リヒテンシュタイン攻囲戦 1
◆
エヴァリーナは魔導甲殻で地上に降下すると、すぐさま敵の砲撃に晒された。
リヒテンシュタインの巨大な城壁から、雨の様に降る魔法の矢は、次々と味方の魔導甲殻騎兵へ吸い込まれてゆく。
「あんなものに当たって! 直進するな! 教えた通り、不規則に動けっ!」
部下に命令を出しつつ、同時に魔導甲殻を操ることは、存外疲れるものだ。
吐き出したい溜息を堪えつつ、エヴァリーナは自身が駆る真紅の騎体を前進させた。
エヴァリーナが駆る魔導甲殻は”ヤークト・ティーガー”。それはアントネスクが誇る最新鋭であり、ブルクハルトの”ティターン”と並び、最強と云われている。つまりは対魔導甲殻用の魔導甲殻であり、その火力、防御力ともに抜きん出ていた。
ちなみに”ヤークト・ティーガー”と名付けたのは、ルフィーネである。
「パンツァー・フォー!」
喜びながら叫んでいたルフィーネは、ヤークト・ティーガーを赤く塗りたがったし、角も付けたがっていた。挙句の果ては「通常の三倍」に拘って、装甲を三分の一にしてくれと騒ぐルフィーネは、
「当たらなければ、どうということはない!」
と、言い放っていた。
エヴァリーナの命を何だと思っているのかと問われれば、
「エヴァは操縦が上手いから、装甲は盾で、あとは軽い方がいい」
などとルフィーネは言う。
実は理にかなっていた彼女の意見はエヴァリーナにも納得されて、採用された。なので”真紅のヤークト・ティーガー”は、確かに量産騎の五割程、機動力が高くなっている。
とはいえ魔導甲殻は、モビル〇ーツではない。しいていえば、ずんぐりとした姿が戦車にも近かった。なのでルフィーネは、こんな名前を付けたのだろう。
それにしても、ルフィーネにせがまれたので工廠に連れてきたが、新鋭騎を見せるべきではなかったと後悔したエヴァリーナである。
「……名前と装甲はいいけど、赤は目立つし、それに角なんて必要ないわ」
「で、でも、しきかんの証が……」
「肩に一角獣の意匠があるでしょう? あれで十分じゃない?」
「じゃあ、せめてエヴァ……この仮面をかぶって……」
「イヤよ、視界が狭くなるじゃない。ただでさえ戦闘中は色々な情報を見なければならないのよ? なにこれ? なんで仮面に角がついているの?」
「ぐ、軍人だから。そ、それに、大佐だから……」
「大佐ってなによ? ――とにかく、名前は有難く使わせてもらうわ。それ以外は全部却下!」
「ぐすん……赤は、縁起がいい。白いヤツが出てこない限り、負けないのに……あ! 金色でもいいよ!」
「はぁ……もう……わかったわよ、赤にするわ。で、その白いのが出てきたら、私はどうなるわけ?」
「うん、それはね。負け惜しみを言いながら逃げれば、問題ないとおもう」
「……なんだか、凄く情けないわね……まあいいわ。でも、角と仮面はイヤよ。戦闘の妨げになるから」
こうして真紅に塗装された”ヤークト・ティーガー”を、”砂塵のエヴァリーナ”は駆るハメになった。彼女のパーソナルカラーが、赤に決した瞬間だ。これもすべて、ルフィーネのせいである。
ちなみにルフィーネも魔導甲殻を一騎所望したが、手足の長さが足りず、どうしても上手く操る事が出来なかった。
