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第一話 魂を移す鏡

はじめまして。本作を見つけてくださり、ありがとうございます。


勇者アレンと魔王の娘リリア。

二人の人生が交差するTS物語を、楽しんでいただけたら嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

今にも崩れそうな、魔王城の最奥で、勇者アレンの聖剣と魔王ヴァルガスの大剣が激突した。


白と黒の魔力が弾け、謁見の間の柱が次々と砕けていく。


「ここで終わりだ、魔王!」


「笑止。人間の若造が、我を倒せると思うたか!」


振り下ろされた大剣を、アレンは聖剣で受け止めた。


凄まじい衝撃が腕を伝い、石床が二人の足元からひび割れていく。


十六歳の勇者アレン。


幼いころから教会に育てられ、魔王を討つために剣を握り続けてきた青年だった。


魔王を倒す。


それこそが勇者である自分の使命だと、何度も教えられてきた。


対する魔王ヴァルガスも、一歩も退かなかった。


長く続いた人間と魔族の戦争。


互いに多くのものを失い、もはや二人の間に、言葉で戦いを止める余地はなかった。


その光景を、玉座の陰から見つめている少女がいた。


魔王の一人娘、リリア。


まだ十歳の、小さな角を持つ少女だった。


このままでは、どちらかが死ぬ。


勇者が死ぬのか。


父が死ぬのか。


十歳のリリアには、そんなことは分からない。


ただ一つだけ分かっていた。


父を失いたくなかった。


幼いころ、リリアは母を失った。


人族と魔族の争いで負傷していた人族を助けようと、母は迷わず手を伸ばした。だが、その時、戦いで傷んでいた建物が突然崩れた。母を狙った者がいたわけではない。ただの事故だった。母は瓦礫に巻き込まれ、そのまま帰らぬ人となった。


挿絵(By みてみん)


その日からリリアは、争いが続けば人族も魔族も命を落とすのだと知っていた。


父が勇者と戦うと知ったリリアは、二人を止める方法を探して、王家の宝物庫から《転魂の鏡》を持ち出していた。


古くから魔王家に伝わる、二人の魂を入れ替える禁忌の魔道具。


ただ、二人の魂が入れ替われば、少なくとも今のように戦い続けることはできなくなる。リリアはそう信じていた。


「お父さま……」


震える声が漏れる。


ヴァルガスの大剣が、再び聖剣とぶつかった。


「リリア! 出てくるな!」


戦いの最中だというのに、ヴァルガスの声が飛んだ。


「部屋へ戻っていろ! ここは危険だ!」


その一瞬だった。


娘へ視線を向けたヴァルガスの隙を、アレンは見逃さなかった。


「戦いの最中によそ見とは!」


聖剣が白く輝く。


ヴァルガスはとっさに大剣を構えたが、受け止めきれない。


巨体が後方へ弾き飛ばされ、玉座の階段へ叩きつけられた。


「お父さま!」


リリアが悲鳴を上げる。


「来るな!」


ヴァルガスは血を拭いながら立ち上がった。


「我は魔王だ。この程度で倒れはせん!」


そう言って笑った父の姿を見ても、リリアの震えは止まらなかった。


リリアは胸に抱いた《転魂の鏡》を強く握りしめた。


本来なら決して触れてはならないもの。


幼い彼女は、その魔法の意味をすべて理解していたわけではない。


ただ――二人が戦えなくなればいい。


そうすれば、誰も死ななくて済む。


幼いリリアが考えられたのは、それだけだった。


アレンが聖剣を構える。


ヴァルガスも大剣を握り直した。


次の一撃で、決着がつく。


そう感じた瞬間――リリアは走った。


「お願い……もう、戦わないで!」


「リリア!?」


「馬鹿、来るな!」


アレンとヴァルガス。


二人の声が初めて重なった。


リリアが二人の間へ飛び出した瞬間、振り下ろされた聖剣の光が鏡を貫いた。


鏡面に亀裂が走る。


リリアの瞳に、勇者アレンの姿が映った。


そしてアレンの瞳に、泣いているリリアの姿が映った。


次の瞬間。


世界が、裏返った。


     ◇


挿絵(By みてみん)


