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ツイン・ハンターズ  作者: 神希
3.元凶たるモノ
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元凶たるモノ ~またの名を大迷惑と言う~ -1

 葵は長髪をかき混ぜるように散らしながら、自宅の玄関を開けた。


「ただいまぁ」


 応えてくれる者はいない。それでも帰宅の挨拶を口にするのは──いわゆる気持ちの問題だろう。

 リビングの電気をつけ、ふすまを開けて隣室の畳に上がると仏壇前の座布団に座り、線香を二本。慣れた香りをかぎながら、ちん、とりんを叩き、満足するまで遺影に手を合わせる。

 日課を済ませると、ようやく肩から力が抜けた。それとともに疲労感が押し寄せてくる。


「……つっかれたー……」


 リビングに戻り、ソファーに倒れ込んだ。

 うつ伏せのまま時計を見れば、時刻は十時を回っていた。リラックの部屋を出たのは五時頃だったから、食事休憩を除けば四時間強もうろついていたことになる。疲れるはずだ。


(でもリラックは平然としてたなぁ。魔法使いのくせに)


 魔法使いというものは、マジックポイントが高い代わりにヒットポイントと防御力が低くて、知識が豊富だけれどそれは室内で本ばかり読んでいるということだから出歩くとすぐバテる、というものではなかっただろうか、普通は。服の上からでも察することができるほど体を鍛えている魔法使いなど聞いたこともない。


(例外、ってやつかしらねー。あのガーデニアちゃんが即答で、魔法系の戦闘力なら間違いなくリアンサス最強って言うくらいだもの。ほかでは代用が効かない特別な要因がなければ『最強』だなんて呼ばないだろうし、それに……)


 ついでのノリで、勘を具体的な言葉にする。


(まだ何か隠し持ってるみたいだし?)


 自分も秘密──と言うと大げさだが、あまり積極的には話したくないことがある身なので、わざわざ彼の腹の内をつつくつもりはない。が、だからといって気にならないわけでもない。


(あたしの相手をしたとき全力の半分も出してなかったみたいだから、強いのは認めてあげるとしても……、なぁんかひっかかるのよねぇ。何なのかしら、あの人)


 曲げた両腕に頬を乗せ──でも、と笑みをこぼす。


(面白い人は好きだわ)


 ガーデニアに借りがあるから引き受けた仕事だが、義理や義務を抜いても自然と相方の手伝いをしてやりたいと思えるのは気持ちがいい。


「──……、よしっ」


 疲れた体に気合いを入れ直し、起き上がった。


「リラックのために情報を集めてあげましょ。うふふ、あたしってば健気~」


 うそぶいてソファーに腰を落ち着けると、おもむろに空間をねじ曲げる。

 空間の狭間からつまみ出したのは、黒っぽい小さな粒だった。

 リラックと二手に分かれた直後。ちょうど彼の知り合いが混ざっていた集団の前を通りかかったときに見つけたそれは、発見した当初も思ったことだが、やはり植物の種に似ている。だが、周囲には花壇はおろか鉢植えさえもない道の端に種が一粒だけ落ちているという状況は、どうにも不自然な気がしたのだ。しかも敵は地球上の常識が通用しない相手。先入観で判断するのがいちばん怖い。とくれば、ここは今までに何度も獲物を嗅ぎ分けてきた己の勘を信じるところだろう。

 これがグローリィに繋がる手がかりになれば良し。関係なければ自宅の庭に植えてやればいい。どんな花が咲くかわからないものを育てるのも楽しいはずだ。


「さぁて……」


 葵は手に入れた謎の物体を掌の上で転がしながら集中を高め、


「吉と出るか、凶と出るか」


 感応力で種の記憶──残留思念を読む。

 最初に視えたのは、平原だった。

 ゆらゆらと揺れる濃いピンク色の波。──花畑。

 そこに白い指が伸ばされる。

 無造作に根から摘まれた一輪の花は、茎を折られ、花弁をむしられ、根を焼かれて、種が残った。それが何回も繰り返され、白い手の中で黒っぽい粒が小さな山になる。

 と、そのとき。

 脳に直接流れる映像がブレた。細糸の網に囲まれた感覚が走る。

 ぎくりと強張った葵の眼に映る、白髪に縁取られた人間の顔の下半分。大写しになった真っ赤な唇が、嘲笑するように、勝ち誇るかのように、にんまりと弧を描いた。


(──気づかれたッ!)


 息を呑む。

 刹那、手の上で何かが動いた。──否、今持っている物は正体不明の種だけだ。

 衝動的に腰を浮かし、はす向かいの窓際まで放り捨てる。

 直後二ミリにも満たない大きさの種が野球ボール大にまで膨らんだ。それだけにおさまらず、うごめきながら肥大していく。

 表皮がいくつも割れてはがれ落ちていっているのだと思ったが、それらが実は根であり茎であり葉であり意思を持って動いていると気づくのと、目の前で何が起きているかを察するのは同時だ。


(発芽して一気に成長してるんだ……!!)


 敵がどうやって種の発芽スイッチを入れたかなどはどうでもいい。向こうに探っていることを感づかれた結果である以上、人間の標準的背丈を追い越さんばかりの大きさに成長した植物が無害であるはずがない!