しかし魔力の高いルフィーネは起動させることならば出来たので、試しにエヴァリーナがかつて搭乗していた”試作型アストラ”に乗ってみた。すると、攻魔力七〇〇〇を記録するという快挙を成し遂げたので、将来の第一位階騎兵候補として、名乗りを上げる事に成功したのである。
「へへ……わたしの時代、きた」
といっても、攻魔力だけが魔導甲殻の戦いを左右する訳ではない。なのでルフィーネの時代が来るかどうかは、実際のところかなり怪しいだろう。
「いずれ私は、ルフィーネに守ってもらおうかな」
だが側にいたデルフィーノが機嫌よく笑顔を見せていたから、ルフィーネもこの時は幸福だった。
庵であった頃のルフィーネには、自らへ向けられた父親の笑顔という記憶がない。だからこの時、実父であるデルフィーノに愛され、育ての父であるブルクハルトにも愛されている現状は、彼女にとって紛れもなく心地良いものだった。
(わたしの力が家族の為に役立つなら、本当に戦っても、いい)
そう思えたルフィーネは、少しずつ、変わり初めているのかもしれない。
――――
エヴァリーナは騎内モニターに映る閃光を見て、自軍の艦艇が撃墜された事を知った。
流石に大型艦は揺るぎもしないが、小型の艦艇は城壁からの魔法による砲撃で損害が出つつある。
黒煙を上げて墜落する飛空艦からは、無数の悲鳴が聞こえていた。
「流石に守りが堅い――攻め込む隙がないわね」
エヴァリーナは魔法を紙一重でかわしつつ、前進する。そして眼前を阻む敵の魔導甲殻を時に両断し、時に盾で弾き飛ばしていた。
とはいえ、いくらエヴァリーナが一騎当千の働きをしても、マッティアの魔導甲殻は近接戦闘においてアントネスク軍に勝る。なので、徐々に押し返されるエヴァリーナ隊だ。
それに上空でも、被弾する小型艦艇が増えている。このまま攻め続けることは、得策とはいえなかった。
「一対一で戦うな。常に二対一になるよう動け! そうでなければ、一旦退け! 私の真似など、するなよ!」
言っていることが、まさに極上戦士のエヴァリーナである。
苦戦の最中にあって、アントネスク、南リヒター王国連合の清涼剤となる彼女の発言だった。
「「了解! 隊長の武名に傷を付けぬよう、我等、死んでも負けません」」
(いや、だから死ぬなって、危なかったら退けって……何をオマエら、わかったの!?)
そう思うエヴァリーナの心は、この際誰にも届かなかった。
一方、上空のブルクハルトは黒煙を上げる艦艇を見て、眉間に深い皺を作っている。
だが、この程度の損害はブルクハルトとて織り込み済みだ。
何しろリヒター王国の建国以来、リヒテンシュタインが落ちたことはない。難攻不落の代名詞とも言える城砦都市の攻略に着手しているのだから、小型艦艇など全てを失うつもりでブルクハルトは戦に挑んでいる。
とはいえ――それは戦力の低下だ。とすれば、ただ手を拱いている訳にはいかないブルクハルトは、矢継ぎ早に命令を下す。
「大型艦を壁として、その隙間から小型艦は射撃をせよ! 一箇所でいい! 城壁を崩せっ!」
艦橋で大音声を発するブルクハルトは、乾坤一擲の想いだった。
(ここで全てを得るか――それとも失うか――)
それは無論、デルフィーノも共通である。
長い黒髪を指に絡めながら戦況を見守るルフィーネの実父は、下唇を噛み締めていた。
(兄は英雄だ――しかし、私は決して負けぬ!)
