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自殺幇助、やっていました  作者: Huyumi
第三章
12/22

3-2 秋の揺らぎ

「さて、なにから聞きたい?」


 しばらく無言で景色が流れて行くのを呆然と眺めながら、一泊二日という長さを確かめていると桐生七奏(キリュウナナカ)はそう口火を切る。


「急く必要は無いのですが」


「なに、既に一度メールで伝えている情報だ。

こうして顔を合わせて話すのは自己紹介のようなものさ。これから短き旅を共にする中、距離は早々に縮めておくことに限る」


「そうですか」


 実際メールの時点でほとんどの情報を伺い、冷やかし、イタズラ等では無い事の確認、本当に死する域まで入り込んでしまっているか、そして私以外に依頼主の死に関わる存在が居ない事を知り得た上で、ようやくこうして顔を合わせ仕事を行う事にしている。

 その意味では以前出会った学生である高崎降矢は薄々感づいていたものの私にとって失敗であり、いま目の前に居る桐生は大当たりと言ったところか。

 喪った片目片腕が目の当たりにし大きく見えるというのもあるが、人間として強く、また同様に死を切望している死臭が希少なクライアントだと警報を鳴らしていた。


「では、動機からでも確認しましょうか。お好きに、喋りやすいように語ってください」


 濁流のように根掘り葉掘り引き抜き散らかしたい感情を抑えつつ、ゆっくりと、あくまで相手のペースで聞き出す普段の姿勢を思い出す。


「動機、動機、ねぇ……」


 何から話せばよいのか、何もかもは一体どこからか確認するよう思案する桐生。

 常人には苦しい事を冷酷な言葉で尋ねた自覚はあるが、あくまで桐生は今晩の献立を作る工程でも想像するように勝気とさえ呼べた様子。


「目に見えた異常、自傷行為を始めたのが学生……高校の頃だ」


「何故ですか?」


「当時は理由も知らなかった。

気づけば抑えきれない衝動が胸に溢れていて、それを身から吐き出さなければ狂ってしまう気がしていつの間にかカッターナイフで手首を裂いていた」


 そう言って長い袖を捲り傷痕を見せる。

 数年経った今を思えば治り切らず、適切な処理もされなかった小さくはない証。


「後にも先にも誰かに見える形で自傷を行ったのはそれが最後だ。傷を見た時の家族の筆舌出来ない表情、学園では常に長袖を強いられる生活」


 奇異な視線を集め皆には悪い思いをさせたと、桐生は少し寂しそうな顔で笑った。

 そこには羞恥も、自責も、傷痕を勲章の如く見せびらかすような様子も一切無く、ただ淡々と事実を告げて、もう過ぎ去り取り戻せない思い出でも懐かしむよう目元を垂れさせるだけ。


「だから次からは傷は残らぬよう処置と傷の深さ管理、万一残っても目立たない位置で自傷行為を行うようにした……まぁ何度か失敗したが故に肌は見せられぬし、こうして後遺症も負う事になったのだが。

あぁ、動機の話だったね」


 本筋から逸れ、少しだけ恥ずかしそうに。


「今ならばわかるけれど、感情のやり場が無かったんだ。単に私が下手だったというだけなのだけれど。

怒ったり、寂しかったり、そうした負の感情はもちろん、嬉しかったり楽しかったり、そんな感情の表現も上手くできない。人前で感動や動揺を隠し、独りの時それを上手く処理しているわけでもなく。

自己表現、という言葉がしっくりくるかな。皆で楽しく歓談したり、あるいは創作者が作品を創ったり、私にとっては自傷行為がそれに当て嵌まったのだろう」


 僅かに違えていると思った。正しく測り、彼女ならば呑み込めるだろうと判断し私は口を開く。


「感情表現が苦手と評するのは満点ではないのではないでしょうか」


「というと」


「貴女は初めて対面した私に様々な顔を見せている。とてもコミュニケーション能力が欠如しているとは思えない」


「気張って、演技しているだけさ。あるいは今日という日だからこそ躁になっているのかも」


「それもあるでしょう。

ただ貴女にとっての自傷行為は、他者へと向ける怒りや暴力、負の感情と言ったものを全て自身に向けた結果に思える」


 少しだけ呆けたように瞬きをし、片目しかない瞼を閉じて苦笑する桐生。まるで表情を悟られないように誤魔化しているように。


「どうしてそう思うんだい?」


「七奏、貴女は自傷痕を見せたくないと言った。恥ずわけでも無く、恐らく見る人が不快に思わぬように」


「そうだね、その自覚はある。ただそれ単一では論説を有力にするには足りない」


「メールで得た情報を排し、こうして直接会ってから情報だけで良ければもう一つだけ要因を付け足せる。

貴女の姿は……様子はあまりにも自信に満ち溢れている。背筋を伸ばし、目線を必要以上に逸らさず、発言が澱まずそれでいて話す内容を纏める速度も早い」


「薬のおかげだよ。良い医者に出会い、私に合った薬を処方してくれている。そのおかげでどうにか一般人のフリを行えるというわけだ、調子が良い時だけね」


「いえ」


 断ずる。


「薬はマイナスをゼロの方向へと調整するのみで、人としてプラスに向かわせるのは己の本質のみです」


 自らも服用しているからこそ断言する。

 薬物はあくまでまともに動かぬ体や心、医学的には神経をどうにかぎこちなくとも稼働させるための潤滑油に過ぎない。歯車そのものを磨く作用は無く、それどころか薬がもたらす恩恵に相応な副作用で満足にプラスマイナスゼロを保つ事すらままならない。


