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ツイン・ハンターズ  作者: 神希
4.終わらない賭け
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終わらない賭け ~またの名を不運と言う~ -5

 ──パリィィンッ!


 思いもしない手ごたえと音に、リラックは自分の目を疑った。

 いったい何が起きたというのか。いや、それは簡単だ。グローリィの体がルディと同じ陶器製だったという一点に尽きる。問題は、なぜこんなことが起きたのか、だ。わけがわからない。『虚無の剣』によって消滅したグローリィの立っていた場所を呆然と見る。


「リー、気ィ抜くな。まだ終わってねえぞ」


 アグノリアの叱咤で我に返った。すぐさま周囲に意識を向ける。と、夜空に線が走った。五メートルほどの高さで起きた異変は円を描き、空間に穴を開ける。そしてその虚空から顔を覗かせたのは、白髪の二人組。


「ルディ!?」


 グローリィが生きていたことに驚きはない。しかし目の前で砕け散ったはずの女性版グローリィが彼に抱きついているのには驚愕せずにいられない。


「びっくりした?」


 リラックの反応が気に入ったらしく、グローリィが陽気な声を上げた。

「ルディってね、僕が造った人形の中でそのときいちばん出来のいい子につけてる名前なんだよ。ほら、僕にそっくりで美人だろう?」


 ──問われても、何と返したらいいものやら。

 律儀に考え込んでしまったリラックへの呆れから、アグノリアが派手にため息をついた。そうして改めて、キリッ、とグローリィを睨みつける。


「いーから、とっとと降りて来やがれこの野郎ッ!」


 飛び、剣で斬りつける。


「っ!」


 手ごたえはゼロ。グローリィたちにはかすり傷ひとつない。

 『虚無の剣』はいわばブラックホールを結晶化した剣だ。触れた物質を吸収して消滅させる。その攻撃をまともに受けておいて異常なくいられるということは、


「幻影かっ!」


 同じく気づいた葵が舌打ちをした。


「いつの間に……」


 グローリィが目を細める。


「言っただろう? 僕と君たちとじゃ、格が違う」

「とことん馬鹿にしやがってっ。なぁにが格の違────」


 グローリィの指が動く。

 察知して、リラックは屋上に瞬間転移した。自分のいた空間で爆発が起こったのは直後だ。

 グローリィの嘲笑が空から降ってくる。


「理解できないのなら言い方を変えてあげるよ。……身の程を知るんだね、低脳」


 遅ればせながら何が起きたのかを把握したアグノリアが、汗を垂らす。


「……くそったれ……っ」

「いい顔っ」


 こちらを見下し、鼻で笑ったことで気が済んだのか、グローリィが気配を変えた。ルディに微笑みかける。


「犬の遊び相手をするの飽きちゃったから、そろそろ帰ろうか」

「…………え」


 リラックとアグノリアの間抜けな声などどこ吹く風で、ルディが体をグローリィにすり寄せる。


「じゃあ今度はボクを弄んで。グローリィ」

「可愛いことを言ってくれるね。もちろんだよ、壊れるまで愛してあげる」

「嬉しいっ」

「というわけで……」


 グローリィがイイ笑顔で振り返った。


「僕はルディといちゃいちゃしたいから帰るね」

「はぃ?」

「じゃあ、バイバイ」


 ひらりと手を振ったのを最後に、グローリィとルディの姿は綺麗さっぱり消えてしまった。

 ──あとに残ったのは、瓦礫同然の建設中マンションと、凍りついた空気。

 そして近づいてきた葵の嘆息が。


「逃げられたけど、いいのか?」

「………………い……、いいわけあるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

「うるさい」


 チョップ一発。

 アグノリアは後頭部を押さえてうずくまった。


「お、お前、なんでそんなに容赦ねーの?」

「デフォルトだ。気にするな。それよりどうするんだ? 追いかけるのか?」


 拗ねた気配を放つアグノリアの代わりに、リラックが口を開く。


「どうせ逃げた先は別次元だろうから、俺たちじゃ捜しようがない。……作戦失敗。こっちの負けだ。帰って総帥に報告するよ」

「ふぅん……。それはそうと、いい加減にその物騒な物しまえよ」


 言われ、彼が指差している先にある漆黒の剣を見下ろして、リラックは確かにと頷いた。敵がいなくなった今、魔法剣を発動させるのもそうだが、長々と精霊の助力を借り続けること自体、体力と精神力を消耗するだけだ。まだぶつぶつ言っている相棒を呼ぶ。


「アギ」

「へいへい」


 アグノリアと呼吸を合わせ、集中する。


「精霊よ、助力に感謝する。我らの敬愛はいつも、世界とともに……」


 魔法を終了させた途端、一気に疲れが来た。今までは緊張感と精霊の加護のおかげで影響を受けていなかったが、やはりリラックとアグノリア、二人の魂が同時に表に出ている状態はきつい。くらくらする。平衡感覚がすでに怪しい。

