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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
Chapter4:緋線の剣闘士
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シロガネヒイロ

 月が変わって六月。さすがに熱くなってきたため夏服が解禁され、職員室ではエアコンが使われ始めた。

 そして今日は誰もが気落ちする週の初めの月曜日。ようやく訪れた昼休みに腹を空かせた生徒たちが会話に花を咲かせながら各々の昼食を口に運ぶ。


「はぁ……」


 そんな中、蒼也は完全に癖になってしまった大きなため息を吐きながら昼食も食べずにぼーっとしていた。

 結局喫茶店で輝明に焚きつけられた紅音と恵美は矛盾世界での戦いに参加することとなり、蒼也と輝明を含めた四人でチームを組むこととなった。

 その後、蒼也は反論することもなく、そのまま解散となった。恵美は輝明に矛盾世界での戦い方を学ぶとの事で二人して矛盾世界に消えたが、紅音は何も言うことなくサッサと家に帰った。


「……僕は間違ってたんだろうか」


 紅音を無意味な戦いから助けるために、恵美を理不尽な暴力から助けるために、蒼也は行動を起こした。だというのに結果は真逆で二人を戦いに導いてしまった。

 人助けなんて柄でもないことをするからだ、と心の声が囁く。

 この戦いを終わらせる。蒼也の目的はそただそれだけで、それ以外は余分なのだ。そもそも世界を作り直すのだから人助けに今はない。助けたことすら改変されるのだから。改変されて全てが覆されるなら、極端な話、目につく全ての矛盾者を殺した方が効率はいい。

 しかし、蒼也にはそこまで冷徹になりきることはできなかった。ケンジとの戦いもそうだった。結局は紅音に説得されてケンジを殺すことができなかった。

 普段はできるだけ冷たく、論理的な行動に勤めているが、根っこのところで甘さが出てしまう。

 紅音を見捨てることができず助けてしまい、ケンジを殺すことに対する恐怖を紅音に自覚させられた。紅音を見ていると、これ以上ない程の己の弱さを突きつけられる。

 行き場のない想いに再びのため息を吐こうと息を吸った瞬間、猛烈な勢いで背中を叩かれた。


「ワッショーイ!」

「ワッショーイ!!?」


 驚きのあまり蒼也は咄嗟に復唱してしまう。

 しまった、なんて間抜けな声を出してんだ。と慌てて口を抑えるも後の祭り。これはイタズラの犯人である後ろの席の佐々木清春に馬鹿にされるに違いない。無視するのが一番手っ取り早いが、文句の一つも言わないと気が済まないのも確かなので渋々後ろを振り向く。

 しかし、意外なことに清春の表情は真面目そのものだった。


「……なんかあった?」

「それはこっちのセリフだ。昼飯も食わないでどったーのさ? 表情、暗いぜ」


 清春の気遣いに蒼也は目を丸くして、存外鋭い眼を持っているみたいだ、と感心する。


「いや、なんでもないよ」

「そっか。それならいいんだけど」


 ひょいと卵焼きを口に含んだ清春はそれ以上質問をしてこなかった。

 踏み込みすぎず、離れすぎず。遠すぎず、近すぎず。奇妙な距離感だが悪い気はしないな、と蒼也は珍しく頬を緩めた。

 曇っていた心が多少マシになったところで蒼也はようやく空腹を自覚して昼食を始めようと前を向いた。ウジウジと考えていても仕方がない。それよりも今は次に何をすべきかを考えなければならない。とりあえず今は昼飯を食べよう、そう思って弁当の蓋を開けようとした、その瞬間……背後からまたも清春がボソッと、笑いをこらえながら言ったのだった。


「くく……ワッショーイ、か……あのクールな蒼也から貴重なもんが聞けたなぁ。あ、もちろん録音してるZE☆」


 バキン、と蒼也の持つ割り箸が真ん中から折れた。「あぁ、生まれてから、まだなに一つ挟んでないのに……無念」と、割り箸はその存在意義を果たせずに成すすべもなく机を転がる。

 蒼也は死んだ割り箸に固く誓った。この外道道化師は後で必ず絞め殺す、と。

 清春は戦いの覚悟をした。蒼也が俺を絞め殺すのが先か、「ワッショーイ」録音データを蒼也ファンクラブ(仮)に売り渡すのが先か勝負だ、と。

 そして蒼也の右隣の席のおかっぱ女子……蒼也ファンクラブ(仮)会員ナンバー01(ゼロワン)にして唯一の会員兼会長の田中明子(あきこ)は確信した。なけなしの小遣いをはたいて清春に蒼也の声を録音して欲しいと頼んだのは間違いではなかった、と。そして自分を蒼也の隣の席へと導いてくれた運命の女神は確かに存在する、と。

 果たして「ワッショーイ」録音データの行方は如何に……!?



 ◆



 そうして何事もなく(二年のとある教室では色々あったがそれはそれとして)全ての授業を終えた学生たちはようやく放課後を迎えた。

 部活も委員会も所属していない紅音と恵美、そして高校に通っていない輝明は校門で蒼也の到着を待っていた。

 二体目の《矛盾獣パラドックス・モンスター》の討伐以来、いつの間にか校門前で待ち合わせることが定着していた。別に紅音としては恵美と帰れればなんでもいいのだが、輝明は暇を持て余しているので暇つぶしにちょうどいいのだろう。蒼也は流れに乗っているだけ、といったところだろう。