音が消えていた。


アレンは冷たい石床に手をついた。


身体が妙に軽い。


いや――軽すぎる。


視界も低い。


何が起きた。


そう思いながら顔を上げて、アレンは息を呑んだ。


目の前には、自分自身が倒れていた。


いや、違う。


床に転がっているのは、十六年間見慣れてきた自分の身体だ。


金色の髪。


傷だらけの鎧。


何度も死線を越えてきた両腕。


間違えるはずがない。


だが、その身体は怯えた子供のように目を見開いていた。


「……え?」


自分の口から出た声に、アレンは固まった。


少女の声だった。


アレンは恐る恐る自分の手を見る。


小さく、白い。


剣を握り続けて硬くなった自分の手ではない。


細い指の先には、淡い紫色の爪がある。


震える手で額に触れると、そこには二本の小さな角があった。


「まさか……俺が、魔王の娘に……?」


口からこぼれたのは、やはり少女の高い声だった。


「わ、わたし……?」


向こうから、聞き慣れた声がした。


自分の声だ。


アレンが顔を上げる。


勇者アレンの身体が、自分の両手を見つめていた。


大きな手。


鍛えられた腕。


そして床に落ちた聖剣の刀身に映る、十六歳の少年の顔。


その顔が、泣きそうに歪んだ。


「これ……わたしじゃない……」


アレンは目を見開いた。


「お前……リリアなのか?」


勇者の身体がこちらを見る。


「あなた……勇者さま……?」


二人はしばらく、互いの姿を見つめた。


自分の身体の中に、別の誰かがいる。


そして自分は、その相手の身体にいる。


理解したくなくても、目の前の光景が答えを突きつけていた。


「もしかして……入れ替わったのか……?」


アレンの呟きに、リリアの顔――今はアレン自身の顔――が青ざめる。


「お父さま……!」


リリアは父のもとへ駆け寄ろうとした。


けれど、十歳の少女だった彼女には、突然手に入った大人の身体をうまく動かせない。


一歩踏み出しただけで重心が大きく揺れ、リリアはよろめいた。


倒れまいとして、とっさに床へ手を伸ばす。


その先にあったのは、先ほどアレンが取り落とした聖剣だった。


指先が柄に触れた瞬間――


「きゃあっ!」


白い光が弾けた。


聖なる光が魔族の魂を拒絶し、リリアの手を焼く。


リリアは反射的に手を引いた。


「痛い……お父さま……!」


その声に、魔王ヴァルガスの動きが止まった。


「……何?お父様?」


自分へ助けを求めているのは、憎むべき勇者の姿をした青年。


その向こうには、娘の姿をした少女がいる。


だが、娘の身体から聞こえてきた言葉は――。


「待て! 違う、魔王! 私は――」


轟音が響いた。


戦いで傷ついていた天井が崩れ始めた。


巨大な石塊が、三人の間へ落下する。


「リリア!」ヴォルガスがいう


「お父さま!」アレンの姿のリリアが叫ぶ


「くっ、待て!」リリアの姿のアレンがうろたえる


土煙が視界を覆った。


人間の騎士たちが謁見の間へ飛び込んでくる。


「勇者様!」


彼らが見つけたのは、床に倒れた勇者アレンの身体だった。


「ご無事ですか!」


「ち、違うの! わたしは――」


「勇者様をお守りしろ! 魔王城が崩れるぞ!」


混乱するリリアの言葉など、誰も聞いていなかった。


騎士たちにとって、目の前にいるのは紛れもなく勇者アレンだった。


「待て! そいつを連れていくな!」


アレンは叫び、駆け出そうとした。


だが、足がもつれた。


これまでの半分ほどしかない歩幅。


剣を振るうため鍛え上げた身体とはまるで違う。


ほんの少し前までなら飛び越えられた瓦礫が、巨大な壁のように目の前を塞いでいる。


「勇者さま!」


自分の声で、リリアが叫んだ。


アレンは顔を上げる。


「リリア!」


二人の手が伸びる。


だが、その間を崩れ落ちた柱が遮った。


「転移術式、起動!」


「待って! お父さま! アレン!」


魔法陣の光が人間の騎士たちを包む。


「くっ、リリア!」


アレンの叫びも届かない。


次の瞬間、勇者の身体と騎士たちは光の中へ消えた。


「……そんな」


アレンは瓦礫の前に膝をついた。


自分の身体が連れていかれた。


その中には、魔王の娘がいる。


そして自分は――。


小さな手を見る。


魔王の娘の身体に、取り残された。


挿絵(By みてみん)


