそっと撫で、そして虫の息になっているエイの頭にポンと手を置く。


「……グラビットの三倍負荷をかけたまま、この悪魔とやり合ったのか。よく耐えたな、エイ」


「し、しょ……う……。もうし、わけ……」


「喋るな。ログはすべて把握した」


 モブオがゆっくりと立ち上がり、ゲスデビルの方へと振り返る。


 その瞳の奥には、すべてを凍りつかせるような絶対的な『怒り』が渦巻いていた。


(ったく。前世の理不尽なクソ上司に詰められ、心をすり減らして潰された後輩たちを思い出させるんじゃねぇよ)


「一生懸命に努力した人間を、上から見下して笑う資格が、お前のような三流のマルウェアにあるのか?」


「あァ!? なんだテメェ、口の利き方が――」


「お前のようなバグ(害悪)が視界に入ると、俺の精神衛生上よろしくない。何より、俺の睡眠を邪魔した罪は重い」


 モブオがスッと右手を前にかざす。


「この世界から、完全削除デリートだ」


 俺がステータス画面を叩き、『月次魔法:神々の区画初期化ラグナ・フォーマット』を起動する。


 俺の指先から放たれた極大の光の奔流が、悲鳴を上げる間も与えず、ゲスデビルの上半身ごと背後の森の木々を何キロにも渡って一直線に『初期化(消滅)』させた。


 圧倒的な光の渦の中で、エイの意識は完全に暗闇へと落ちていった。


   * * *


 静寂を取り戻した森の中で、俺は抉り取られた地形を見て小さく舌打ちをした。


「しまった。感情的に力を出しすぎたか……」


 対象のマルウェアだけでなく、周辺の地形データ(セクタ)ごと物理破壊してしまうほどのオーバースペック。


 安眠を邪魔された怒りで、つい管理者権限を乱用してしまった。


 俺はため息をつきながら、血まみれで倒れているエイと、泥の塊に還元されたゴレマンを見下ろす。


「こいつらにも『日次魔法:自動継続回復リボルビングヒール』でもかけておけば大丈夫だろう」


 俺は二つのオブジェクトに回復のバックグラウンド処理を走らせ、ついでにエイの腕輪にグラビットの負荷を移行する設定パッチを当てておいた。


 さらに、この更地になった異常な爆心地エラーログから彼らを切り離すため、元の路地裏へと強制送還(ディレクトリ移動)させる。


 これで、俺の安眠を脅かすバグの火種は完全に消えたはずだ。


   * * *


「……はっ!?」


 エイが跳ね起きると、そこは元の路地裏の片隅だった。


 腹部の致命傷は完全に塞がっており、血の気も戻っている。


 隣を見ると、修復パッチを当てられたかのように新品同様になったゴレマンが、心配そうに覗き込んでいた。


「ゴレマン……! よかった、お前も無事だったんだな……!」


 エイがゴレマンに抱きつこうとした時、足元に『新しい魔石』と『一枚の羊皮紙』が置かれていることに気がついた。


 震える手で羊皮紙を開く。


『魔石(物理デバイス)が破壊されたせいで、こちらの安眠が妨害された。そのため、絶対に壊れない仕様(耐障害性MAX)にアップデートした。お前が自らの意志で実行(Ping)しない限り、俺は絶対に行かない。それから、グラビットの重力変数は、お前の左手の腕輪に移行して固定しておいた。戦闘時は、その腕輪を外してリミッターを解除しろ。……まあ、バグ出し(生存)はよく頑張った。――モブオ』


 エイは自分の左手首にはめられた、鉛のように重い数珠状の腕輪を見つめた。


 これを外せば、あんなに苦しんだ重力から解放される。


 つまり、師匠は最初から、エイが極限の重力下で修行を積んだ後、そのリミッターを外すことで爆発的なスピードを得られるように計算してくれていたのだ。


「師匠……っ!! うっ、うああああああんっ!!」


 自分がどれほど偉大で、どれほど優しい人物に弟子入りできたのか。


 エイは手紙を胸に抱きしめ、路地裏に響き渡るほどの大声で、いつまでもいつまでも歓喜と感謝の涙を流し続けたのだった。

【作者あとがき】

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

これにて『異世転ログ★5の世界なのになぜか俺だけ不満足な件』の第一部が完結となります。


ただの泥人形に友情を抱き、商人を助けるために過酷な修行の成果を見せたエイ。

そして、安眠を妨害するバグ(敵)を許容できず、

ついに極大魔法『神々の区画初期化ラグナ・フォーマット

をぶっ放してしまった不器用なIT社畜モブオ。

二人の師弟関係の始まりの物語、いかがでしたでしょうか?


もし少しでも『面白かった!』『この二人の続きが読みたい!』と思っていただけましたら、

ページ最下部(広告の下)にある【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】で

評価していただけると、第二部執筆の最大のモチベーションになります!

あわせて【ブックマークに追加】もしていただけると、

モブオの今夜の寝つきが最高のものになります。


皆様の温かい応援、心よりお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