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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
水平線にて #1
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13/65

名前の話

 子どもの頃、あ、今も子どもといえば子どもってことになると思うんですけど、私ね、自分の名前がどうしても好きになれなかったんです。


 私の名前は特に変わった名前ってわけでもないんですね。女の子に花の名前をつけるんはようあることでしょうし、その花自体も珍しいもんでもないですし。それにこの花は私の故郷の街のシンボルになってる花で、両親は地元大好きな人らでしたから、女の子が生まれたらこの名前にするって前々から決めとったそうです。地元を愛し、地元に愛される。そんな人間になってほしいって意味もあるとか言うてました。なんや、後付け感が半端ないですけど。でも、そのことも気に入ってるんです。私も故郷の街が大好きですから。


 ただ、名前でからかわれることはようありました。いやほんまに、子どもっちゅうんは想像力がたくましいですねえ。ようそんな悪口とか言い回しとか思いつくなあって、今となっては感心してしまいますわ。もちろん、言われとった頃はそんなこと思いもしませんでしたけど。なにふざけたことぬかしとんじゃボケカスがって、ボコボコにどついてました。


 え? 想像できませんか? あはは。いや、私ね、こう見えて十歳くらいまでは男の子と同じくらいの体格だったんですよ。今はもう、ご覧の通りですけど。


 とにかく私は名前をからかわれたりバカにされたりするんが嫌やったんですよ。なんていいますかね、自分の存在そのものが軽んじられているような気がするんです。それだけやのうてこの名前をつけてくれた親のこともバカにされているような気になるんです。それがもう我慢できなくて、許せなくて、で、言うたやつをボコボコにしてまうんです。


 それでも私は相手の名前をバカにすることだけはしませんでした。だって、なんぼムカついたからって、自分がされて本当に嫌やと思うことを、同じように相手にするんは間違っとるって思うんですよ。まあ、だからって殴ってもええってわけではないんですけどね。でも、悪口を言い合うより殴り合いしとるほうが気持ちが楽というか、まだすっきりするんです。


 名前をからかわれても無視しとったらええやんかって言う人もおりましたけど、それだけはできませんでした。たとえ暴力であっても何か反撃はしないと、私自身も自分の名前をバカにしているような気分になるんです。


 それだけは、本当に、許せませんでした。


 まあ、そんなわけで、小さい頃の私は荒れてました。おかげで男女問わず怖がられ避けられるようになりました。まあ、そりゃそうですよね。名前をからかわれただけで相手が鼻血吹き出すまで殴り続ける奴なんか、私だって近づきたくありませんもん。


 というかんじの諸々の事情があって、私は私の名前をどうしても好きになることができなかったんです。私の名前にはなんの責任もありません。それをバカにする連中が悪いんです。まあ、私も私でもっと他にやり方があったんちゃうかなって思いますけどね。でもその頃は、そんなことまったく頭にありませんでした。必死だったんですね。自分の名前を守ることに。小さなことやって思われるかもしれませんけど、その頃の私にとって自分の名前を守ることは自分がいる世界を守るってことにつながっとったんです。えらい大げさな話やと思いますよ。でも、学校に入ってまだ間もないころの子どもにとっては目に見える景色、耳に聞こえる音、手の届く範囲が世界のすべてみたいなもんですから。


 そして自分がその世界の中心にいる。

 ぽつんとひとりで立っている。

 自分が何者なのかも、わからないまま。

 だから名前は大事なんだと思います。自分が何者なのかを知るための、最初の印ですから。


 私の世界には、私の名前を呼んでくれる人がいます。お父さん、お母さん、兄貴、妹、じいちゃんとばあちゃん。私の家族ですね。それに友達や学校の同級生、先生らもおります。


 誰かが私の名前を呼んでくれることで、私はこの世界にいることを実感できる。

 私が、ほかならぬ私であることを、信じることができるんです。

 ほんまに名前は大事ですよ。だからバカにされるんは嫌なんですね。

 いうなれば、私は戦っていたんです。自分の世界を守るために。

 冗談ではなく、本気で私はそう信じています。今もそれは変わりません。

 でも、ちょうどそれくらいの頃やったんですね。


 あの戦争が始まったんは。


 私の目には見えない、ずっとずっと遠い場所で、世界の運命をかけた戦争が始まった。


 もちろん当時の私は全然そんなこと知りませんでした。まわりの大人たちも全然深刻な感じじゃありませんでした。私の目に見える世界では、戦争は別世界の出来事でしかありませんでした。そしてなにより、私は私の世界を守るために必死でしたから。


 好きになれず、かといって嫌いにもなれない、自分の名前を守るために。


 自分のことで手一杯だったんです。でもそれは、大人たちも同じだったんじゃないでしょうか。目に見える景色、耳に聞こえる音、手の届く範囲。結局のところ、それがその人にとっての世界のすべてですから。




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