「リリア!」


背後から瓦礫が弾け飛んだ。


魔王ヴァルガスだった。


傷だらけになりながらも、彼は真っ先にアレンへ駆け寄ってくる。


「怪我はないか!」


「待て、私はリリアではない! 勇者アレンだ!」


ヴァルガスが目を瞬かせた。


「何を言っている?」


「鏡だ! あの鏡で入れ替わった! お前の娘は私の身体に――」


再び天井が崩れた。


ヴァルガスはとっさにアレンを抱き上げ、自分の背中で落石から庇った。


「……よほど恐ろしかったのだな」


「違う! 話を聞け!」


「分かった、分かった。話なら安全な場所でいくらでも聞いてやる」


「だから私は勇者――」


「もう大丈夫だ」


ヴァルガスの太い腕が、小さな身体を強く抱き締めた。


「父がついている」


アレンは言葉を失った。


父。


その言葉は、アレンにとってひどく遠いものだった。


父親の顔を知らない。


母親の顔も知らない。


物心がついたころには教会にいた。


剣の才能があると分かってからは、勇者として鍛えられた。


剣を振れ。


魔法を覚えろ。


人々を守れ。


魔王を倒せ。


よくできたと褒められたことはある。


期待されたこともある。


けれど――。


ただ生きているだけで、こんなふうに抱き締められた記憶はなかった。


「離せ……」


アレンは小さな手でヴァルガスの胸を押した。


だが、思ったほど力が入らない。


「私は……お前の敵だぞ」


「何を言っている。お前は我の娘だ」


あまりにも迷いのない声だった。


「違うと言っているだろう……」


「今はそれでいい」


ヴァルガスはアレンを抱いたまま、崩れゆく謁見の間を歩き始めた。


「怖かったのだろう。もう何も心配するな」


アレンは反論しようとした。


だが、言葉が出てこなかった。


敵であるはずの魔王の腕は、腹立たしいほど温かかった。


挿絵(By みてみん)


     ◇


砕けた《転魂の鏡》の破片は、アレンとリリアの手元に一片ずつ残った。


入れ替わりから数日後の深夜。


人間の王都。


王城の客間で、アレンの姿をしたリリアは、手元に残った鏡片を見つめていた。


知らない部屋。


自分のものではない身体。


父のもとへ帰りたいと願っても、その方法さえ分からない。


リリアは、鏡片にそっと手を伸ばした。


同じころ、魔王城でも。


リリアの姿をしたアレンが、元に戻る手がかりを探して、鏡の破片へ触れていた。


遠く離れた二人の指先が、同時に鏡面へ触れる。


その瞬間。


鏡片に、淡い光がともった。


「この光は一体?……もしかしてリリアか?」


静かな客間に、幼い少女の声が響いた。


リリアは息を呑んだ。


自分の声。


けれど、その声で自分を呼ぶ相手は、一人しかいない。


「もしかして、アレンさま……?」


魔王城の一室で、アレンも目を見開いた。


手の中の鏡片から、自分の声が聞こえていた。


二人はしばらく、言葉を失ったまま鏡片を見つめた。


離れ離れになった相手が、そこにいる。


その声だけが、今は何より確かなものに思えた。


遠く離れた二人の手元で、鏡片が同じように輝いていた。


それがこの先の長いあいだ、二人をつなぐ手掛かりになることを、このときの二人はまだ知らなかった。


勇者アレンは、魔王の娘リリアとして。


魔王の娘リリアは、勇者アレンとして。


二人は、互いの身体と名前を背負ったまま、生きていくことになったのだった。

第一話をお読みいただき、ありがとうございます✨

最初に作品を思いついたのは、もし、魔王の娘が、勇者と入れ替わると面白いんじゃ無いかという考えでした。


それから設定を考え、気がついたらひとつの作品が出来上がっていました。


さて、互いの身体と名前を背負うことになったアレンとリリア。

二人がこれから何に戸惑い、どんな運命に出会うのか、見守っていただけたら嬉しいです。


続きが気になりましたら、ブックマークしてお付き合いください。

また次のお話でお会いしましょう。

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