護るための枷
俺が初めて参加した評議会から、三ヶ月。
数回の評議会を重ねた結果、その作戦はあまりにも敵を舐めているとしか思えない戦略だった。
『スーザコア、ルキシア密輸阻止作戦』
通称、影縫い作戦
この作戦のための、国の精鋭部隊が編成された。
ヴァルター、ザルヴェイン、マルティア、アストリックス、他経験豊富な隊員二名、そして俺──総勢七名。
この隊に俺が入っていること、それを彼らは簡単な実戦訓練だと言っていた。
予測される敵の数は二百。
スーザコアの密輸ルートは、森や河川で複雑に入り組み、逃走経路は複数ある。
限定とはいえ、ルキシア、スーザコア双方の拠点となる一帯を襲撃し、スーザコア全体を占領下に置く計画──
素人の俺から見てもお粗末な戦略としか見えなかったのだが──
俺はこの日、現実を目の当たりにすることになる。
夜の闇がルキシア地区の倉庫街を覆っていた。
俺たち総勢七名は、密輸現場に静かに接近していた。
建物の陰に身を潜め、その時を待つ。
ザルヴェインが目の前に、小さく画面を浮かび上がらせデータを参照し、アストリックスが敵の視界を遮る幕を放出。
マルティアが事前に送り込んだ諜報員の視界にアクセスし、そのルートを追いながら部隊へ伝達する。ヴァルターがそれを元に淡々と支持を出していく。
掲げていた左手を下ろし、マルティアが低く声を落とす。
「潜入していた諜報員には、ルートを外れるよう指示を出した。──間もなく、来る」
皆が一斉に静止し、ヴァルが部隊を一瞥する。
「……準備はいいか」
倉庫の扉が開き、武器が運び込まれていく。
ヴァルの合図で、俺たちは躊躇なく突入した。
一斉に向けられる銃口、飛び交う散弾。
だが、守護術を前に全ての銃弾が弾かれていく。
アストリックスの詠唱と共に、密輸品は次々と俺たちの足元へと吸い寄せられる。
銃声が止み、恐怖に凍った敵の目が俺を見上げた。
マルティアが、低く冷ややかに告げる。
「王命違反及び禁制武器密輸の罪により、貴様ら全員、ただちに拘束する」
弾切れした密輸者が、突然、声を上げながら俺たちに突進してきた。
その瞬間、地面が爆ぜた。
一瞬だった。
周囲、全てが吹き飛んでいく。
その光景に目を伏せ、俺は半壊した倉庫から飛び出した。
瓦礫の間から息のある一人が、顔を挙げた。
震える手で、俺に銃口を向ける。
狙われている──怖いはずなのに……後ろから追ってきた精鋭部隊の気配に、俺は別の恐怖を抱えていた。
……逃げて
目の前の若き青年に、俺は必死に目で訴える。
だけど──
バンッ!
「……ゔっ」
彼は、俺の足に銃弾を撃ち込んだ。
痛みに顔を歪ませつつ、俺はすぐに防護守護術式を展開する。
俺の周囲に透明のバリアが瞬時に張られる。
「大丈夫?ギルちゃん。痛そう」
戦場に似つかわしくない間の抜けたアストリックスの声。
俺は俯いたまま回復魔法を足元に放った。骨に埋まった銃弾がはじけ飛び、ゆっくりと治癒していく。
バンッ!バンッ!……バンッ!
銃弾の音が、夜の闇に虚しく消えていく。
俺の背後でヴァルやマルティアが静かに動く気配がした。
先の展開が予測でき、俺は顔をしかめて目を瞑った。
そして、辺り一帯に激しい爆音が鳴り響き、次に俺が目を開けた時、目の前には──何も残っていなかった。
放心している俺の肩に、ヴァルが手を添えた。
「ギル様、次の現場に向かいます」
その瞬間、視界が歪み、足がふわりと地面から離れた。鋭い風切り音が耳の奥で鳴り響き、気づけば周囲の景色が変わっていた。
「……おぇ」
激しい吐き気が込み上げ、座り込む。
急激な空間移動に身体が耐えきれずに、俺は吐き戻した。
何度体験しても、この感覚には慣れない。
改めて周囲を確認した瞬間、息をのんだ。
全てが焼き払われていた。そこにあったであろう建物も居住地も何もかも。建物は瓦礫となり、煙と埃が立ち込めている。
現場には、もはや動く者はいなかった。
その中央の瓦礫の上に佇んでいたザルヴェインが首を軽く捻り、こちらへと歩み寄る。
「密輸拠点のここ一帯は、駆除を終えました……。あとは、残りの隊員が民の逃げ道を封じ、スーザコアを徹底的に掌握する段取りです……」
その後もヴァルに連れられ、俺はスーザコア地区を回った。
民には極力危害は加えない。それが最終的に決定された今回の方針だった。
……そう、聞かされていた。
だが──やり方は壮絶だった。怯え逃げ惑う人たちを、いとも簡単に見えない縄で拘束する。
彼らの顔には恐怖が刻まれ、叫び声がこだまする。
マルティアに向かってきた一人の男。
襲いかかる直前、その足元の床がぐにゃりと歪んだ。
彼を取り押さえたマルティアは手を掲げ、その背に赤く輝く印を焼き付けた。
俺は、思わず後ずさった。
痛みに顔を歪ませ、呻く男。
彼が刻まれたものは、恐怖と屈伏、永遠に残る反逆者という烙印だった。