「で、あいつはなんで集合遅れてるんだ?」

「ワッショーイがどうとか言ってたけど……よく分からなくて〜」

「ワ、ワッショーイ? どういう意味だ……紅音は何か聞いてるか?」

「残念だけどなにも聞いてないわ」


 と、サラッと嘘を吐く。清春の左後ろの席に座る紅音には事の全てが見えていたのだ。一つ貸しよ、と心中で紅音は呟いた。

 それから三人は蒼也の到着を待った。恵美は紅音とではなく、珍しく輝明と会話を弾ませていた。どうやら矛盾世界での戦いの基礎知識を教えてもらっているようで、それならば仕方がないと紅音は若干の嫉妬心を抱きながらも納得することにした。

 そして、それはぼーっと過ごすこと数分後の出来事だった。


「すまない。少々尋ねたいことがあるんだが、質問いいだろうか?」


 紅音は一人の青年に声をかけられた。身長は百七十後半ぐらいか。緋いラインの入った白地のジャージを着ていて、さすがに暑いのか袖は肘まで捲り上げている。緋色の髪は額にバンダナを巻いている事もあってか無造作に天へと向かっている。

 紅音はジャージを見て青年を他校の運動部員の三年生だろうと適当に推測する。


「大丈夫ですよ」

「ありがとう。この学校の二年の生徒を探しているのだが……と、その前に二年生の生徒の事は分かるだろうか?」

「私も二年なのでだいたいは分かります。たださすがに全員は把握できてません」

「構わない。分かる範囲で教えてもらえれば助かる。教えて欲しいのは三人だ」


 青年はポケットからメモ帳を取り出し、最初のページに書かれた生徒の名前を読み上げる。


「矛峰蒼也。盾宮紅音。舞草恵美……今どこにいるのか知っているか?」

「えっ!?」


 驚き、反射的に声を出してしまう。青年の探す三人の名前は輝明を除いた在校の矛盾者だった。偶然のはずはない。この青年は矛盾者を探しているのだ。

 紅音は考える。なぜ現実世界で接触してきたのか、なぜ私たちを探しているのか、輝明と恵美に知らせた方がいいのか、二人は逃した方がいいのか────ダメだ、時間が足りない。思考するための時間が足りない!


「なにか心当たりがあるのか?」

「……え〜と。あ、ちょっと待って下さいね」


 淡々と問う青年に紅音はケータイを取り出して連絡先を見るフリをする。少しでも時間が稼げれば何か対策が思いつくかもしれな────、


 家

 おじさん

 おばさん

 学校

 蒼也

 恵美

 以上。


 ……もう少し、もう少しどうにかならなかったのか、私よ。一ページも埋まらない電話帳欄に絶望感を感じた高校二年の夏だった。

 青年は紅音のこの世の終わりみたいな表情を見て「大丈夫か?」と心配してくれた。それも今まで堅苦しく真面目な表情を貫いていたのに、この時だけすごく気遣うような表情で。

 紅音は絶望を心に抱えながらも、このやり取りのうちになんとか策を考えついた。


「あの、失礼ですけど三人にはなんの用事があるんでしょうか。それが分からないのに友人を紹介することは少し……」

「ああ、そうだったな。それに自己紹介もまだだったな。申し訳ない、これでは信用しろという方が無茶な話だな」


 青年はメモの入っていたポケットとは別のポケットから生徒手帳を取り出して紅音に見せた。


「俺は東高三年で生徒会長を勤めている白金(しろがね)緋色(ひいろ)だ。今日は先ほど話した三人と話をしたくて来させてもらった」

「話の内容は聞いてもいいですか?」

「すまない。部外者に話すことは極力控えたいことなんだ。これで信じてくれ、と言うのは烏滸(おこ)がましいとは思うが……これ以上の説明はできない。申し訳ないが、今の情報だけで判断して欲しい」

「……」


 そう言われれば紅音としても粘るのは難しい。矛盾者としてなら彼の言葉を断るのは当然なのだが、一学生の立場からすれば教えない方が不自然なのだ。

 それに加えて紅音の直感はこの青年は危険な存在には思えなかった。少なくとも蒼也や輝明よりもまだ人間らしい思考をしている、ように思える。

 結果、紅音は大人しく白状することにした。信頼はできないが話をするぐらいなら構わないだろう。


「分かりました。恵美を呼んできます。蒼也は今どこで何してるのか分からないので、連絡を取ってみます」

「いや、どこにいるか教えてもらえれば俺が行こう。君の手を煩わせるのも申し訳ない」

「気にしないで下さい。すぐそこなので」

「そう言うことなら、お願いしよう」


 そして五秒後、すぐ近くにいた恵美を呼んだ。ついでにこの高校に在校していないから探し人から省かれたであろう輝明も呼んでおいた。


「思っていたよりも近い……というか目の前にいたとは」

「こっちが恵美で、もう片方はおそらく蒼也とは別に貴方が探しているであろう輝明です」

「はじめまして〜」

「どうもー」

「ど、どうしてそれを?」

「それは私が盾宮紅音だからです」

「なん……と……」

「そして僕が矛峰蒼也です」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」


 紅音たちの背後からニョキッと生えてきた蒼也を含め四人が出揃った。この怒涛の展開に青年の頭は少々パンク寸前まで追い詰められた。

 そんな青年を余所(よそ)に蒼也は話を始める。


「みんな、遅れてごめん」

「何してたのよ」

(しつけ)


 ワイワイと盛り上がる四人の声に青年はようやく正気を取り戻した。


「突然呼び出してすまない。盾宮さんには先ほど名乗ったが、改めて自己紹介をしよう。俺は東高三年、生徒会長の白金緋色だ。お察しの通り矛盾者……より正確には《頂きの十人》の一人だ」


 青年はポケットから生徒手帳を取りだして自身の写真と生年月日が掲載されているページを開けて紅音たちに見せた。


「俺は君たちと話をするために来た。君たちの願いについての話を」


 瞬間、蒼也と輝明を纏う空気が変わる。日常から非日常へ、平和から争いへ。

 今再び、矛盾者たちの意志はぶつかり合う。

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