28.出発は突然に
リリスはぱちりと目を開けた。部屋が明るい。窓の外の様子からして朝のようだ。
体を動かすとまだ少し怠いが、普通に起き上がることもできた。
「回復してる……と、いうことはガー様!」
ばっと後ろを振り向くとそこにはちゃんとガー様が座っていた。
『リリス、すまない。いろいろと迷惑をかけた』
開口一番に謝ってくれるガー様。その声が聞けてとてもほっとする。
「気にしないでください。閣下と会えて、信じてもらえてよかったですね」
こうして口にすると、成し遂げたことを実感して、じわりと嬉しさがこみ上げてくる。
『少々、もたついたがな』
「終わり良ければ全て良しですよ。本当によかった」
『待て、終わってはおらんぞ』
達成感でいっぱいになるリリスにガー様が突っ込む。
「子猫ちゃん、終わってないよー」
そしてガー様の突っ込みと被って聞こえる声。
リリスはびくっとして部屋を見回し、扉付近に今日も美しい銀髪の男を認めた。
「ひっ、サイラスさん。居たんですね」
「ひどいなあ。気配消すのは得意だから仕方ないけどさ。それにしても本当にナチュラルにお嬢と話してるんだね、不思議。ねえ、お嬢は俺のことは見えてますか? お嬢ー」
ベットサイドまで来たサイラスがガー様の前でひらひらと手を振る。
『見えてるに決まっているであろう』
通訳してあげるリリス。言葉遣いがそのままの方がガー様感が出るので、原文ままでお送りする。
たった一言だったが、ガー様からの言葉にサイラスは膝から崩れ落ちるとベットに突っ伏した。
「はあああぁ、お嬢。今のセリフ、お嬢って感じがする。ああー、触りたい。お嬢、触っちゃダメですか?」
『犬の分際で何を言うか』
これもそのまま訳すリリス。
「ああぁああ、お嬢だー。はあはあ、お嬢がいる、嬉し過ぎて苦しい。はあはあ、ダメだ苦しい。ねえ、子猫ちゃん、落ち着くために子猫ちゃん触ってもいい?」
「えっ、嫌です」
「傷つくなあ」
『リリス、こやつは無視してよいぞ』
「はい」
「えっ、なになに? お嬢はなんて?」
食いつくサイラスに再び訳してやると、嬉しそうに悶えだした。
こんなに明るい人だったのかと驚くリリス。
(キャラがアホな犬みたいになってる……ガー様の前ではこうなのかな?)
そんな気がする。ガーベラに遠ざけられないように暗い執着は見せないようにしてるんじゃないだろうか。
『サイラスは置いといて、リリス、まだ終わっていないのだ。わたくしは本体を取り戻していない』
「あっ、本当だ。そうですよね、閣下の口付けがいるんでした。すっかり終わった気になってました」
とんだうっかりである。
全然終わっていなかった。今始まったと言っても過言ではない。
『早急にわたくしの幽閉されていた砦に行くことになっている。リリス、支度をしろ、お前も共に行くのだ』
「ちょっと待ってください。私も行くの? というか今は何日? 閣下は? ガー様は閣下と喋れないのに何で相談した風になってるんです?」
『昨晩が王太子の成人の儀式だった。今はその翌朝だ』
「よかった。そんなに日にちは経ってないんですね」
『お前が寝込んでから三日だな』
ガー様が言うには、今朝、成人の儀式が終わっているはずで、ランスロットは城での報告や片付けをした後、昼過ぎに帰宅するようだ。
そしてランスロットは昨日、リリスが全てを投げ出してぐっすり寝ていた夜中に一度帰ってきて、この部屋に二時間ほどいたらしい。
「全然気が付かなかった」
『あの男はわたくしを抱き、応答がないのをいいことにこの四年間の思慕を延々と語ったのだぞ』
ガー様が怒りを滲ませながら言うので、リリスはきょとんとした。
「? なんで怒ってるんですか、久しぶりの再会ですし、美しい話じゃないですか」
