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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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29.怒られたい男たち


「魂と肉体を分けるのは止めて欲しかった」

走る馬車の中でランスロットが言う。


『大人しく領主に体を暴かれていればよかったというのか!?』

「そうじゃない、そんなこと許されていいことじゃない。だが、ほかのやり方というか、せめて死んだことにするのは止められなかったか?」

『死んだことにしなければ、わたくしの肝心の本体がどうなるか分からないではないか。まあ、アレに手出しはしようもないがな』

「ところで、本体はどうなっているんだ? 本当に無事なのか?」

『案ずるな、わたくしは土魔法の使い手なのだぞ。体を石にすることくらい出来るのだ。決して割れず、傷付けることの出来ない石像となって砦に隠してある』

誇らしげなガー様。

ランスロットは深々とため息を吐いた。


「…………ガーベラ。魂と肉体を分ける魔法に、体を石化できる魔法、そしてあそこまで精巧な土人形を所有していたことを俺は知らない。そういうのは事前に教えておいてくれないか」

『うつけ者め。どこまでも愚かであるな。二つの魔法はわが祖国の禁術で、土人形もわたくしが秘密裏に備えていたものなのだぞ。とっておきの切り札だ。切り札を教えておく馬鹿がどこにいる』

「しかし、それを知っていればこんなに遠回りは」

『お前がすぐに砦に来なかったのが悪いであろう!』

「そうだが…………いや、しかし、あの時は自分が生きている実感もなくてだな」

『言い訳は要らぬ!』

「…………せめて行方不明にしておいて欲しかった。二重三重で切り札をきらないでくれ。グレイシー嬢と出会えたから何とかなっただけで、あなたの魂だけ消えていた可能性もあるし、俺が死んでいればあなたは一生人形のままだったんだ。考えるだけでぞっとする」

『ねちねちねちねちとしつこいぞ!』

「もう俺に隠していることはないか?」

『…………』

「あるんだな」

ランスロットがやれやれという顔になる。


『嫁入り当時、わたくしの祖国とこの国は決して良い関係ではなかった。自衛手段は必須であったのだ。わたくしは父のお気に入りでもあったし、土産はいくつかもらった』

「落ち着いたら全部教えてくれ」

『教えるわけがないだろう』

「ガーベラ、今回のようなことはもう経験したくない」

『だから貴様がとっとと砦にだなーー』

車内に響き渡るガー様のお叱りの声。


実際に響き渡っているのはリリスの声である。なのであまり迫力はない。

リリスは今朝、国境の砦行きの馬車に乗ってからずっと、ガー様の通訳をしてランスロットとの会話を成り立たせている。


“体を暴かれて”や“うつけ者”などを口にするのは抵抗があったし、ガー様の使った魔法が禁術と聞いてひやりともしたが、ひたすらに通訳に徹するリリス。


(ガー様、私、その禁術だという魔法について聞いちゃってるけど、後で消されるとかないよね? な、ないよね? シオン様も魂と肉体を分ける魔法の存在は知ってたし、知ってるだけなら大丈夫だよね!)

ガー様の言葉を伝えながらそんなことを思う。


「とにかく、会えて本当によかった」

ガー様のお叱りが終わると、ランスロットはガー様をきつく抱きしめる。


(わあ)

今度はリリスはそっと悲鳴をあげた。


ランスロットは淡い金髪に水色の瞳の苦み走った美形である。背は高くがっしりしていてけっこう迫力もある。

年齢は28才だが、激務と心労のせいか三十後半に見え、外見は影のある苦労性っぽいイケオジだ。


そんながっしりしたイケオジが、黒いフリフリドレスを着た明らかに少女用の人形を大事そうに抱えている画は、なかなかくるものがある。

さらにランスロットは時々切ないため息とともに人形を抱きしめ、髪を梳きながら話しかけてもいるのだ。


(いけないものを見ている気分)

ランスロットの向かいに座り、通訳をしながらも妙にドキドキするリリス。

国境の砦までは馬車で五日はかかるので、あと四日はこの状態が続く。

新しい創作の扉が開きそうだ。


「あなたが生きていて、こうして会話ができるだけで嬉しいが、生身のあなたに会うのも楽しみだな」

ランスロットがガー様にとろりと甘く微笑む。

『ふん! …………わたくしも楽しみだ』

さすがにちょっとデレるガー様。伝えるリリスもこれには照れる。


傍から見ると、人形を抱いて喋りかけるイケオジにその対面で一人で話すリリス。そしてリリスの横には銀髪の美形サイラスまで座っていて、異様な様相だが、車内にはほっこりと生温かい空気が漂っている。


(けっこう楽しいな)

