第01話:話が長い寝かせてくれ
「おめでとうございます、大当たりです! 絶対に幸せになれる、異世界への転生が決まりました!」
「……は?」
頭上でパンパーンと派手なクラッカーの音が鳴り響き、色とりどりの紙吹雪が俺の肩に舞い落ちた。
拍手喝采を送る目の前の女――自らを女神と名乗る存在のテンションの高さに、俺は思わず眉間を揉み解す。
「あの『異世界転生ログ』略して『異世転ログ』で堂々の総合評価★5を獲得している超優良異世界です! 初期ステータスも魅力値もカンストのイケメン確定人生をお約束します! しかも初回特典として、こちらのカタログにある『全伝説のアイテム』から、お好きな物を一品だけ持ち込みいただけますよ!」
ドヤ顔を向けてくる女神に、俺は小さく溜息を吐き、突き放すように言った。
「……絶対な幸せなんてこの世にはない。俺にとっては、モテモテの主人公より、モブの人生こそが最高なんだ」
「モ、モブ……!? あの有名な異世転ログで★5の、誰もが羨む世界なんですよ!?」
「知らねぇよ、そんなパチもんのレビューサイト。だいたい俺は、他人の評価で自分の幸せを決める連中の気が知れねぇ」
前世の俺は、ブラックIT企業の社畜エンジニアだった。
過酷な環境を生き延びるための俺の絶対の生存戦略。それは「常に3位をキープすること」。
1位になれば妬まれて胃に穴が開き、2位になれば炎上案件を押し付けられる。
だからそこそこの実力で表舞台を避け、1位や2位のが自滅して俺の順位が繰り上がってしまわないよう、時にはエース陣のフォローに回りながら、誰にも邪魔されない自分だけの時間のために生きてきたのだ。
あの日も意気揚々と帰路についていたところ、空から降ってきた「隕石」に直撃されて死んだ。
そういえば、このポンコツ女神、開口一番に「大当たりです!」と言っていなかったか?
……まさかこいつ、異世界転生のノルマのために、俺の頭上に強引に『当たり(隕石)』を引かせたのか? まあ、それはいったん置いておこう。
「ステータスを平凡に下げてくれ。異世界テンプレ全部乗せなんて、泥沼のデスマーチ確定だろうが」
「もう肉体は構成済みなので、ダウングレードはできない仕様でして……」
「チッ、クソ仕様だな。なら、初回特典のアイテムはこれをもらう」
俺がカタログの最下層から引きずり出したのは、禍々しい紫色のオーラを放つ木製の仮面だった。
アイテム名『邪神モブの仮面』。
説明欄には「装備者の全ステータスを強制的にレベル1の状態へと制限し、見た目及び魅力も隠蔽する。完全なモブとして認知される呪いのアイテム」と赤字で警告が出ている。
「ヒィッ!? なぜそんなゴミ同然の呪われたアイテムを!?」
「世界から主人公としてロックオンされるなんて御免だ」
「そ、そんな……! それじゃあ魔王討伐のSランククエストはどうするんですか!?」
「しらねーよ。目立たず騒がれず、見下されもしない、そこそこのBランクで、のんびり薬草を集めるのが俺のゴールだ」
パニックに陥る女神を他所に、俺は躊躇いなく顔に仮面を押し当てた。
カンストしていた力が、文字通りレベル1の底辺へと封じ込められていく。
「一体何のために、人生を生きてるんですか!?」
「……寝るんだよ。それが俺の至高の幸せだ。俺は極度のロングスリーパーなんだよ」
力強く宣言した俺の体が、眩い光に包まれていく。
「いやああああ! 私の★5評価がぁぁぁぁっ!」
女神の絶叫が遠ざかり、俺の意識は異世界へと転がり落ちていった。
* * *
光が収まった時、俺は鼻を突く獣の匂いと香辛料が混ざる、中世風の路地裏に立っていた。
空には巨大な二つの月。紛れもない異世界だ。だが、そんなファンタジーな光景に感動している暇はない。
夜にするべきことは、ただ一つ。一刻も早く、安全な寝床で睡眠を確保することだ。
ステータス画面で、魔法やスキル、この世界の基本ルールを確認した。レベルやステータスは、呪いの効果でしっかりと1と表示されている。所持金はゼロ。
まずは、宿泊費を稼ぐ必要がある。
俺は頭の全体マップを頼りに大通りへ出て、近くの古着屋兼質屋に足を運んだ。
『邪神モブの仮面』の効果でステータスが強制的にレベル1へと制限され、完璧に底辺へと成り下がっていても、言語理解のような常時発動型のスキルは問題なく使えるようで、不要な初期装備を即売却した。
手に入ったのは微々たる銅貨数枚だったが、寝床さえ確保できれば武器なんていらない。
すれ違う冒険者たちは、貧相な服に着替えた俺を胡散臭そうに一瞥すると、すぐに興味を失って視線を外した。
素晴らしい。完全にモブ化している。
ふと街の門を見ると、一人の若い村人が立っていた。
「ここは、スタートンの町です」
すれ違う旅人の全員に全く同じトーンと笑顔で声をかけている。まるで古典的RPGのモブNPCだな。同類の親近感からか印象に残った。
娼館の裏手にある今にも崩れそうな木造の安宿を見つけ、俺は一番安い屋根裏部屋を確保した。
隙間風が吹き込み、ベッドは板の上に薄い布を敷いただけの代物だ。
