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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第二章 「その命を懸けて」
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第一話 「東の空はまだ暗く」

 その夜、センは久しぶりに夢を見た。

 彼が見る夢はだいたいろくでもない夢なのだが、その夜に見た夢もやはりろくでもないものだった。葬りたい記憶が忠実に再現された夢で、その時に感じた感情も生々しくよみがえり、彼の心を確かな痛みをもって苦しめた。


 ただ、夢の結末は記憶のそれとはちがっていた。


 夢で見たのは、彼が心から望んでいた結末だった。

 だからだろう。その時だけは、センは心から笑うことができた。

 夢の中でとはいえ、何年も前に失った笑顔を取り戻すことができたのだ。


 しかし、目覚めと共にその記憶は消えてしまった。彼の頭に残ったのは、忌々しい夢を見たという記憶と、ほんの一瞬だけ安らぎを感じられたという虚しさだった。

 現実の世界で求めたものが、夢の世界では手にできた。

 しかしそれも消えてしまった。

 だからだろう。目を覚ました時、センの目は涙で濡れていた。


「こんなところで、寝たからだな……」


 センは体を起こし、涙をぬぐう。彼は客間の外の廊下にいた。昨夜、コロンが眠りについた後に彼も横になり、そのまま眠ってしまったようである。コロンの姿はどこにも見られなかった。客間の戸を開けると、ハチとシトリが布団を並べて眠っていた。ハチはうなされているように見えたが、シトリは幸せそうな寝顔を浮かべていた。


「気楽なもんだな、まったく」


 どこかでもう一眠りしようと、センは客間の戸を閉め、さて、と振り返る。


「そう言ってくださるな。あの子も必死なのでございます」


 老婆が、いた。

 センの目の前に。

 あと一歩で接触する超至近距離に。

 突然のことに、センは叫ぶことすらできなかった。


「おやおや。女がそばにいただけでそこまでうろたえては、少々頼りなく思われますぞ」


 冗談は顔だけにしろこの化け物が! とセンは叫びたかったが、声が出なかった。


「はっ! やはりまだ私のことを? お気持ちは大変ありがたいのですが、先にも申しました通りすでに心に決めた方がおりますので、どうかあきらめてくださいませ。なに心配ご無用。貴方にもきっと素敵な出会いがございますよ」


 朝っぱらから絶好調な老婆である。


「バ、ババア……いつから、そこに?」


「昨夜からでございます。よからぬものがここに近づかぬよう、こうして夜通し見張っておりました。そう、貴方の寝息に耳を傾け、その寝顔を眺めながら」


 よからぬものは一晩中そばにいたらしい。

 それはさておき、センは真剣に困惑していた。


 なぜ今の今に至るまで、ババアの存在に気づかなかったんだ?


 皇国各地を旅しているセンにとって野営は日常的なものだ。そのため、眠る時はいつも寝込みを襲われないよう神経を研ぎ澄まして眠っている。寝込みを襲ってきた敵を撃退したことなど何度もある。にもかかわらず、老婆の気配にはまるで気づかなかった。

 こいつは本当に何者なんだとセンは恐怖すら抱いた。


「しかしなぜ廊下などで眠っておられたのですか? もしや、眠っているシトリに欲情されたのでは。いけません。あの子はまだ嫁入り前の身でございます。どうかご容赦を。どうしてもとおっしゃるのでしたら、かわりに私がお相手を」


「ふざけたことぬかすな。ぶっ殺すぞクソババア。いや、それよりもだ」


 仕切りなおすように軽く咳払いをする。


「昨日の話をまとめると、あの娘に神官であることをあきらめさせないと、古の大精霊が復活する危険がある。それで間違いはないな?」


「そう考えられて差し支えないかと」


「で、あんたの星読みによれば、俺ならあいつに神官であることをあきらめさせることができるという啓示があったと」


「いいえ。正しくは、貴方ならあの子を救うことができる、というものでございます」


「そんなことはどうでもいい。まあ、百歩譲ってそれが正しいとしよう。それで俺はどうすればあいつを救えるんだ?」


「私には皆目見当もつきません」


 クソババア、とセンは吐き捨てる。


「事実として、皇都は創世の神器を確保するためにユヅルハを狙っております。彼らが強硬手段に打って出れば、神器の暴走を招きかねません。それにもし、彼らがシトリと神器の結びつきに気づけば、いかなる手段をもってでも神器を奪おうとするでしょう。これこそが皇国を守るための唯一の道であると大義をかかげて」


「連中なら間違いなくそうするだろうな。だからって、俺に期待されても困る。俺にはあいつを救うことなんてできないし、そもそもそんなつもりもない」


「何者も未来の可能性を否定することはできません。ゆえに、私は信じております。貴方なら、いえ、貴方だからこそ、あの子を救うことができるのだと」


 その言葉を刻み込むように、老婆はセンの目をまっすぐに見る。

 センが目をそらしたくなった時、老婆は彼に背を向け、去っていった。


「どうしろってんだよ……」


 センがため息をついた時、客間の戸が開いてシトリが姿を現した。


「あれぇ? センさま、こんなところで、なにして……あ、おはようございますですねえ」


 まだ夢うつつらしく、眠たげに目をこすりながらふわふわな声でシトリは言う。


「見事に寝ぼけてやがるな」


「ええ、あはは、やだなあ。寝ぼけてますよお。あ、いませえん。あはははは」


 寝ぼけているというより陽気な酔っ払いである。


「そんなことより、センさまあ。おひさまは、まだ、おはようちがいますよ。ほらほら、こっちきて、ねんね、ねんねしましょうねえ」


 シトリは笑いながらセンの袖を引っ張る。センは強引にその手を振り払い、歩き出す。


「祭壇に行ってくる。お前はまだ寝てろ。いいな」


 はあい、とシトリは元気よく返事して客間へ戻る。やれやれとため息をつき、センは慰霊碑がたつ祭壇へ向かった。




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