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第05話:想定外はやめてくれ

「舐めやがってェ! 死にさらせェェェッ!!」


 サンリュウが大地を蹴り、砂埃を巻き上げながら猛牛のような突進を仕掛けてきた。


 振り上げられた巨大な両手剣が、俺の頭上から断頭台の刃のように振り下ろされる。


 俺の目には、その巨漢の動きがスローモーションのコマ送りのようにハッキリと見えていた。


 隙だらけのモーションだ。


 俺は最小限の動きで半歩だけ横にズレて太刀筋を躱し、すれ違いざまに、彼の脇腹へ向けて「ただの軽い牽制」のつもりで剣の腹をペチリと当てにいこうとした。


 ――その瞬間だった。


 俺の意志とは完全に無関係に、脳内のシステムが勝手に強制割り込み処理を実行した。


常時発動型パッシブスキル『剣聖』の自動補正が適用されました】


「……なっ!?」


 ゾワリと、全身の産毛が総毛立つ。

 自分の肉体から、一瞬で『操作権限ルート』が奪い取られたような絶対的な喪失感。


 俺の右腕が、まるで神のプログラムに上書きされたかのように、俺自身の認識速度すら超える異常な滑らかさで跳ね上がった。


 俺の『手加減』という入力コマンドはシステム側で完全に無視され、ただの牽制のはずだった一撃は、完璧な重心移動、恐るべき筋力収縮、そして大気を切り裂く真空の刃を伴った「必殺の神速剣」へと勝手に自動変換オートコンパイルされてしまった。


 ドゴォォォォォォンッ!!


 乾いた爆発音が訓練場に鳴り響く。


 俺の振るった安い鉄剣の腹がサンリュウの脇腹に触れた瞬間、巨漢の男の体は弾道ミサイルのように真横へと吹き飛び、闘技場の分厚い石壁に激突して深々とめり込んだ。


 パラパラと崩れ落ちる瓦礫の音だけが響く。


 白目を剥いて壁に突き刺さったまま、サンリュウは完全に沈黙していた。


「……」


 水を打ったような静寂が、闘技場全体を包み込む。


 観客席の野次馬たちも、判定係のギルド職員も、全員が信じられないモノを見るような目で、ポカンと口を開けてフリーズしていた。


 俺は右手に残る強烈な痺れを感じながら、顔面蒼白になった。


(ちっ……!! 仕様の確認漏れだ!! ステータスがレベル1であっても、パッシブスキルの『剣聖』は常時発動型だから威力が強化されるのか!!)


 完全に目立ってしまった。


 このままでは「凄腕の超大型ルーキー現る」として、AランクやSランクの連中から目をつけられ、面倒な派閥争いや炎上クエストに強制アサインされてしまう。


 俺の至高の安眠ライフが、初日にして終わる。


(誤魔化せ……! 思考を回せ!! 大衆の目を欺くための、完璧な隠ぺい工作をするんだ!!)


 俺は冷や汗をかきながらも、瞬時に状況を解析した。


 今の俺の攻撃は、あまりにも速すぎた。


 素人の動体視力では、俺が剣を振ったことすら見えていないはずだ。


 俺はビクビクと震える演技をしながら、壁にめり込んだサンリュウの方を指差し、訓練場全体に響き渡るような大声で叫んだ。


「あああっ! お、恐ろしいっ! なんて恐ろしいんだ!!」


「え……?」


 静まり返っていた観客席から、戸惑いの声が漏れる。


「あ、あんな重たいカブトの角なんか頭に乗せているからっ! 突進の勢いでご自身でバランスを崩して、首の筋を違えて壁に激突してしまわれた! ぼ、僕は何もしていません!!」


 俺は安い鉄剣をワザとらしく地面に取り落とし、怯えたモブの動きを完璧にトレースしてガタガタと膝を震わせた。


 数秒の空白。


 やがて、観客席の冒険者たちが顔を見合わせ、堰を切ったように爆笑し始めた。


「ギャハハハハッ!! なんだよアレ、自爆じゃねえか!!」

「俺、前からあの角カブトは絶対に首に悪いと思ってたんだよ!!」

「あーあ、あのルーキー、運良く不戦勝かよ。つまんねぇの!」


 大衆心理のハッキング完了。


 人間は、理解不能な奇跡よりも、自分たちが納得しやすい滑稽な理由の方を容易く信じ込む生き物だ。


 かくして俺は、ギルド職員からの哀れむような視線を受けながら、「相手の自爆による運だけの不戦勝」という極めて情けない理由だが、最低ランクの次『Eランクの札』を受け取ることに成功したのだった。


(完璧な隠ぺい工作だろう……。これで俺は、正真正銘の底辺モブとして安らかな睡眠を確保できる)


 大きく胸を撫で下ろし、晴れやかな気分でギルドの出口へと足を踏み出そうとした――その時。

 背後から、俺の肩を万力のようにガシッと力強く掴む者がいた。

 全身から血の気が引くのがわかる。


「素晴らしい……。なんて美しく、そして神々しい剣の軌跡なんだ……!」


 振り返ると、そこには金色のAランク札を付け、背中に七色に光る無駄に派手なゲーミングソードを背負った青年の姿があった。


 昨日、俺が魔竜討伐の手柄を全て擦り付けた元・村人。


 勇者エイ(本名ラインハルトなんとか)が、両目から滝のような涙を流し、熱烈な尊敬の眼差しで俺を見つめていた。


「モブオ師匠!! どうか、実力ゼロのこの愚かな私に、あなたのその神速の剣を教えてください!! 一生、お供します!!」


「……嘘だろ。なんでお前ごときの動体視力で、今の俺の動きが『見えて』やがったんだ……!?」


「僕は毎日、町の名前を旅人に伝えるために、相手が旅人かどうかを間違えないよう、そして邪魔にならない適切なタイミングを計るために、ずっと通行人を観察していたんです! だから、動体視力と記憶力には自信があります!!」


 周囲の冒険者たちが、「Aランクの勇者様が、あんなEランクになりたてのラッキーボーイ相手になんで土下座してんだ?」とヒソヒソと囁き始めている。


 最悪のバグが、極めて論理的な理由を持って俺の背後に張り付いていた。


 俺の平穏な安眠ライフへの道は、依然として前途多難なままである。

【作者あとがき】

第05話をお読みいただきありがとうございます!

名前を最適化し「モブオ」としてデビューしたものの、

パッシブスキルのせいで盛大にやらかす主人公。


必死の隠蔽工作でモブの地位を死守したと思いきや……村人NPC特有の無駄な観察力によって、

最高に面倒くさいストーカー(勇者エイ)を引き当ててしまいました!

(サンリュウさんの首はお大事に)


次回、モブオと勇者エイの奇妙な師弟関係(?)が始まる……!?


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