↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

二

「畳(たたみ)が汚れるのはいややし、毒殺がよろしおす」

千(せん)がキセルを燻(くゆ)らしながら恐ろしい提案すると、石川は少し考え、腰の刀に問い掛けた。

「んー、どう思う?猩々丸(しょうじょうまる)」

千(せん)も、この妙な茶番にはウンザリしているようで、顔をしかめて天を仰いだ。

「猩々丸(しょうじょうまる)はなんて言うたはんの?」

「まどろっこしい。帰ってきたトコを斬り殺して、押し入れに隠してる金を持ってさっさと逃げよう、とさ」

石川には名刀・猩々丸(しょうじょうまる)の声が聴こえているらしい。


「おいおい…」

「押し入れに隠してる金」という言葉を聞いて、瀬山は思わず後退(あとずさ)った。

しかし、そこで運悪く膝(ひざ)をついた場所が腐っていたのか、乾いた音がして、

床の羽目板(はめいた)を踏み抜き、胸から下まで、すっぽりと床下へ落ち込んでしまった。

肩が根太(ねだ)につかえて、身動きもできない。


女は押し入れの物音を気取(けど)られまいと、わざとらしく大きな咳(せき)ばらいを入れてごまかした。

「バレたらどないしはるつもりどす。きっと追手(おって)がかかりますえ?」

「おいおい、ナメんなよ。俺ぁ新選組だぜ?奉行所の捕吏(ほり)なんかモノの数に入らん…」

石川はそう嘯(うそぶ)いたが、さすがに今の物音に勘づかぬわけがなかった。

彼はゆっくりと立ち上がると、抜き足差し足で押し入れへと歩み寄る。

その手はすでに、愛刀の柄(つか)にかけられている。

口の前に人差し指を立て、千(せん)にニヤリと微笑(ほほえ)みかけて合図を送ると、押し入れの手掛かりに指を添わせる。

「…そんなもん、皆殺しにすりゃあいい!」

「あ」

千(せん)が止める間もなく、石川はそのまま勢いよく襖(ふすま)を開け放った。


夏の午後の陽光が、暗い押し入れの中に容赦なく差し込む。

奥の暗闇に、男の顔だけがボンヤリ浮き上がっていた。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!いやあああああああああ!!!」