三十を過ぎて未だ一人身の兄が、一体何を考えているのかはわからない。
しかし――何を考えていようと、デルフィーノには守るべき家族がいた。
(マルガリータ、クラウディオ、ルフィーネ――私は、ただお前たちと穏やかな時を過ごせれば、それでよかった――だが――王族というものは、そのような幸せをこそ、望めぬものなのだ――)
紺に金糸を散りばめた最高級の軍装は、デルフィーノだけのものである。彼は煌びやかな姿を翻し、颯爽と艦橋を下りた。
「私がこの場にいても、意味は無い。義兄上、私は”ロンギヌス”で戦場に出ます」
艦橋にいても役に立ちそうもないデルフィーノは一言ブルクハルトに告げると、自身も最前線へ向かう。
「ふっ……本来なら、逆ではないか?」
太い腕を組んで、濛々と黒煙の立ち上る戦場を見下ろすブルクハルトは、ギリリと奥歯を噛み締めた。
実際、個人の性質としてならば、戦場で武勇を発揮するのは間違いなくブルクハルトの方だろう。しかしブルクハルトは同時に、将軍として得がたい才能を持っていた。反面、デルフィーノは優秀だが月並みだ。何処までも人の限界を出ない。
かつては自身が兄に勝ると考えていたデルフィーノだが、ひとたび敵対して、その考えをあっさりと捨てた。やはりゴード、マッティア、ブルクハルトは当世、人族の中にあって、間違いなく抜きん出た才能を持っていることが理解できたのである。
激しい戦闘が繰り広げられたが、結局この日、決着が付く事はなかった。デルフィーノが戦場へ出ても、戦局全体を盛り返すには至らなかったのだ。
しかしエヴァリーナの戦果は目覚しく、実にマッティア軍の魔導甲殻を十五騎も屠っている。
こうして今日からエヴァリーナは敵軍に”赤き閃光”と呼ばれ、恐怖の象徴となったのである。
だがマッティア軍の者は未だ、”赤き閃光”と”砂塵のエヴァリーナ”が同一人物であるとは知らなかった。
◆◆
ブルクハルト達がリヒテンシュタインの攻撃を開始してから、二週間が過ぎた。
主力である魔導甲殻騎兵の損害率でいえば、四対六でアントネスク側に不利である。
だが通常兵力の損害率は攻城戦でありながら、アントネスク軍は低く抑えていた。
それは大型飛空艦を配備していたことが大きいが、同時にそれによって、戦線が膠着し始めているようにも感じられた。そして膠着した戦線は、常に気を張っていなければならない兵に、つまらない日常の感覚を植え付ける。
(今日も生きている。だからきっと、明日も大丈夫――)
何の根拠もない、それは僅かの緩みだ。
だからこそ、この頃合を待っていた男が存在する。
それこそが、マッティア・アウグスト・リヒターだった。
そもそもがマッティアは、”常勝将軍”だの”不敗の王子”だのと言われていた戦上手である。その彼が、ただ黙々と篭城戦術を選択するはずもなかったのだ。
更に言えば、今まで敗北を重ね、リヒテンシュタインまで後退したことそのものが擬態であった。
ブルクハルトが大型飛空艦を繰り出してきた事を、彼はまさに好機と捉えていたのだ。
そして同時に、
(この大陸西方において余を倒しうるものは、ブルクハルト以外にはいない――)
過信ではなく、まさしくそう考えていたマッティアは、なんとしてもこの機会にブルクハルトを倒したかった。
ある意味ではゴードと同様に、親友でもあるブルクハルトだからこそ恐怖を覚えるマッティアだ。それ故に、敵対するならば絶対に倒さねばならない。何より、マッティアの右頬にある古傷が疼いていた。――傷は、かつてブルクハルトとおこなった、剣のみの決闘で付けられたものだからだ。
(あの時は、「腹が減った」と余を倒さずに去ったな、ブルクハルト。しかし、あのまま戦えば、勝っていたのは余なのだぞ――)
マッティアは大元帥府の執務室で、右頬を軽く指で撫でながら参謀達の報告を聞く。
鋭い眼光と端整な顔を鋼のような肉体に乗せたこの男は、この年三十二歳になる。しかし外見上は、未だ二十代の半ばにしか見えなかった。
「第二軍、間もなく到着いたします」
「第三軍も、間もなく」
「第五、第六、第七軍とも、準備に怠りなく」
僅かに伸びた髪を、几帳面に六対四で分けたマッティアの沈黙は続く。
「第四軍からも連絡がございました」
「よし――」
マッティアは第二、第三、第四軍を待っていた。