そう、けっこう楽しい。

何よりも、ガー様が生き生きしているのが手に取るように分かるのでそれが嬉しい。

そんなガー様を優しく見つめるランスロット。

こちらもいい。優しい眼差しにキュンキュンするリリス。いつか自分にもこんな目を向けてくれる人が現れたらいいなあ、なんて思う。


ここでほんの一瞬、アメジストの瞳が頭を過る。

だがそれは本当に一瞬で、リリス本人も気づかないほどの小さな気持ちの萌芽だった。



大公家の揺れの少ない馬車は軽快に街道をすすんだ。

『……む?』

ぼんやり車窓を見ているとガー様が声をあげる。

向かいの席に目を向けると、ランスロットがうとうとと眠っていた。


「閣下、寝ちゃいましたね」

『最近、寝れていなかったようだからな。休息は必要であろう』

「こんなに安らかに眠る閣下を見るのは久しぶりだなー」

口を挟んできたのはサイラスだ。


「そうなんですか?」

「ずっと傷心だったからね」

「あ、そうか」

「俺もだけどね。慰めて子猫ちゃん」

「えっ」

「嫌そうにしないでよ。俺も眠たい。ねえ膝枕して?」

「それはちょっと」

「いいじゃん。ね? ついでに頭を撫でても欲しいなあ。子猫ちゃんに触られたら天国だと思うんだよね」

うっとりと微笑むサイラス。


「しませんよ」

この男に接触を許してはいけない気がする。一度でも許すとなし崩しにされそうだ。

リリスはじりじりと距離を取った。


「あはっ、ほんと可愛いなあ、馬車の中で逃げられるわけないよね?」

サイラスはすぐに距離を詰めると、壁に腕をついてリリスを囲った。


「ひえっ、サイラスさん」

「閣下も寝てるし、ね?」

「ね、じゃないですよ」

「頬の傷、残らないみたいでよかったね。手当てしたの俺」

「その節はありがとうございました」

「お礼をもらってないな」

「お礼……」

近づくサイラスにリリスはたじたじになる。


『サイラス、やめろ』

「と、ガー様も言ってます」


「俺には聞こえないもん」

「いやいや」

「ね? 膝枕だけ」

「こ、困ります」

『サイラス!』

ガー様の特に低い叱責が飛び、その目がかっと赤く光った。


「うわっ、えっ、光ってる?」

サイラスは焦ってすぐに囲いを解いた。


『貴様、リリスに迫るとは何事だ!』

「なにこれ。お嬢、もしかして怒ってますか?」

メラメラとガー様の瞳が赤く揺れるが、サイラスはそれを見て嬉しそうだ。もしかしたら、ガー様にかまってほしくて、リリスにちょっかいをかけていたのだろうか。


「ああ、お嬢が生きてるって感じする。しかも俺、お嬢に怒られてる。お嬢、もっと怒って」

『サイラス、何を喜んでいる。わたくしは怒っているのだぞ』

「お嬢、俺はお嬢に怒られて嬉しいですよ!」

『くそっ、話が通じんな。リリス、こいつは無視でいい』

「子猫ちゃん、お嬢はなんて? 無視? お嬢、俺はお嬢になら無視されてもいいです」

わちゃわちゃしてくる車内。


煩い中、ランスロットはすうすう寝ている。ガー様とサイラスの言い合いには慣れているようだ。

その寝顔は少し幼い気もする。

リリスはサイラスにガー様の通訳をしてあげながらランスロットの寝顔に気付き、本当によかったなあと思った。



宿をとる町に着き、予約してあった宿屋へと入る。部屋割はリリスとガー様、ランスロットとサイラスだ。


「俺が扉の外にいるから安心して寝てね」と言うサイラス。それはそれで不安だったけれど、ベットに入ったリリスはすぐにぐっすり眠った。



翌朝、朝食の席にて。

「グレイシー嬢」

ランスロットがおもむろにリリスを呼び、「失礼」と言ってリリスの髪を一束取る。

手つきが事務的だったので、ゴミでも付いていたのだろうかと首を傾げていると、ランスロットはくるくると髪に指を絡めだした。


「閣下?」

不思議に思いながらランスロットを見ると、ランスロットはしーっと指を口にあてて朝食のテーブルに座っているガー様へ目配せをする。

リリスが目線をやると、ガー様の目が赤く光っていた。


「ふっ、本当だな」

どうやらランスロットはサイラスから、ガー様が怒ると目が赤く光ることを聞いたらしい。

サイラスほどではないが、嬉しそうなランスロット。

生きてるガー様を実感するのだろう。


「昔から、けっこう嫉妬深いんだ」

笑みを含んだ声でリリスに囁く。


『くそ! リリス! 決して思い上がるでないぞ!』

ガー様がリリスに怒ってくる。

とばっちりだし、サイラス相手と違ってランスロットには少々甘いんじゃないだろうか。


「大丈夫ですよー、弁えてます」

リリスはそう答えて、ニヤニヤしながら朝食を食べた。



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― 新着の感想 ―
やっぱり楽しい旅だったー。 ガー様、自信満々だけど、土人形はいずこに…。
理性的なシオンくん、色々置いていかれてるけどうっすらでも思い出してもらってよかったねぇ☺️
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