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今まさに出てゆこうとする二人に、瀬山は最後の賭けに出た。

「このまま見つかったら全部(しゃべ)るからな!近藤先生や土方先生に洗いざらいバラすぞ!」

そう脅すと、石川はもはや腹をえて、刀に手を掛けた。

「じゃ、やっぱり殺そう、猩々丸(しょうじょうまる)

「あー待った!だからそう短絡的になるなってば。話し合おう」

「おまえ、そんな状態で見つかったら、どのみち亭主に殺されるぞ?」

「ま、まず落ち着こう。ちょっとそこのタバコをとってくれ」

「ふざけんな。見つかったときすぐ分かるように、顔に『間男まおとこ』って書いといてやる」


「石川様、ちょけてんと、早よ行かな」

せんが石川の手を引いてかしたその時、表の戸がガラリと開いた。

「入らせてもらいますよー?お留守っすか―?」

せんはバタバタと押し入れを閉じ、石川を裏口へ追いやると、何事もなかったかのような足取りで玄関へ取って返した。

「ああ、はいはい!」


せん艶然えんぜんとした笑みを浮かべて、一番隊の面々を玄関に迎え入れた。

「これはこれは。お暑いなか、新選組の皆さま、どないしはったんどす?」

「ごめんください。この辺りで、うちの若いのが姿をくらましましてね。何か事件にでも巻き込まれたのかもしれないというので、いま、一軒一軒聞いて回ってるんですよ」

沖田総司である。

すらりと背が高く、若い女のようにうるわしいかんばせに、初夏の風のように爽やかな声。

しかし、その背後から、やせぎすの若い男が無機質な表情で家の中をのぞき込んでいた。

大石鍬次郎、人斬り鍬次郎などと呼ばれているから、きっと何人も斬っているに違いない。

「実は以前から、この家にうちのもんが出入りしてるつー話があってよー?…で、あんたダレ?」

「主人はしがない大工で、うちはその古女房ふるにょうぼうどす」

「その割には色っぽいなあ」

大石は感情のない目で笑った。

「おおきに」

「で?うちの隊士がお邪魔じゃましてないすかねー」

「そないな方は居らしまへんけど?おとなりと間違われてるんやおへんか」

せんはポーカーフェイスを崩さない。

「そうなのかなー」

大石はぬっと首を突き出し、せんの肩越しに部屋の奥をのぞき込んだ。

「踏み込みます?」

大石は沖田の顔をうかがった。

「いや…」

沖田はそう言ったきり、疑り深く顔をせんの眼を見つめた。

「近ごろ、幕府転覆ばくふてんぷく目論もくろむ坂本龍馬という浪人が、京をウロついていましてね。我々も目を光らせてはいるんですが、居場所をつかんで踏み込もうとすると、なぜか奴は我々の動きを先読みしてスルリと逃げてしまう。こうも失態が続くと、なにか裏があると勘繰かんぐってしまいましてね。どうやら隊内に間者かんじゃひそんでいて、奴には我々の動きが筒抜つつぬけらしいのです」

