番外編 狸とお散歩!
9/2 誤字を直しました。
「櫟君、今日も可愛いね」
フワフワの白い毛を撫でながら、私は引っ越し先の近くにある湖の周りを散歩する。
今日の櫟は、私の要望で狸姿だ。近くにあったベンチに腰掛けて、お弁当を広げる。
櫟曰く、「近くに人間以外の気配はない」そうなので、お店は閉めていても大丈夫だ。ここからなら、店の入口も見えるしね。
ただ、お店は普通の「人間」には見えないらしい。以前のお店もそうだった。
私は人間だけれど、櫟の嫁だからという理由で店が見えていたそうだ。
お弁当の中身は、櫟が作ってくれたサンドウィッチだ。さすが櫟、とても美味しそうである。
櫟は狸姿のまま、サンドウィッチの角っこををモグモグしている。可愛いので、彼が食べやすいように小さく千切って口元へ持って行ってあげた。
「はい、櫟君。あーん」
白狸は嬉しそうに尻尾を立てながら、サンドウィッチを食べた。ああ、可愛い……
しばらくすると、櫟は私の膝の上で気持ち良さそうにお昼寝を始めた。私はお弁当を片付けて、櫟をナデナデする。きっと、今の私の顔は、どうしようもなく緩んでいるだろう。
「あのーう?」
後ろから遠慮がちに声をかけられたのは、そんなときだった。
振り返ると、見知らぬ男性が立っている。
年は私と同じくらいだろうか。短い黒髪に日に焼けた肌を持つ健康そうな青年だった。
「何かしら?」
「いえ……この辺りで見かけない人だなと思って。可愛い犬ですね」
私の膝の上を指して青年が言った。たしかに、丸まっていると犬に見えなくもない。
「この子、狸なの」
「へえ。珍しいな、白い狸なんて。俺、動物が大好きなんですよ」
青年は、スペースの開いていた私の隣に無言で腰掛ける。膝の狸がピクリと動いたような気がした。
「観光ですか?」
「いいえ、私はこの近くに住んでいるの。この子も」
私はそう答えて、櫟を撫でる。
「へえ、服装が都会っぽい人だなと思って。ハイヒールで湖を歩くって珍しいし」
ああ、そうか。以前働いていたときの服をそのまま活用しているだけなのだが、変に目立ってしまっていたようだ。
「俺、新庄って言います。この近くのホテルで働いていて。あの、もし良かったら……」
「ガルルルル!」
いきなり近くで上がった唸り声に、私も新庄もビクリと動きを止める。
恐る恐る下を見ると、いつの間に起きたのか、緑色の目を吊り上げた白狸が牙を剥いていた。
「櫟君……」
「ガウゥーッ!」
新庄に向かって、吠えまくる櫟。私はそんな白狸を抱き上げて、その場を立ち去ることにした。
「ご、ごめんなさい。この子、ご機嫌ナナメみたいだから。もう行かなきゃ……!」
私は、櫟と弁当を入れていた鞄を持って一目散に店へと帰るのだった。
※
「薺さんの浮気者! 何だってあんな男を隣に座らせたりするんですか! あいつ、下心見え見えじゃないですか!」
店へ入った瞬間、白狸は人型になった。そこからは、クレームの嵐だ。
「ごめん。ただの動物好きの人かなって……」
「ペットを話題に使うのは、ナンパの常套手段ですよ!」
怒りが収まらない様子の櫟は、新庄に対する罵詈雑言を並べ立てている。櫟君って、時々言葉が荒くなるんだよね……薄君の前でとか。
それにしても……まっすぐお店に帰って来ちゃったけど、大丈夫だったのだろうか。
店って、普通の人には見えないみたいだし、急に消えたと思われていたりしないよね。
「薺さん! 聞いているんですか!」
「は、はいっ」
「聞いていませんね。はぁ……」
溜息をついた櫟は、キッチンの奥に行くと冷蔵庫からプリンを二つ取り出した。
「用意していたデザートです」
「わぁ、美味しそう! ありがとう、櫟君!」
「……ずるいな。そんな顔されちゃ、これ以上怒れない」
ゆったりした時間が流れる店内で、私と櫟は優雅にデザートを食べた。櫟の焼きプリンは、絶品だ。
後片付けをした私は、櫟とソファー席で隣り合って座る。
少し彼にもたれ掛かってみると、櫟は嬉しそうに私を抱き寄せてくれた。
「薺さんを抱き締めていると落ち着きます。また眠くなってきました」
「私も。櫟君の近くが好き」
そのままま、二人で昼寝する。ゆったりとした午後だ。
以前の暮らしでは考えられない生活である。
こんな穏やかな日々がずっと続けば良いと思いながら、私は櫟の頬に静かに口づけた。
ここまで、読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m




