第06話:自動的にレベルをあげてくれ
冒険者ギルドの喧騒の中心で、無駄に派手なゲーミングソードを背負った青年が、地べたに額を擦り付けている。
周囲の冒険者たちから突き刺さる、好奇と困惑の入り混じった無数の視線。
これ以上の注目は、俺の至高の安眠ライフ(3位キープ)に対する致命的なセキュリティリスクだ。
「……ここだと目立つ。来い」
俺は低く押し殺した声で告げると、勇者エイの襟首を掴み、ギルドの裏手にある薄暗い路地裏へと強引に足を踏み入れた。
* * *
ジメジメとした苔の匂いと、足元に転がる腐った果実の甘ったるい悪臭が鼻を突く。
大通りの喧騒は、分厚い石壁に阻まれてくぐもった重低音へと変わっていた。
陽の当たらない路地裏の奥で、俺は腕を組み、目の前で目を輝かせているストーカー(勇者エイ)を見下ろした。
「モブオ師匠! 先ほどの神速の剣、本当に感動しました! このエイ、命に代えても師匠の背中を追いかける所存です!」
エイは両拳を固く握りしめ、犬のようにハァハァと荒い息を吐きながら熱弁を振るっている。
本当に鬱陶しい。
一刻も早くこの不具合を切り捨てて、夢の薬草採取に向かいたい。
だが、俺の脳内のシステムが、一つの重大なリスク(懸念事項)をアラートとして弾き出した。
(待てよ。こいつは今、俺のせいでAランクという『実力に合わない高難易度タスク』を抱えている状態だ。もしこのまま放置して、こいつが強敵とエンカウントして死んだら……)
俺は自分の両手を見つめる。
俺は冷酷な人間ではない。もし自分の責任転嫁が原因で真っ直ぐな若者が命を落としたと知れば、間違いなく『寝つきが悪くなる』。
安眠至上主義の俺にとって、睡眠の質が低下することは何よりも避けるべき重大なインシデントだ。
俺の愛するノンレム睡眠を守るためにも、こいつには最低限、自律稼働で生き残れるだけのパッチ(実力)を当てておく必要がある。
「……エイ。お前の情熱は分かった」
「本当ですか!? では、直々に剣の稽古をつけていただけるんですね!」
「いいや、俺は『伝説の霊薬(Eランククエストの薬草)』を探すのに忙しい。だから、お前には『完全放置OJT』を実施する」
きょとんとするエイをよそに、俺は顔面に張り付いた『邪神モブの仮面』に手をかけた。
「……今から、仮面を少しズラして『管理者権限(root権限)』の片鱗を見せる。俺の正体は、絶対に誰にも言うなよ」
「は、はいっ! このエイ、命に代えても師匠の秘密はお守りします!!」
俺が仮面を顎のラインまで僅かに持ち上げ、ステータス偽装の強固なプロテクトを一部解除した瞬間。
――ビリッ、と。
路地裏の空間そのものがバグったかのように重く震え、隠蔽されていた俺の真の魔力が、高圧縮されたデータトラフィックのような濃密なオーラとなって周囲に漏れ出した。
「ひぃっ……!?」
息を呑んで後ずさるエイを無視し、俺は空中にステータス画面を高速で展開した。
「まずは、お前の貧弱なフィジカルに負荷テスト(ストレステスト)を実行する」
俺が指先を鳴らすと同時に、『日次魔法:永続重力加重』が発動する。
「ぐっ……!? な、なんですかこれっ! 体が、鉛のように……重いっ!」
エイの足元の石畳がミシミシと嫌な音を立ててひび割れ、彼は耐えきれずに片膝を突いた。
通常の三倍の重力設定。ただ立っているだけでも、全身の筋肉と骨格に強烈な負荷がかかる環境構築だ。
「次に、仮想敵の生成だ」
路地裏の隅に溜まっていた泥水とガレキに視線を向け、『日次魔法:アイテム永続変換』を起動する。
泥が不気味に蠢き、瞬く間に身長二メートルを超える屈強な人型の泥ゴーレムへと変貌を遂げた。
「ひぃっ!? ま、魔物!?」
悲鳴を上げるエイを尻目に、俺は最後の仕上げにかかる。
いくらゴーレムを作っても、ただの泥人形ではOJT(実践訓練)の講師役には不十分だ。
俺は『日次魔法:技能複製付与』のコマンドを空中で軽快に叩き、俺自身のパッシブスキルである『剣聖』の元データを読み込む。
そのままフルパワーの実行ファイルを渡すとエイが瞬時にミンチになるため、威力を数パーセントにまで絞ったデチューン版(読み取り専用権限)に変換し、ゴーレムの疑似コアへとミラーリングを実行した。
ドロォォォンッ!
ゴーレムの全身から、先ほどの俺と同じような『達人の剣気』が立ち昇る。
「よし。これで自動修行システムの構築は完了だ。このゴーレムがお前の相手をする。重力負荷の中で、この『剣聖(弱)』の動きをひたすら体に叩き込め」
仮面を被り直し、制限ロックを再稼働させると、先ほどまでの圧倒的なプレッシャーは嘘のように霧散した。
エイは滝のような汗を流しながら、絶望的な強さを放つ泥人形と、ただの貧相な男に戻った俺を交互に見比べた。
「し、師匠……! こんな高負荷な修行、一日で死んでしまいます!」
「死にそうになったら、これを鳴らせ」
俺はインベントリから、安物の通信用魔石を取り出してエイの震える手に握らせた。
「いいか。この石に魔力を込めると、俺の脳内に直接通知(Ping)が飛ぶ仕様にしてある。だが、システムダウン(お前の命)に関わる『緊急度(Severity)S』のインシデント以外で俺を呼んだら……物理的に殺すからな」
俺はエイの目を真っ直ぐに見据え、絶対的な冷酷さで告げた。
「当然、夜間(俺の睡眠時間)はサイレントモードで通知を遮断する。夜は自力で生き延びろ」
低く、本気の殺意を込めて脅しをかける。
俺の貴重なプライベート(睡眠時間)を、くだらないエラー報告で邪魔されては困るのだ。
「す、素晴らしい……っ!!」
エイの目から、恐怖ではなく歓喜の涙がボロボロと溢れ出した。
「これほどまでに過酷で、私の限界を引き出すための伝説の英才教育環境を、たった一瞬で構築してくださるとは……!! 師匠の愛の鞭、このエイ、必ずや期待に応えてみせます!!」
重力に押し潰されそうになりながらも、エイはゲーミングソードを震える手で構え、容赦なく襲いかかってくる剣聖ゴーレムへと立ち向かっていった。
ガキンッ! という重い剣戟の音と、エイの情けない悲鳴が路地裏に響き渡る。
「……じゃあな。せいぜいバグ出し(生存)を頑張れよ」
俺はフードを深く被り直し、背後で繰り広げられる地獄の負荷テストを完全に無視して、理想のBランク到達に向けた堅実な第一歩――夢の薬草採取(Eランククエスト)へと歩みを進めたのだった。
【作者あとがき】
第06話をお読みいただきありがとうございます!
「こいつが死ぬと寝つきが悪くなる」という、
極めて自己中心的な理由でOJT(自動修行システム)を構築した主人公。
素顔(真の力)をチラ見せして忠誠心をカンストさせた後、
カエルトやコピペンといったIT魔法を駆使し、
勇者エイへの地獄のスパルタ教育が幕を開けました!
緊急アラート(Ping)用の石も渡しましたが、
果たしてエイは無事に生き残ることができるのでしょうか……?
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