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永須洋子という女

 三日目の朝まで、私は知らなかった。


 デイサービス・一雫に、女性の管理者が居る事を。


 彼女の名は、永須洋子。


 その目を見た時、戦慄が走った。


 間違い無く、私が出会った人間の中で、群を抜いて、露悪的な目だった。


 朝礼から、執拗な視線が私を狙っていた。

 

 そして、遂に、その時は訪れた。


 「時間の無駄だから、椅子は拭かなくてもいいから!」


 ウイルス感染を防ぐ為に、テーブル等を消毒している時、あの女の声が、デイサービス・一雫に響いた。

 

 利用者さんのウイルス感染は死に直結するから、入念に行っていた。それは、看護師の志村さんから教わった事でもある。


 しかし、彼女の名前を出して反論すれば、角が立ってしまうだろう。


 「はい、解りました。」


 一事が万事だった。

 

 二日間で優しい先輩たちに教えて貰った事は、全て覆された。


 利用者さんが傍に居ようが居まいが関係無く、事ある毎に叱責された。

 

 その朝は、更に、イレギュラーな事態が起きた。

 

 「あの・・・悪いけど、看護師さんを呼んでくれないかな・・・」


 サ高住の二階に住まわれている浅井さんが、デイサービスに来るや否や、か細い声で、体調不良を申し出たのだ。


 私は志村さんを呼ぶと、彼女はドクターに連絡をした。


 ドクターの到着までは、デイサービスで安静にして貰う事となった。


 一昨日のおやつの時間、美味しそうにコーヒーを飲んでいた彼が、今は、辛そうに、ぐったりとしている。


 私は、彼の傍で見守る事しか出来ないのだろうか。


 「浅井さんに何をしたら良いか、わからなくて・・・」


 次の瞬間、管理者の声が、私の心に響いた。


 「あなたに出来る事は、何も無いです。」


 浅井さんは、ドクターの判断で病院へ行く事となった。


 私は、管理者の判断で説教を受ける事となった。


 「あなたね、利用者さんを特別扱いしてませんか?浅井さん以外にも、利用者さんは居るでしょう?」


 それに関しては、弁解のしようもない。浅井さんの体調の変化に気を取られて、周りが見えていなかった。看護師の志村さんが居るのだから、彼女に任せて、他の利用者さんに気を配るべきだった。


 「あなたね、傾聴って、習いませんでしたか?耳を傾けて、聴くってこと。私が仕事のやり方を教えてあげても、あなた、決まって、『はい、解りました。』しか、言わないじゃない。傾聴の心が足りない人間は、介護士失格ですよ?」


 利用者さんの前で新人を叱責するような管理者に言われたくない。


 「何ですか、その目は・・・私を誰だと思っているんですか?大体ね、私の居ない隙に面接で勝手に理事長が決めちゃった事だから仕方が無いけど、此処の管理者は、私なんですからね。此処では、私の言う事に従って下さい!」


 私の居ない隙に・・・?面接で・・・?まさか、そういう事なのか・・・?


 まさか、この女は、「自分が採用に関わっていない」から、私を目の敵にしているのか?


 信じられない事だが、永須洋子は、そういう女だった。


 説教から解放されたのは、十一時四十分。


 デイサービス・一雫の各テーブルには、刺し子の道具や、編み物の道具や、絵画の道具など、利用者さんの趣味の道具が残されていた。


 昼食時間が迫っているのにも関わらず。


 私が説教を受けていた一時間半は、デイサービス・一雫のスタッフが手薄になる時間であり、新人の手も借りたい時間であり、決して、管理者が己のストレスの解消の為に、新人スタッフを説教部屋に閉じ込めて良い時間帯では無かった。


 無我夢中で、各テーブルを片付けた為、どうにか昼食の時間に間に合った。


 昼食の配膳を済ませた後、昼食休憩前にパレットを水洗いした。


 そのパレットに絵の具を出したのは、説教部屋に閉じ込められる前の私だった。


 「おーい、新入り!」


 私を大きい声で呼んだのは、鯨井さん。浅井さんと同様に、サ高住の二階に住まわれていて、初日から、私の事を気に掛けてくれている。


 威張っているし、ボール体操など参加に消極的なので、介護スタッフの先輩方の中には、彼を苦手としている人も居るのだが、接してみれば、何の事は無い。可愛いお爺ちゃんである。


 「ちょっと、此処に、赤を出してくれ。」


 鯨井さんに限った事では無いが、握力が弱っている為、絵の具をパレットに出すのは、新人介護スタッフの役割だった。

   

 私が説教を受けている間、鯨井さんは素晴らしい絵画を完成させていた。


 「わぁー!鯨井さん!素晴らしい絵じゃないですか!」


 「お前、永須に虐められてるんだろ?」


 人生の大先輩には、全て、お見通しだった。

 

 綺麗な絵の具は綺麗な絵画を生み出した後、汚れた水となって排水溝に流れて行った。


 永須洋子は、どうだろうか。


 利用者さんの目の前で新人を叱責して、利用者さんの気分を害するような汚れた介護士は、それでも、最初は、綺麗な心を持って、この世界に入って来たのだろうか?


 どちらにしても、許せない。


 三日目の朝、私は反面教師に出会った。

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