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第04話:3本目は、口に咥えてくれ

 冒険者ギルドの分厚いオーク材の扉を押し開けると、むせ返るような熱気と鼓膜を揺らす喧騒が全身に叩きつけられた。


 長年染み付いた安いエールの酸っぱい匂い、男たちの獣じみた汗の臭気、そして錆びた鉄と獣脂の匂いが入り混じった独特の空気が鼻腔を容赦なく蹂躙する。


 石造りの広大なホール内には、粗末な革鎧を着たチンピラまがいの男から、全身を鋼の甲冑で包んだ歴戦の戦士まで、多種多様な人間がひしめき合っていた。


 俺は喧騒の中をすり抜け、ホールの奥にある受付カウンターへと静かに歩み寄った。


 カウンターの向こう側では、そばかすのある赤毛の受付嬢が、山積みになった羊皮紙の書類束と格闘しながら羽ペンを走らせている。


「新規の冒険者登録を頼みたい」


 俺が声をかけると、受付嬢はビクッと肩を揺らし、インクの染みた指先で丸眼鏡を押し上げながらこちらを見上げた。


「あ、はいっ! 新規のご登録ですね。当ギルドへようこそおいでくださいました。ええと、お名前と希望する登録形態を伺えますか?」


 営業スマイルを浮かべる彼女の瞳の奥には、薄汚れたローブ姿の俺に対する「どうせすぐに死ぬ素人だろう」という明確な評価が透けて見えた。


 だが、それでいい。


 有能だと認識されれば厄介なタスクを押し付けられるだけだ。


(ギルド登録に本名などという個人情報プライバシーを渡す義理はない。システム開発における『テスト用アカウント』や『仮の変数名』で十分だ)


「……モブオだ」

「はい?」


「俺の名前は、モブオ。それ以上でも以下でもない」


 短く、簡潔に、そして無機質に告げる。


「モ、モブオ様、ですね。随分と……その、風変わりな響きのお名前ですが、承知いたしました」


 受付嬢は少しだけ頬を引き攣らせながら、羊皮紙の所定の欄に『モブオ』という文字をサラサラと書き込んだ。


 よし、これで俺のこの世界での名前空間ネームスペースの定義は完了だ。


「続いてランクについての説明ですが、新規登録者は原則として一番下の『Fランク』からのスタートとなります。Fランクは主に街中の清掃や、近郊での安全な薬草採取といった雑務がメインの依頼となりますが……」


 受付嬢は、少し悩んで付け加えた。


「難しいと思いますが、規定では、新規の方でもギルドが用意した『実力測定試験』をパスすれば、特例としてEランクからのスタートが許可されます。ですが……モブオ様。今日の試験官は、最強です。あの『三刀流のサンリュウ』さんなんです」


「……三刀流だと」


 その単語を聞いた瞬間、俺の脳内に世界的に有名な、あの緑色の剣士の姿がフラッシュバックした。


 両手に剣を持ち、最後の一本を口にくわえて敵を両断する、あの無骨でストイックな姿。


(まさか、異世界に来て『三刀流』の生太刀回りが見られるとは……っ!)


 安眠至上主義の俺であっても、かつて胸に抱いていた『ポケットにロマン』を詰め込むような、そんな童心が疼いた。


「構わない。その試験、受けさせてくれ」


「ほ、本当に受けるんですか!? サンリュウさんは手加減を知らないことで有名で、先月も調子に乗った新人が全身の骨を砕かれたばかりなんですよ!?」


「問題ない。手続きを進めてくれ」


 受付嬢の制止を振り切り、俺は契約書にサインを書き殴った。


 早く、あのロマンあふれる三刀流を生で見たい。


 その一心で、俺は案内されたギルド裏手の訓練場へと急ぎ足で向かった。


   * * *


 乾いた土の匂いと、微かな血の匂いが混じる屋外の訓練場。


 真昼の強い日差しが容赦なく降り注ぐ中、すり鉢状になった闘技場の周囲には、暇を持て余した冒険者たちが野次馬として群がっていた。


「おい見ろよ、また身の程知らずのルーキーがサンリュウさんの試験を受けるらしいぜ」

「ギャハハ! どうせ一撃で泣きを入れて、登録辞退だろ。今日の飯代賭けようぜ!」


 下品な笑い声が観客席から降ってくる。


 俺は訓練場の中央に立ち、期待で少しだけ早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、対戦相手の登場を待った。


 ギギィッ、と重々しい鉄格子が上がり、闘技場の奥から巨漢の男が姿を現す。


「ガァッハッハッ! 今日の生贄は貴様か、ヒョロガリの新人ァ! この『三刀流のサンリュウ』様が、直々に冒険者の厳しさを教えてやる!!」


 地鳴りのような声とともに現れた男を見て、俺は文字通り、顎が外れそうになるほどの絶望に襲われた。


 男の体躯は確かに筋骨隆々で、両手には大木のような巨大な両手剣グレートソードを構えている。


 だが、問題はそこではない。


 男の被っているフルフェイスの鋼鉄カブトの頭頂部から、無駄に鋭く長い『一本の剣(角)』が天に向かって突き出していたのだ。


 両手剣で二本(両手分)、そして頭のツノで一本。


 合計、三本。


(……は?)


 俺の脳内で、先ほどまで輝いていた緑色の剣士の幻想が、乾いた音を立てて粉々に砕け散った。

 代わって現れたのは、カブトムシの亜種か、発情期のヘラジカのような珍妙なシルエットだ。


 なんだその物理的に首への負担がヤバそうなマヌケな装備は。

 どう考えても重心がブレるだろ。


 口にくわえるんじゃないのか。

 三本目の剣でどうやって敵を斬るつもりだ。まさか頭突きか。猪かお前は。


「どうした新人! 俺の恐ろしい三刀流の構えを前に、足がすくんだかァ!?」


 カブトの奥からサンリュウが下劣な笑い声を上げる。


「……口に咥えたりはしないのか。心底、残念だ」


 俺は深い深い溜息を吐き出し、腰に提げたギルドの貸し出し用の安い鉄剣を、やる気なく引き抜いた。


 もういい。ロマンへの期待は完全に裏切られた。


 俺の最終目標は、『Bランク』のポジションを確立することだ。まずはここで適当にいなして負けない程度の打ち合いを演じ、底辺のFランクをスキップしてEランクの評価をもらって帰って寝よう。


(だが、この時の俺は、自身の持つパッシブスキルの『本当の恐ろしさ』を、まだ1ミリも理解していなかったのだ――)

【作者あとがき】

第04話をお読みいただきありがとうございます!

いよいよ始まった実力測定試験。相手は最強の(?)試験官、三刀流のサンリュウ!

ロマンを完全に打ち砕かれたモブオは「適当にいなして負けない程度の打ち合い」を

計画しますが……果たして彼の思惑通りに事は進むのでしょうか?


次回、システムが容赦なく牙を剥く!?


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