「そうどすか」

あくまでシラを切り通そうとするせんに、沖田は肩を落とした。

「つまりね…御内儀ごないぎ、ここに隠れてる隊士って奴ですが、我々はどうもそいつが長州の間者じゃないかと疑ってるんです」

「はあ」

「だから、妙なかばい立てをすれば、御内儀ごないぎにも疑いの目が向くことになりますよ?」

「そやかて、知らんもんは知らんのやさかい、どないしようもおへんがな。こないなとこで立ち話も何どすさかい、お上がりやす」

せんは、サラリと言ってのけた。

心臓に毛が生えているとは彼女のことだ。


奥の部屋を仕切るふすまの影に隠れていた石川は、慌てて押し入れに逃げ込もうとしたが、そこには首だけの先客がいる。

「バカ、ここはもう満員だ!」

二人が小声で押し合いへし合いするうち、玄関口では飽きっぽい大石鍬次郎が早々に根をあげた。

「いいよう。めんどくせえ。ねえ沖田さん、知らねえつってんだから、もういいっしょ?」

沖田は、大石とせんの顔を見比べ、ため息をついた。

「…わかりました。今日のとこは引きげます」

沖田が単にブラフをかけたのか、本当に疑いを持っていたのかは定かでない。


とにかく、隊士たちの足音が遠ざかり、表の戸が閉まると、石川は押し入れからいずり出て、汗をぬぐった。

「ふー!危なかった」



だが、そこからが更なる悲劇の始まりだった。


瀬山は急に真面目な顔で、昨今の新選組を取り巻く状況を説明し始めた。

「長州は京から追い出したものの、土佐の坂本が薩摩となにかコソコソやってる…。だから近藤先生はピリピリしてるんだ」

石川は、押し入れの床から生えている首を、刀の小尻こじりで突いた。

「おまえ、鼻にメザシ突っ込んで、なに真面目な話してんの」

「うるさい!おまえが長州の間者かんじゃだな。恥を知れ!武士の風上にも置けんヤツだ」

石川はこめかみに青い筋を浮かべて、刀のさやを撫でた。

猩々丸(しょうじょうまる)…こいつは何を言ってるんだ?ひょっとして俺のことを卑怯者ひきょうもの呼ばわりしてるのかな?そうなのか?」

下衆野郎ゲスやろう!カス!」

瀬山の首は、さらに罵倒ばとうを重ねた。

「あー。今のはもう許せん。そうだ。猩々丸(しょうじょうまる)がおまえの眉を片方剃り落としてやる」

石川が刀をスラリと抜いた

「アブっ!よ、よせ!アブねえだろ!それはおまえ、それはメザシの悪ふざけとは訳がちがうぞ」

せんは暇そうにキセルに火をつけた。

多喜たきさんも石川さまも、まるで子供みたいどすなあ」


石川は刀の腹で瀬山のほおを撫でながらせんを振り返った。

「…さっきから気になっていたんだが、なぜこいつは“多喜たきさん”で、おれは“石川さま”なんだ?他人行儀たにんぎょうぎじゃないか」

せんは口から細い煙を吐いた。

「そんなん、深い意味はおへん。その場の雰囲気どす」

「俺のこともサブちゃんと呼んでくれてかまわんが」

「それは、ちょっと気易すぎやおへんか?」

「いいよお♥俺がそう呼んでほしいんだからあ♥」

石川が甘えた声を出すと、瀬山はまゆを潜めて顔を背けた。

「…きもちわる」

「あ!いまのカチンときたな。おせん。犬だ犬を連れてこい」

石川がせんを裏口へ促すのを見て、瀬山は切実な声で訴えた。

「まて、犬をどうする気だ!おい!まて!聞いてくれ!まだ言ってないことがある」

「もういい。お前と話すことはもうない」

「本当にいいのか?後悔するぞ?」

「…どう思う猩々丸(しょうじょうまる)?」

石川は猩々丸(しょうじょうまる)の意見に耳を傾け、それから瀬山に向き直った。

「やれやれ…聞いてやるから言ってみろ」

「実は…えー…」

「どうした?言うことはないんだな?」

「あ、ちがうちがう!実は…実は、えーと…俺は、お前の生き別れの兄なんだよ」

「そうか、…犬を」

石川はせん手招てまねきした。

「違う違う!嘘じゃないってば!俺の母は石川家へ女中奉公に出されて、そこで当主のお手付きにあい、奥方からうとまれて家を出された!俺はお前を追って新選組に入ったのだ!」

石川は目を見開き、その瞳がにわかに揺れる。

「まさかそんな…そうだったのか!に、兄さん!」

「弟!」

しかし石川は、すぐこの悪ノリに付き合うのにも飽きた。

「アホか…犬をけしかけろ」

「まて!信じてくれ!小石川の新福寺に集まったとき、お互い、国に尽くそうと御仏に誓った仲じゃないか。あ、そうだ!では、神仏しんぶつ加護かごについて話してやろう」

石川は、ふーっと大きなため息をついて、首を横に振った。

「…いいか、瀬山?おまえと神の話はしない。おせん、犬を呼んでくれ。大至急。」

「いやーっ!まってまって!まってったら!」


せんが冷静に割って入った。

「石川様、悪ふざけもほどほどにしとかな、新選組が戻ってきますえ?」


「それもそうだな。こんな奴ほっといてトンズラするか。で、金は?」

「お金なら、押し入れの床下に隠してあります」


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