石川は悲鳴をあげて飛び退き、それから腰を抜かした。


対する瀬山は開き直って、顔だけで威嚇(いかく)した。

「ぶ、無礼者(ブレイモノ)お!!」


千(せん)は石川に冷ややかな視線をくれた。

「…あんたも気が小そうおすなあ」


石川は、ようやくそれが同期の隊士であることに気づくと、恐々(こわごわ)押し入れに這(は)い寄った。

「お、お、おまえ、瀬山か?」

「石川あ!きさま、どういう了見(りょうけん)だ!人の女に手を出しやがって」

「どの口が言ってるんだ。てか、おまえこそ、なんでそんなとこから顔出してる」

「なんで?なんでって、これはつまり、おせんの趣味だ」


「嘘つけ!おせん、これはどういうことだ?!」

石川は、千(せん)に詰め寄った。

「どういうて、おふたりはご同輩(どうはい)どすやろ?」

千(せん)はさらりと答える。


「なんで俺の同輩(どうはい)が此処(ここ)にいるのかと訊(き)いてるんだ!」

「いややわ。おぼこいこと言いないな。そんなん、石川さまと同じ、おともだちに決まってますがな」

彼女のいう「おともだち」の意味は、推(お)して知るべしである。

「お、おまえには貞操観念(ていそうかんねん)というものがないのか」

千(せん)は眉間(みけん)に小さな皺(しわ)を寄せた。

「あー…石川さまは、そういうアレどすか?」

「ど、どういうアレだというんだ!もういい!…てめえ、瀬山!おせんと寝たのか?」

千(せん)があまりに堂々としているので、鼻白(はなじら)んだ石川は、矛先(ほこさき)を瀬山に向けた。

瀬山はなぜか妙な余裕を見せて、

「さあな」

とはぐらかした。

「くそお!てめえひとりいい思いしやがって!俺だってまだ…!」

石川が瀬山の総髪をグイグイと引っ張って喚(わめ)くなか、

千(せん)はひとり落ち着き払って、火鉢(ひばち)に掛けた鉄瓶(てつびん)を持ち上げた。

「もうバレてしもたんやさかい、多喜(たき)さんもいつまでもそないなとこに居らんと、石川さまとお茶でもどないえ?」

瀬山はひと仕切りもがいてみて、首から下がビクともしないことを確かめた。

「見ての通り…抜けない」


「じゃあ俺がお茶をご馳走(ちそう)してやる」

石川は茶碗を掴(つか)むと、瀬山の口に無理やり流し込んだ。

「あぶ、あぢ、あっぶ…!」

「あはははは!!」

「てめえ!なにしやがんだ、この野郎!」


石川は一しきり笑うと、愛刀の柄(つか)を撫(な)でながら、千(せん)に向き直った。

「浮気のことはひとまず置いといて、こいつに聴かれたんだぞ?さっさと殺(バラ)しちまおう」

「そうどすなあ」

千(せん)は顎(あご)に中指の先を添えて、考え込む。


「こらー!勝手に決めるな。こうなったら、正々堂々、剣で決着を付けようじゃないか」

瀬山の必死の抗議にも、石川は取り合う気はなかった。

「バカかおまえ。なんで俺が、わざわざそんな賭けに乗る必要があるんだ」

「き、汚いぞ」

「は?今さらその言い草には無理があるな。おまえだってどうせ京に一山(ひとやま)当てにきたクチだろ?あんな禁欲生活にウンザリして人妻に手を出したんじゃねえのか?」

「おれには、尽忠報国(じんちゅうほうこく)の志がある!これはあれだ。英雄色を好むというじゃないか」

苦しい言い訳。

「なにこいつ、暑さで変なこと口走り出したぞ。ヤバいよ猩々丸(しょうじょうまる)」

「ヤバいのはオマエだ!!」

「…重症だな。おせん、そこの御膳(おぜん)を持ってきなさい」

「はあ?」

千(せん)は怪訝(けげん)な顔をしながらも、朝食の残り物が載った膳(ぜん)を石川の方へ押しやった。

石川は皿の上のメザシを摘(つ)まみあげると、瀬山の両鼻にメザシの頭を突っ込み、下唇で突っ張った。

「その顔でもう一回おんなじこと言ってみろ」

「貴様(キハマ)ー!」


と、その時である。

「ごめん!」

玄関口に第三の訪問者が現れた。


「誰か来はったわ」

千(せん)が腰を浮かした瞬間、その来客は間男(まおとこ)たちにとって最も聞きたくない名を告げた。

「会津中将(あいづちゅうじょう)お預(あず)かり、新選組だ」

沖田総司の一番隊に違いない。

さらに別の声が続く。

「お留守っすかー?」

新選組の中でも特に冷酷な暗殺者として知られる大石鍬次郎(おおいしくわじろう)だ。


「ヤバい。裏からズラかろう」

石川が真っ青になって出口を探す。

「多喜(たき)さんは、どないしはるん?」

「そんなもん、置いていけ!ありゃ人斬り鍬次郎って物騒(ぶっそう)な男の声だ」

「待へ(まて)!待へ(まて)待へ(まて)待へ(まて)!」

「はあ?なんて?」

石川は苛立(いらだ)ちまぎれに瀬山の下唇からメザシを引っこ抜いた。

「お、俺を置いていく気か?」

焦る瀬山を後目(しりめ)に石川は冷たく言い放った。

「なんでお前を助ける義理がある」

「お前はそうかもしれんが、おせん!お前は違うよな?な?な?」

救いを求める瀬山に、千(せん)は困ったように小首を傾げてみせた。

「うち、どっちゃでもよろしわ。堪忍(かんにん)え?」


万事休(ばんじきゅう)して瀬山はとうとう開き直った。

「この際ハッキリしよう。おせん、どっちか選べ!」

石川は心底あきれたように鼻で笑った。

「いまそれを聞くのか?そんなもん、猩々丸(しょうじょうまる)に聞くまでもない。押し入れの穴に嵌(はま)ってない方に決まってるだろ」

「そやなあ。ゆっくり構えてる時間もおへんし、ほな、そないしよかしら」

千(せん)はあっさり同意した。

「じゃそういうことで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。