だが、今の俺にとってはこれが最高の揺り籠だった。窓とドアを厳重にロックし、仮面を被ったままベッドに横たわる。
(……おやすみ、異世界。俺のことは、金輪際忘れてくれ……)
意識が闇に沈む中、俺はひどく不快な夢を見ていた。
深夜のオフィス。俺の仮眠時間を引き裂き、耳元でネチネチと炎上案件を押し付けてくるクソ上司。
俺は、その鬱陶しい害虫(上司)の顔面を渾身の右ストレートで粉砕した。
その後、どこからか漂う最高級の薔薇の香りと、信じられないほど手触りの良い抱き枕を引き寄せ、力いっぱい抱きしめて再び深い眠りに落ちていった――。
* * *
「……んっ……」
甘い、吐息。
肌に触れる、異常なまでに滑らかな絹の感触。
俺はゆっくりと重いまぶたを開けた。
視界には昨日と同じカビの生えた天井。
だが、冷たい隙間風の代わりに、窓の外からむせ返るような熱気と焦げ臭い匂いが漂ってくる。
そして何より、俺の右腕には、ずっしりとした柔らかい重みが乗っていた。
「……スゥ……スゥ……」
恐る恐る視線を横に向ける。
そこには、透き通るような銀色の髪を散らし、俺の腕を大事そうに抱きしめて眠る絶世の美女がいた。純白のドレスは破れ、頭上には王族の証であるティアラが煌めいてる。
(……は?)
思考が停止する。上体を起こし、自身の顔に手をやった。
ない。装着していたはずの『邪神モブの仮面』が消え失せている。
慌てて見渡すと、ベッドの足元にポツンと紫色の仮面が転がっていた。しかも、内側から強引に引き剥がされたような亀裂が走っている。
(まさか……夢の中でクソ上司を粉砕した時、安眠を脅かす理不尽への怒りが限界突破して、仮面の呪いごと自力で引きちぎったのか……!?)
嫌な予感が全身を駆け巡る。
俺は震える指で魔法を開き、『記憶要約魔法』を起動した。
空中に、システムが自動解析した半透明のレポートが打ち出される。
【昨晩の行動記録ハイライト】
一、就寝中に仮面を外して空へ飛び立ち、魔竜と魔族を魔法で消し飛ばしました。
二、落下中の第一王女をキャッチし、漏れ出た魅力値で完全に魅了しました。
三、王女を抱き枕にして二度寝に突入しました。
「……なんだその無機質なポンコツ要約は!!」
声にならない絶叫が喉の奥で引き攣る。
無料で使えるAIだってもう少し情緒を読んでマシな文章を出力するぞ。
いや、今はツッコミを入れている場合ではない。
窓の外から、広場で騒ぐ群衆の声がハッキリと聞こえてきた。
『おい見ろ! 上空から巨大な光の柱が降ってきて、災厄の魔竜が一撃で炭化してやがる!』
『攫われたはずの第一王女殿下も消えたぞ! 誘拐犯ごと消し飛ばされたのか!?』
心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、滝のような冷や汗が流れる。
右手からは、まだチリチリとした膨大な魔力の残滓が立ち昇っていた。
このままでは、俺が「伝説の勇者」として表彰され、1位の座に君臨してしまう。俺の至高の3位ライフが永遠に失われる。
「んんっ……あ、なた……?」
隣で眠っていた銀髪の王女が、身じろぎをして薄く目を開けようとしている。
タイムリミットだ。
俺は光の速さで足元の仮面を拾い上げ、顔面に押し当てた。
(擦り付ける……! 一刻も早く、誰かにこの『伝説の勇者』という特大の炎上案件を押し付けなければ!)
脳裏に閃いたのは、昨日この街に入ってきた時に見た、あの村人Aだ。
(すまない、村人A! 今日からお前が勇者だ!)
俺の、安眠を死守するための終わりのない隠蔽工作が、今ここに幕を開けた。
----------------------------------------------------------------------------------------
【作者あとがき】
第01話をお読みいただきありがとうございます!
安眠を愛する最強モブの受難と、涙ぐましい隠蔽工作の始まりです。
果たして彼は無事に手柄を擦り付けることができるのか……!?
もし少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけたら、
画面下の『★』で応援していただけると執筆の励みになります!
3つ評価いただけると泣いて喜びます。
【作者あとがき】
第01話をお読みいただきありがとうございます!
安眠を愛する最強モブの受難と、涙ぐましい隠蔽工作の始まりです。
果たして彼は無事に手柄を擦り付けることができるのか……!?
もし少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、
ページ下部から『ブックマークに追加』と、
評価の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして応援していただけると執筆の励みになります!
(※主人公は3位キープが至高だと言っていますが、
作者への評価は遠慮なく満点の「★5つ」をいただけると泣いて喜びます……!)