第二から第四までの三軍に、第一位から第三位までの位階騎兵を配置している。
そしてそれら主力をマッティアは首都から遠くに配置して、ブルクハルト、デルフィーノ連合軍を半包囲出来る陣形を敷きつつあったのだ。無論、大型空飛艦も配備している。
「明朝、総攻撃を開始する。余も――パラノイアで出るぞ」
「で、ですが、陛下が御自ら戦場に立たれるなど……!」
「今までも散々出ておったろう? それに擬態とはいえ、幾度も奴等にやられたのでな。仕返しの一つも、してやりたいのだ」
「ま、万が一のこともござりますれば……」
「くどい。余が留守の間に、貴様等は国土の復旧方法でも考えておれ」
―――
翌朝、太陽が昇る前にマッティアは城門を開き、赤と青が混在する艶やかな魔導甲殻を繰り出した。それはまさに、自身が駆るパラノイアである。
パラノイアの形状は、他に比べれば幾分細い。しかし特筆すべきは盾の形状であろう。
全身を覆える程に巨大化する盾は、中央部分が上下に割れて左腕と一体化し、そこから巨大な砲身が現われるのだ。
そして今、マッティアはその能力を最大限引き出そうと、自らの魔力も高めていた。その攻魔力は、実に八〇〇〇〇である。
「魔導砲――展開」
朝靄の中、マッティアはモニターに映し出される黄色の大型飛空艦を捉えた。
大地に魔導甲殻の両足をしっかりと固定し、盾を前面に出して上空を狙うその姿は、荘厳とさえ思える。
そして黄金色の魔力が一閃――ドゥ――と音を発すると、アントネスクが誇るヴィングスコルニル級飛空艦の艦底を貫いた。
黄色の艦体から炎が上がり、瞬時に黒煙に包まれる。その後は、爆発だ。未だ太陽が昇りきらぬ空に、光球が生まれて辺りを照らす。だがそれはすぐに収まって、代わりに火線の応酬が始まった。
アントネスク軍は通常兵力を後方へ下げ、すべての魔導甲殻騎兵を正面のパラノイアへ向ける。
ブルクハルトはパラノイアを見て、尋常ならざる相手だと直感した。だからこその判断だし、その判断は間違っていない。何故なら、自らもティターンを駆り、直ちに出撃したのだから。
しかし問題は、マッティアの策である。
ブルクハルトが全主力を正面へ向けると、リヒテンシュタインの城門から次々に魔導甲殻騎兵が現われた。
まさに決戦だとブルクハルトとデルフィーノが思った、その矢先――。
背面と左右両翼の後方から、新たな火線が迸った。
小型艦艇が次々と撃墜されてゆき、通常兵力は蹂躙される。
「くっ! マッティアめ! まんまと!」
ブルクハルトはまさにパラノイアへ突進させていたティターンを止めると、後方の援護に回る。
全軍を壊滅させる訳にはいかなかった。
一方で、デルフィーノはロンギヌスの肩に備えた魔導砲を展開させる。
「砲撃戦なら、私の方が――」
”ロンギヌス”は”アストラ型”の純正進化系であり、デルフィーノ専用に特化していた。
特徴としては、背面に備えた二つの魔導核により、二倍の出力を誇る砲撃を可能にしている。そして装甲に風竜王の鱗を使っているので、各段に防御力が高かった。
ただ問題点が一つあって、竜王の鱗ともなれば、迂闊に塗装することも出来ない。故に、何処へいても目立つ、空色の爽やかな魔動甲殻になってしまったことである。
”ドゥ――ドドドドドゥ”
ロンギヌスの砲口が、火を噴いた。
それも速射砲のように、十発の光弾がマッティアの駆るパラノイアを襲う。
が――パラノイアは砲身の形状を盾に戻すと、重心を落とし、凄まじい勢いで”ロンギヌス”に迫った。
「ふん――余が遠距離戦など、好むと思うか? 艦を落とす事など、所詮は余興――愚弟め――まずは余が自らの手で、お前に引導を渡してやろう」
デルフィーノの目には、禍々しい色のパラノイアが映る。パラノイアの背後には、数騎の魔導甲殻騎兵が続いていた。彼らの騎体は全てが漆黒で、肩口にそれぞれ「Ⅵ」「Ⅶ」「Ⅷ」と、白地の印字がされている。
「ちっ、位階騎士まで従えて――」
デルフィーノもロンギヌスの肩に乗せた巨砲を背面へ畳むと、剣と盾を展開させて格闘戦に備える。
無論、彼の周囲にも彼の位階騎士はいた。
しかし、その全てがマッティアと、彼の位階騎士に両断されてゆく。
「これほどか――」
デルフィーノが絶望の淵に沈みそうなとき、真紅の騎体が彼とマッティアの眼前に立ちはだかるのだった。