「ったく……っ」


 眼前の敵を見据えた。

 意識が攻撃モードに移行するとともに神経伝達回路が音を立てて切り替わる。


「ひとの(うち)で許可なくでかい顔してんじゃないわよっ!」


 不可視の圧を放つ。

 植物が殴打でよろめいたのは少しだけだ。成長こそおさまったが、一抱えもある太さになった茎にダメージらしいダメージはない。思いのほか頑丈だ。


「だったらっ──」


 植物の頭上にイメージを描く。空気が圧縮された巨大な刃物を、


「刈るまでッ!」


 振り下ろした。

 真っ二つになった植物が左右に分かれて、どうと倒れる。しばし蛇がのたうつように動いていたが、静かになったのも案外すぐだった。

 息を吐く。


「……リアンサスって、とんでもないものを相手してるのねぇ。大変そう……」


 こんなものが目の前に現れたということはつまり、こんなものが普通に存在している世界がどこかにあるということだ。なかなか気味の悪い話である。道端の草が突然襲い掛かってきたりするのだろうか。

 散歩の途中で殺されたらたまったものじゃないわねぇ、と楽しくない想像に苦笑いをしながら、葵はのんびりと踵を返した。リビングを出てキッチンに行き、コップにくんだ水を一気飲みすると、中空を見上げて考える。


(うまく説明できる気がしないし、直接リラックに見てもらったほうが手っ取り早いわよねぇ。……まだ起きてるかしら。直接呼びに行こうかな。それともテレパシーを飛ばすほうがいいかな)


 ──ガチャンッ!


 ガラスか陶器の割れる音。

 どこで起きたのか。

 一瞬にして警戒体勢に逆戻りさせてくれた発生源を察するのはたやすい。

 葵はコップを置いて瞬間移動した。

 明かりがついたままのリビングに飛び込む。


「っ!?」


 とっさには言葉など出ない。

 縦に引き裂いた動く植物は、確かに沈黙したはずだ。そのはずだった。なのになぜ今、二体に増えてリビングを占拠しているのか。


「……いったい、どこから……」


 侵入ルートを考えるが、花瓶が床に落ちて割れているだけで窓は開いていない。瞬間移動してきたのだろうかとも考えたが、それらしい気配は感じなかった……。


 ──ビッ!


 カーテンを破る音で我に返る。考え事をしている場合ではない。この気色悪い侵入者を再び黙らせなければ。

 葵はすぐさま遠いほうの一体を念動力で切り裂いた。

 と、もう一体が不意に動きを止めた。根の先端が何本も床から持ち上がり、それは明らかに葵を認識している。


(…………、違う)


 直感が働いた。

 葵に向けられている根はこちらの動きを窺っているだけだ。攻撃意志はない。それはどちらかといえば防御の構え。


「な……っ!」


 植物を観察する目がそれを捉えたのはそのときだ。声が出る。意味のない声が。驚愕が。

 理解した。やっと理解した。ダイニングに行っている間にここで何が起きたのか、ようやく繋がった。先ほどふたつに引き裂いた植物が、そのまま別々の固体として起き上がってきている。この植物は切ると枯れるどころか分裂増殖するらしい。


「何よそれ、反則じゃない?」


 かろうじて軽口を叩きながらどうしたものかと悩んでいるうちに、三体の植物が動き出した。一体が葵の動きを窺うその後ろから、もう一体が根を器用に動かして急速に移動してくる。不気味に触手を広げて向かうのは────

 は、と息を呑んだ。急速に背筋が冷える。

 第六感ならさっきから開放状態だ。だからすぐに気づける。こいつの狙いは和室、その中にある物としか思えない。

 なぜそこを狙うのか?

 理由などひとつに決まっている。

 感情が瞬時に沸点を越えた。


「ふざっけんじゃないわよッ!」


 手前の植物に空気圧をぶつけて壁まで弾き飛ばし、跳躍。和室の入り口に立ちふさがった。向かい来る凶器と化したいくつもの触手を念動力で押さえつけ、折る。切断していないから固体が増えることはないが、痛みがないらしく相手の戦力が落ちてくれない。折れたまま叩きつけてくる。


(しつこい……ッ)


 苛立ちのあまり能力が暴走寸前だ。理性と感情と能力制御とで脳がくらくらする。それでもここは退けない。冗談じゃない。

 和室に攻め入ろうとする触手を力で握り潰し、押さえつけ、折り、弾き飛ばし、


 ──……ドスッ。


(……………………え?)


 後ろから足を殴られたのだと思った。

 体が動かないことに気づき、今度は縛られたのだと思った。

 葵はゆっくりと己を見下ろして、……ひどく冷静になった。

 右大腿部から尖った物が飛び出していた。目でたどれば、確かにそれはいちばん奥でじっとしていた三体目の植物に繋がっていて。

 己の迂闊を悟る。


(……最低、だわ……)


 葵の背後に回りこんで太ももを貫いた太い根が、うねうねと動いて傷口をかき回し、そのたびに血の塊がフローリングに落ちる。出血のあまり意識が遠のく。集中できないため超能力を使えない。なのに激痛が気を失わせてくれない。さらに襲い掛かったほかの触手が葵の体を縛り上げ、倒れることすらできない。

 暗くなってきた目の前で、一本の根がこちらにまっすぐ向けられた。狙うのは心臓か、それとも頭か。

 眼前に迫った死。

 この自分に。

 それも、予定死因は動く植物に刺されて失血死。

 どんな笑い話だ?


(……まいったなぁ……)


 葵はため息をつくように笑って、抵抗を放棄した。

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