誰が密輸に関与しているかなど知り得ない。
国家の安全のためには、地区ごと制圧する。それが彼らの考え方だ。
……そんなの、俺にはまだ理解できない。
したくもない。
圧倒的だった。
魔力を持つ者と持たぬ者──結果、武装した三百名の敵に対し、こちらはたったの七名。
その全てが実質無傷のまま、短時間で作戦を遂行させた。
城に戻ったあと、ヴァルの案内により、俺は王とガルディスの元へ向かった。
ヴァルは、王の前で跪いた。
俺は……俯いたまま、ただ立ち竦んでいた。
ヴァルが、静かに口を開く。
「影縫い作戦、完了しました。密輸拠点は制圧済みです。敵勢力はおよそ三百名、戦闘員の生存者は現時点で確認できておりません。民はすでに拘束しており、スーザコア地区は掌握済みです」
ガルディスは目を細め、淡々と資料をめくる。
「三百……当初の想定と大きく違うようだが?」
「敵は我々の襲撃を予測し、兵力を増強していたようです。ですが、作戦は問題なく遂行しております。ルキシア地区、スーザコア地区、全てのルートを封鎖済み。逃走者はおらず、残りの隊員が最終確認しています。密輸品も全て押収しました」
「我が国の損害は?」
「我々の犠牲はありません。隊員全員無事です」
王は、ゆっくりと頷いた。
「よくやった、ヴァルター。ギルバートも初任務ご苦労であった。即刻、職務に戻れ」
「はっ」
ヴァルが返事をする隣で、俺は拳を硬く握りしめ震えていた。
……なんで、多くの人が死んでんのに、ここはこんなに静かなんだよ。
あんなの、戦いじゃない。一方的過ぎる。
「……ですか?」
気づけば俺の震える声が、部屋の空気をも震わせていた。
瞬時に、ヴァルが俺を見上げ、腕を掴んだ。
俺は彼を睨みつけ、その手を振り払った。
王の口角が上がり、俺を見据える。
「まだ、報告があるようだな。聞こう」
咄嗟に、俺は乱れる息を整えることもできぬまま、王に鋭い視線を向けた。
「……あんなの、卑怯ではないですか?」
「ほう。卑怯とは?」
「あんなの戦いじゃない。力の差がありすぎる」
「……では、我が国の兵士にも損害を出すべきだったと申すか?」
その言葉に、左腕が熱を持ち始める。
「そんなこと言ってるんじゃない!!力を持たない者に攻撃を仕掛けるのは、ただの虐殺だ!
……正義を盾に戦おうとする彼らに、貴方は何も感じないんですか?」
身体の奥から怒りが込み上げる。
銃口を向けた青年の怯えた瞳。建物の陰で震えていた子どもたち──。
ドクン。
心臓が激しく跳ねる。
血が一気に左腕へ流れ込む。
魔力が放出される、その直前──
ピ……
かすかな起動音が鳴り、左腕のバングルの紋章が淡く光を帯びた。
刹那、想像を絶する激痛が全身を襲う。
内側から裂けていく。肉も骨も全部──。
「……ゔ……ぁ……ぁ」
呼吸ができない……。
俺はその場に崩れ落ち、蹲る。
ヴァルは片膝をついた姿勢を崩すことなく、即座に口を開いた。
「ギルバート殿下は、初陣にて多くの惨状を目の当たりにしました。今は、動揺しております。王やガルディス殿下への無礼な態度、どうかご容赦を」
両腕で身体を抱え込み震える俺に、ガルディスは立ち上がって声を荒げた。
「何を、甘えたことを!!」
「ガルディス。まあ、待て」
王の低い一声に、ガルディスは不満を押し殺し、頭を下げて着席した。
「……ヴァルター」
「はい」
「ギルバートの腕輪が先ほど淡く光っていたが、それはどういう意図だ」
「……はい。先日、後頭部を強打して以降、ギルバート殿下は感情が不安定になっております。突発的な魔力の暴発を防ぐ目的です」
王は目を細め、口端を上げた。
「魔力抑制装置か……まさか、国軍総司令官のお前が、その装置の意味を知らぬはずもあるまい」
「……はい」
「それは、制御不能な極悪犯罪者や捕虜に嵌める枷。お前の判断一つで、魔力放出をゼロにもできる軍需品だ。
全身内部幻裂傷──その痛みは、死を覚悟させるほどの激痛。
それを我が息子に嵌めるのには、それ相応の理由があろうな」
「はい。……ギルバート殿下をお護りする為です」
「ハハハ……。それがお前の覚悟か。抑えるのみであらば、他にも策はあろうに。実にお前らしい。
……ヴァルター、それを教育のための枷とするならば、もう一つ命を下そう」
先ほどの激痛で意識が朦朧とする俺を、王は鋭く見据えた。
「ギルバート。お前は人族が正義と言うておったな。笑止千万。奴らが振りかざすその正義とやらを己の目で確かめて参れ。
ここに密命を下す。
ひと月後、人族が統治する隣国アレストナ王国へと潜入し、偵察せよ。
ヴァルター、護衛として随行せよ」
ほんの一瞬の沈黙のあと、ヴァルの覚悟が響き渡った。
「御意」
俺は呼吸もまともにできぬまま、その後もしばらく、痛みの残滓に震えていた。




