兄弟子との再会まで、あと2日
「これとこれと、う〜ん、これはどうしようかなぁ」
メイサは部屋の片隅で座り込み、急ぎ荷造りをしていた。手に持った服を前に、しかし頭の中では昨日の昼間あった出来事を反芻していた。
いつものように祝福石を買ってもらいに行った先に、王都にいるはずのオリバー様がいた。その帰りにも、近衛騎士団の面々をあちこちで見かけた。皆さん、ドラゴンの目撃者を探しているようだったけれど、何故か私の人相書きも大量にばら撒いていた。どうやら誰かが、私のことを探しているらしい。
こんなに魔法が発達しているのに、いや、しているからこそか、この世界には写真がない。だからこそ、人探しの時はこんな風に人相書きが出回るのだ。大賢者様のレベルだと、人探しなど魔力探知で済む話だけれど、普通のレベルだとそうはいかない。ということは、昼間見かけたオリバー様だろうか。それとも、近衛騎士団なら……。何にせよ、誰かがーーーもしかすると、兄弟子のうちの誰かが、自分を探している。
「嬉しいかも……」
自然に口から言葉がこぼれた。不意に形を与えられた感情に戸惑う。早くに両親を亡くしたメイサには、「帰りたい」と思う家も場所もなかった。でも、今は、フェリクス様やオリバー様、他の兄弟子たちと過ごした日々に戻りたいと思う。
「そっか、私、会いたいんだ」
「ふーん、誰に?」
驚いて振り向くと、戸口にノアが立っていた。
逆光で表情が見えないまま、彼には珍しく、無言でメイサに近づく。そうして、目の前まで来たノアはメイサと同じ目線にしゃがみこみ、くいっとメイサの顎を手ですくった。
「ねぇ、メイサちゃんは誰に会いたいのかな?」
突然現れたノアに恥ずかしい独り言を聞かれたことに驚き、何も言えないでいると、ノアの顔が近づいてきた。ほんの数センチ先に、彼の端正な顔がある。
「メイサちゃん、俺と一緒に逃げようか」
「え、急にどうしたの?」
「フェリクスも来てるんだ。あいつに見つかったらキケンだと思う」
「フェリクス様も来てるの? なんで……」
近衛騎士団長のオリバー様がいるからもしかして、と思っていたが、やはりフェリクス殿下も来ているらしい。しかし危険とは一体。
「はぁ……メイサは本当に鈍感さんだよね。まあ一生気づかなくていいことだよ。で、誰に会いたいのかな?」
うう……忘れてくれない……。この場で「皆さんに会いたいです」なんて素直に言えない。自分から逃げておいて図々しいにも程がある。
なんて答えるべきか考えあぐねていると、ノアが顎にかけていた手を滑らせて頬を撫でた。
「ごめんね、メイサを困らせる気はないんだ。でもメイサがいなくなってから状況が変わってきてて。あいつらには見つからない方がいいと思うんだ。だから、俺がメイサを逃してあげるね」
パッと手を離し、ノアはいつもの表情に戻っていた。明日の朝迎えに来るから荷造りして待っててね! と言って、ノアは帰っていった。
状況が変わった……?
あいつらには見つからない方がいい……?
ノアが言った言葉の意味を掴み損ねたまま、メイサはまた、荷造りをするべく目の前の作業に集中することにした。理由はわからないけれど、確かに今捕まって大賢者様のところに戻されれば、良くて軟禁される気がする。時期が来るまで逃げないと。
兄弟子と再開するまで、あと2日。