「故に貴女は肉体や死に惹かれていることを除けば人間として強く、自傷はどうにもならなかった結果が生み出す行為ではなく、責任感の強い自らが選んで取った行為だと私は判断しました」


「……そうとも、言うかも知れない。見えるだろうね。

ただそうした側面を持っていたとしても、それが決して全てではない」


 全てではない。

 私が用いた表現と同じ返し。

 無意識か意図的な皮肉か、これ以上こちらの主張を続けても互いに益は無いという明確なサイン。


「でも」


 それでもと、彼女は言った。


「例え夢乃が言う要因があったとしても、私は自傷という行為をそのような言葉で美化したくない」


 桐生七奏は、桐生七奏を貫き続ける。


「これは私の過ちだ、弱さだ、私自身の本質で、救いようのない証なんだ。

こうであることを、許してくれないか?」


 例えそれが身を滅ぼすに至っても、不器用な自分で在りたいと彼女は願った。

 怒った様子も、悲しんだり落ち込んだ様子も無く、ただすまなそうに微笑んだのだ。


「――えぇ、もちろん。貴女が望むのであれば、全て理解してなおそれを選ぶというのなら、もう私が言う事は何もありません」


「ありがとう」


 僅かな気まずさと、充足感を携えて二人で窓から外を眺め見る。

 彼女はとても、強い。痛いと知ってなお歩みを止めず、過ちと知ってなお決断は揺るがなかった。人間性が強固過ぎる。

 それは痛みを痛みと認識せず、悪を悪だと実感せぬ私には程遠き尊く眩しき存在。

 もっと知りたいと願った。彼女のような強い存在が何故死を決意したのかその口から、またその願望と共に恐怖も出てきた。どうせ聞かされようとも彼女の心理を理解しきれず、同情なんて一切浮かばない。何を聞いても知っても、ただの一つさえも私の糧になどならないのだという恐れ。


「目は」


「……」


「高校三年、料理をしている最中に瞼ごと切り潰してしまった」


「何故、その行為に至ったのですか?」


 視線は片目すら交わらない。

 二人共窓の外を眺めたまま、互いに独り語るうわ言のように呟くのみ。


「片目でもなければ、醜い物を半分でも見なくて済むと思ったんだ」


 その言葉を狂人の発想だと断ずるのは容易く、とても残酷だ。


「現実は、違った。

人は適応する生き物で、片目しかなければ残った目や別の耳などの感覚器をより効率的に扱うだけで、当然視野が狭くなる程度の私には今までと見える世界は同じに見えた。

あの時、刃を寝かせれば頭骨で止まらずに全てが終わってくれていたかも知れないのに」


「何か、きっかけはあったんですか。

自傷行為の延長と言えど、眼球を裂くと言うのはもはや拷問に等しい。相応の理由があったはず」


 ふっと、私の問いかけに桐生はニヒルに微笑んだ。


「何も……」


 言い直す。


「何もなかったさ。いつも通り。

前日両親が喧嘩していたぐらいかな。些細なもの、一時間も経てば互いに笑っているようなどうでもいい行き違い。

それを思い出したらね、自制する間もなく止まらなかった」


 今でも思うと彼女はぼやいた。


「あの時仲裁に入れたら、あらかじめ争いの種を取り除けていたのなら、家族はこれからも、私の前で素直に喧嘩をしてくれていたのだろうか、って」


 それは違うと開きかけた口を歪める。

 何より真に事情を理解している桐生の頬に、ありもしない涙の跡を幻視したから。


「まるで火を求めている爆弾の導火線だ。私が家族の在り方を変えてしまった。私さえ、私さえ……」


 居なければ本当にありのままの家庭だったのだろうか? そこに長女は居ないのに?