 アグノリアが薄ーい笑い声をこぼしながら汗を拭う。


「うお、やっべ。悪酔いしそ。てゆーか、もう駄目。俺様、繊細なイイ子だから寝るわ」

「…………、て、ちょ、待てよっ」


 リラックが慌てて制止するも、俺様男は黒髪の青年を見上げて破顔した。


「そんじゃあな、葵。縁があったらまた逢おうぜ~」

「待てって言ってんだろっ、アギっ!」


 あっという間にアグノリアの魂が後ろに引っ込んだ。

 肉体を支える存在がいきなり半分になり、リラックは見事に突っ伏す。


「あ、アギ……てめ……」


 地面に右肘をつき、ぎりぎりと体を起こす。


「自分の体くらい、たまには自分で使えって……何度言ったら……」

《まぁまぁいーじゃん。『家賃』だと思えって》

「こんな家賃があるかあああああっ」

《あんま怒鳴ってっと疲れるだけだぞー》

「怒らせてるのはお前だって、少しは、じっ、自覚しろ……っ!」

《聞ーこえーませーん》

「~~~~~~~~~~ッッ!」

《じゃ、ほんとに寝るわ。お前もとっとと休めよ。おやすみ~》


 一方的過ぎる言い草+退場に、握った拳も震える。


「くっそ……ぅ、死ぬ前に、もっと殴っとくんだった……ッ」

「……あんた、本当に大丈夫か?」


 上から降ってきた呆れ声の主が、このままでは話しにくいと思ったか、リラックの横にしゃがみこんだ。

 少々乱暴に肩を押され、思わず転げる。


「何を────」

「帰るにしても何にしても、ちょっとは体力回復させないと無理だろ」

「………………」


 正論だったため、改めて仰向けになって力を抜いた。ついでに隣で腰を下ろした葵を見れば、その表情はどこか不機嫌そうである。逃げられたことを彼も悔しいと思ってくれているらしい。

 ……そういえば、彼にはもうひとつ悔いが残っていたのだったか……。


「葵」

「何?」

「念のため言っておくけど、グローリィとルディを間違えたのは、そんなにおかしなことじゃないぞ」

「…………」

「ルディはグローリィの魔力で動いてる。言ってしまえば、同じ気配をしてるんだ。強いか弱いかだけの違いでさ。魔力を読むことに慣れてないならなおさら、騙されるのがむしろ当ぜ────」


 葵の電撃(小)炸裂。

 唇を左右にずらして歪めた顔から伝わってくる感情は、心底嫌そう、のひとことである。フォローを入れられたのが気に食わないらしい。グローリィのプライドの高さを揶揄していたが、こいつの自尊心も大概だ。リラックは両手を空に向けて、全面降伏のポーズをとるしかない。


「なんでもないです」

「あっそ」


 冷たい目をして鼻で笑った葵が、ふと眼差しの色を変えた。


「あんたたち、なんでそんなややこしいことになってるんだ? グローリィが生まれつきじゃないとか何とか言ってたけど……」

「ん~…………」


 ただの勘だが、葵にならば話しても問題ない気はする。が……アグノリアの肉体にリラックの魂が取り込まれるに至った詳しいいきさつは、聞く側はもちろん、話す側もあまり楽しい話ではない。わざわざ暗い話をして同情を買うようなまねは────


(…………。あぁ、そうか。こいつも同じってことか)


 ガーデニアが『根本原因』について言葉を濁した心境が、ようやくしっくりきた。そして理解できたからこそ、次に出すべき言葉はさらりと決まる。


「昔、いろいろあった」


 リラックは薄く微笑んで目を伏せた。


「二人同時に体を使うと体力の消耗が激しいから、こうやって倒れるリスクが高くなるだけさ。やりすぎたら定着させた魂が分離して、今度こそ俺の魂は確実に消滅するし、アギも死ぬか廃人になるんだろうけど、定着するための魔法をかけてくれたのはあの総帥だからな。めったなことでは臨界点を突破することはないんじゃないか?」


 絶句してしまった葵を見上げる。


「別にたいしたことじゃない。……お前だって、いろいろあったから暗殺業なんてものをやってるんだろ?」


 沈黙は、三秒ほど。

 月明かりに縁取られた綺麗な顔が緩み、美しい微笑みに変わった。


「そうだな。確かに、いろいろあった……」


 美しいけれど、どこか寂しそうだ。同類の匂いを感じはしたが、彼にも本当にいろいろなことがあったらしい。

 慰めになればと、軽く背中を叩いてやる。

 返礼に、げんこつで額を小突かれた。


 ──ぐううぅぅぅぅぅぅ……。


「…………」

「…………」


 突如響いた間抜けな音の出所は、考えるまでもない。リラックの腹だ。思わず同時に顔を見合わせ、吹き出すように笑う。


「でっかい虫を飼ってるんだな、あんた」

「しょうがないだろ? 二人分、体を動かしたようなものなんだから、カロリー消費が早くて当たり前だ」

「あーはいはい。ったく……」


 葵が心底おかしそうに笑いながら立ち上がった。月光を背にして振り返る。


「ウチに来ればカレーがあるけど。どうする?」


 茶化す笑み。

 と来れば、葵の言うカレーとはあの時のアレだろう。


「…………」


 どうしたものかとしばし考え────リラックは、苦笑い。


「じゃあ、もらおうかな」


 伸ばされた手を掴み、肩を借りて立ち上がる。

 隣にある「してやったり」と言わんばかりの意地悪な笑みは、もちろん見ない振り、だ。

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