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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第四話 「松と波と筋肉と」

 空を流れる雲を夕陽が鮮やかに染め始めた頃、一行は浜辺に広がる松林に到着した。そこは松林全体がひとつの生き物であるかのような雰囲気と迫力を感じさせる不思議な場所だった。


「なんや、えらい立派な松林やなあ」


「ここもユヅルハの観光名所の一つですよ。言い伝えによりますと、この松林は旧世紀の時代から祝歌の題材としても知られている景勝地なんだそうです」


「旧世紀の連中にも歌を詠む心はあったのか」


「というわけで、松林がびっくりしないよう静かに歩いてくださいね」


「ん? どういうわけだ?」


 首をかしげるセンに、ツナが言う。


「こういうわけさ」


 ツナは地面に落ちている大きめの石を拾うと、松林の方へ投げた。石は松に当たり、地面に落ちる。

 その直後だ。

 周囲の松が強風にあおられるようにざわめいたかと思うと、松の葉が石に向かって一斉に掃射された。

 石は鋼鉄の弾丸をくらったかのように一瞬で爆砕し、後には地面に突き刺さった無数の松の葉が墓標のごとく残るだけだった。


「……おい。これのどこが観光名所だ。景勝地だ。要塞じゃねえか。ていうか、え? なんだ。今、俺の目の前で何が起こったんだ」


「あはは。おおげさですよ。ただ松の木がびっくりしちゃっただけです。あの小石を動物か何かとかんちがいしたんですね」


「一応確認するぞ。今、俺の目の前に広がっているのは松林だよな?」


「はい。ごらんの通りです」


 どこの世界に石を粉々にする松があるというのか。


「大丈夫ですよ。さっきも言った通り、ゆっくり静かに歩けばいいんですから」


 シトリとツナはなんら臆することなく松林を歩いていく。


「ハチ。お前はどう思う」


「たぶんやけど、この先にある神殿を守るための結界が時間がたつにつれて変質したんちゃうかなあ。ていうか、そう思いたいんやけど」


 まったくだ、とセンはうなずく。

 もし、皇都の軍勢が何も知らずにここへ進軍したら、どうなるか。

 寒気がしたので、センは考えるのをやめた。




 松林を抜けた先には、白砂の海岸が広がっていた。

 夕陽に照らされた海は静かに輝き、波の音が優しく歌うように聞こえてくる。なんとも美しく、穏やかな風景だ。詩心をとうの昔に投げ捨てたセンでさえ、思わず詩を詠みたくなったくらいだ。

 センは歩みを止め、目を閉じる。


 唄うような波の音。懐かしさを感じる潮の香。

 夕陽の寂しげなぬくもりと、柔らかな白砂の感触。

 音が響く。

 大きな音だ。

 波が何かにぶつかって砕けたような音だ。


 声が、聞こえた。


「いよぉーっ! やっさぁっ! えーっやっさぁ! ほぉいっ! いよぉーっ! やっさぁっ! えーっやっさぁ! ほぉいっ!」


 おっさんの声だ。

 聞いた瞬間に筋肉質で体毛と体臭に満ちたむさ苦しい肉体が頭に浮かぶ、濃密な雄叫びだ。


「なんだ、敵襲か?」


 センは海のほうを見る。こちらに向かって海面を蹴り上げながら突進してくる大男の姿が見えた。しかも、センがかつて感じたことがないほどの強力な霊力を発しながら。


「ハダ様ーっ! お久しぶりでーすっ!」


 シトリは大男に向かって叫ぶ。


「おい、まさかあれが、神殿の管理者なのか?」


「はい。私の一族の遠い血族にあたる方です。ユヅルハの民からはハダ様と呼ばれています」


「確認だが、あれは人間じゃないよな」


「人間から半神へ昇華された偉大な方ですよ」


 半神、とセンは繰り返す。


「なるほど。だからあそこまで尋常じゃない霊力を」


「ぬうぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああっ!」


 ハダのむさ苦しい雄叫びがセンの声を打ち砕く。

 何をする気だ、とセンが身構えた時、ハダは「とぉうっ!」と跳躍し、センの目の前に着弾、ではなく着地した。その衝撃はすさまじくハダを中心に砂浜が大きく陥没し、センはもろに砂を被ったが、背後の松林はまったく動かなかった。

 センは砂を払いながら、目前に迫ったハダの姿を改めてみる。

 その体はセンより二回りも大きく、筋骨隆々という表現が見事に当てはまるたくましくもむさ苦しい肉体美を誇っていた。一本の毛も存在しない頭頂部はもはや芸術的ともいえる曲線を描き、夕陽を受けて神々しく輝いている。ミハラより年上といった顔つきをしているが、眼光はギラギラと輝き、呼吸は荒々しく、表情は活力に満ちていた。獲物を前にした獰猛な肉食獣を思わせる。ふんどし一丁という姿もあり、もういろんな意味で危険な存在にしか見えなかった。


「おお! シトリではないか。よく来たな、がっはっはっ!」


 ハダはその見た目通り豪快に笑う。


「お久しぶりです、ハダ様。お元気そうでなによりです」


「無論! 元気こそ力の源、力こそ元気の証よ! ツナ、おぬしも久しぶりだな! 奏者として、少しはシトリを支えられるようになったか」


「もちろんだ。だからおれはここにいる」


「がっはっはっ! 鼻たれ小僧が言うようになったわい! そして」


 ハダはセンとハチを交互に見る。


「おぬしらが皇都から来たという天士だな。ふむふむ、そうかそうか、なるほどなるほど」


「なんだおっさん。何かわかったのか」


「おうとも! おぬしらが何者なのかわからんということがよくわかったぞ!」


「あかんやないか。なんもわかっとらんやないの」


「何者かわからぬからこそ、その本性を見定めねばな!」


 ふんっ! とハダは気合を入れる。その瞬間、彼を中心に霊力の波動が生じ、砂浜が波打つようにうねって、松林がざわめいた。


「おいおい。まさかここで俺達と一戦交える気か?」


「ご安心ください。ハダ様は無用な争いを憎み、平和を愛する方ですので」


 信じられるか、とセンが言おうとした時。


「はあっ!」


 ハダは一瞬でセンの背後に回り込み、捕獲するように彼の体を両腕でつかんだ。


「お、お前、何を」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああっ!」


 有無を言わさず、ハダはセンを海へぶん投げた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 絶叫と共にセンは見事な放物線を描きながら、海にぶち込まれた。


「センんんんんんんんんんんん!」


 ハチが叫ぶ。その背後には、すでにハダが回り込んでいた。


「そおうら、もういっちょおおおおおおおおっ!」


「え? ちょ、は、離、ああ、ああああああああああああああああっ!」


 ハチもまた、海へ。




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