「腕も似たようなものだ。運が良い事に早々に就職先が決まり、一人暮らしを初めて二年目が始まった頃合い。

後輩が出来たんだ。可愛い後輩、小動物的で、常に一生懸命走り回っているようだった。

朝起きて、夢を思い出した。昨日あった本当の記憶を思い出しただけなのだけれど、その子がミスをしてしまい上司に叱られていたんだ。

別に道理に反していた行為ではない、間違いなく彼女自身のミスだった。でも私は」


「もっと上手く教えておければ、彼女は叱られずに済んだと信じた」


「……あぁ、そうだ。夢乃、君は私の事詳しいんだね。私は私の事、何年も何年も勉強して思い返して、ようやく答えを見つけたのに、君は今日あったばかりなのに正答ばかり言う」


 全ては推察。

 情報自体はメールで全て聞いており、こうして顔を合わせて想像していた答えとの差異を埋めているだけだ。

 少し変わっているけれど、一歩下がればわかる道理。

 自殺志願者は皆口を揃えて言う「その時、それしか道がなかった」のだと。余裕の喪失と共に視野が狭くなり、初めに見つけた答えを最良だと決めつける。


「早朝その事を思い出した私は怒り狂った。当時何に怒っていたのかすらわからなかったし、気にもしなかった。

いつもの自傷行為と同じように、息をするように私は腕を様々な場所へと叩きつけた。

皮が裂けた、肉が零れた、骨が砕けた。熱くて感覚の無いその長い棒みたいなものを気の済むまま振り回して、仕事の時間になったら普段通り着替えて出社しようとした」


 まぁ当然、すぐに警察と救急車を呼ばれて会社を辞める事になったのだと冗談でも伝えるように彼女は笑う。


「あの子はどうなったのかなぁ……すぐに会社へ馴染めただろうか、新しき良き先輩を得られただろうか」


 どこまでも、彼女の語る世界には彼女自身が存在しない。

 幸福の勘定に入っていない。日常に居場所を必要としていない。


「腕を喪った事はどうでしたか?」


「先の会話で隣の芝生は青い、そう言ったね」


「えぇ、そうですね」


 病んでから旅行に行きづらくなった現実にたしか彼女はそう笑っていた。


「目と同じだよ。無ければ困るけれど、無いならないで何とかなってしまう。精神的にも片腕や片目を喪失しているのが己の常だと言い聞かせて、それほど落ち込みはしないんだ。

あれば良い、無い不満は我慢できる程度。それよりも私は当時行っていた仕事を辞める事になってしまった事の方が悔い残る」


 あまり詳しくは聞いていないが鬱か、両手を扱えないとまともに働けない仕事だったため退職する事になったと聞いている。

 慣れた職場からの離脱、収入の停止、社会に属していない故のアイデンティティの欠如。そんな些細な物共よりも何よりも、きっと彼女には。


「そうして死する事を選んだと」


 周りの雑談する声が五月蠅い。

 声音自体は大した事が無いものの、私達の間で行き交う言葉や雰囲気とあまりにも差異があり過ぎて気味が悪かった。無論会話内容を聞かれているのならば、我々の方が不気味で悪だと断ずられるのだろうが。


「そうだ。色々と手法を凝らしてみたがあまりにもこの世界は……この世界で生きる私という存在は、他者へと負担を強い続ける。

どうかしようとも、私の存在そのものが負債なのだ。ここから有益な何かを生み出し続けるよりも遥かに、最期周りへと迷惑をかけようが終わってしまった方が誰にとっても都合が良い」


 静かに、理詰めで語られる悲痛な叫び。

 彼女の目から映る何もかもは、こうして契約を交わして肩を並べている私ですら、もう一つの存在すら敵でないモノは居ないのか。


「その重圧は」


 思わず口を開く。

 流儀に反する、されど桐生は誰かに責められる前に何倍も己を責め立てる。ならば、一度ぐらい手を差し伸べて良いのではないか。何もかもが敵だと言うのなら、例え絶対的に悪で個人として一切賛同できない存在だとしても、一人ぐらい敵ではない味方が居ても良いのではないか。それがどれだけ間違っていたとしても。


「貴女が背負う必要のないものです。人は全能ではない、目に映る(ことごと)くを誰か一人が救う必要はない」


「だろうね」


 切り捨てられる。


「わかっているんだ」


 迷いなく。


「私は間違っている。不要な物を背負い、勝手に潰れそうになって。

病んでいるのか狂っているのか壊れているのかはともかく」


 でも、と彼女は言い切る。

 でも、それでも。


「これは私が選んだ道だ。例えどれだけ愚かで、破滅へと向かって居ようとも、私が歩むと決めた道なんだ。

もう疲れた。でも歩むのをやめるぐらいならば、自らが信じたそれを忘れる前に殉じさせて欲しい。私は君にそれを頼みにここへ居る」


 彼女は、強かった。

 気づけば向かう方角を違えてしまっていたけれど、それでも満身創痍で前に這い続けるほど強かった。


「――はい」


 ならば答えるは一つ。

 自殺幇助人としての解はただそれだけだ。


「確かに受け取りました、貴女を終わらせる純粋な狂気を。

夢乃在処、必ずや桐生七奏を辿り着くべき場所まで共にします」


 頭を下げて、深く深くその想いに敬意を払う。


「ありがとう。私の狂気を肯定してくれたのは、君が初めてだ」


 震える声に思わず視線を上げる。


「夢乃、君となら終わり行く旅を楽しめそうだ」


 そんな、泣いてない事が嘘みたいな顔で、彼女はとてもとても、笑ったのだ。

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