『二時間ひたすら、会いたかった会いたかった、と聞かされる身にもなってみよ。嬉しかったのは最初だけだ』
「最初は嬉しかったんだ」
『しかもこちらは、言ったことを全て無視されるのだぞ!』
「それは、仕方ないですよ」
聞こえないんだもん。
『一方的に想いだけを聞かされるのは、かなりのストレスだぞ、リリス』
リリスは何の反応もない冷たい人形を腕に抱き話しかけるランスロットを想像してみた。
しかも真夜中。
「………………」
物言わぬガー様に延々と愛を語れるのはなかなか凄いんじゃないだろうか。
そういえば、ガー様はランスロットのことを“重たくて暗い”とも言っていた。
「えーと、大変でしたね」
『最後の方は寝てやったのだ、ふはははは』
「それは、閣下が可哀想な気がします」
『その最中にあの男が砦に行く計画を話していた。明日からは元々長期の休みを取っていたからちょうど良いらしい』
「長期の休み……」
その休みはきっと、自死した後に出来るだけ混乱が起きないようにと取っていたのだろう。仕事の引き継ぎの言い訳にもなる。
リリスはそう思ったが口には出さないことにした。
きっとガー様だってそれに気付いて怒鳴り散らかしたに違いないのだ。ランスロットには聞こえなかっただろうけど。
『元に戻る時は、念の為にわたくしが近くにいた方がいいからな。わたくしも一緒に砦に行くのだ。そしてわたくしの声が聞こえるのはリリスだけであるから、もちろんリリスも一緒だ』
「そういうことならご一緒します」
『馬車や旅の支度は既に整っている』
「えっ、もう?」
『大公家の執事は仕事が早いのであるぞ。リリスの体調さえ良ければ明日にでも出発する』
「明日!?」
いくら何でも明日は急だと思う。リリスは目を白黒させた。
『リリスが辛いなら、もう少し延ばそう』
「私は少し怠いくらいで、明日には元に戻ると思うので平気ですよ。でも大公閣下が無理じゃないですか? 閣下は昨日も今日も寝てないんですよね? 何なら一昨日も寝てなくないですか?」
三日連続ほぼ徹夜で馬車旅はキツいんじゃないだろうか。
『この四年間、あの男の眠りは浅かったから平気らしいぞ』
「ええぇ、そういう問題じゃないような」
『では、明日の出発だな。リリス、そこに転がっているサイラスにそう伝えよ』
「はあい」
せめてランスロットが今日は早めに帰ってこれるといいな、と思いながらリリスはサイラスに明日の出発を伝えた。
だがこの日、ランスロット昼過ぎになっても帰宅しなかった。
儀式の為に張った結界が強固過ぎて、昼まで解けなかったらしい。聖殿の中に王太子とランスロットが閉じ込められる事態となったのだ。
魔法塔は朝から大混乱で結界がやっと解けた後、ランスロットは後処理に追われた。
サイラスによると、今日はシオンも大公家に寄ると言っていたようだがそれもなくなる。
会えれば迷惑をかけたことを謝ってお礼も言いたかったので残念だ。
また、結界を無理やり解くのに何人かの魔法使いが体調不良になったとも聞き、リリスはちょっと心配になる。
心配したところでリリスにできることはなく、何となくいじけたような気分になっていると、夕方やっとランスロットが帰宅した。
ランスロットはリリスが起きていることにほっとして、ガー様と同じ提案をしてきた。
明日から砦に向かうことは問題ないと伝えると、すぐに明日の出発が決まった。
❋❋❋
「いない? それはどういうことですか?」
成人の儀式の終わった日の翌日、シオンは大公家の執事に詰め寄った。
連日、リリスに会うために通い詰めているのですっかり顔見知りである。
本当は昨日も来るつもりだったのだが、成人の儀式の結界で問題が起こり、昼前に終わるはずの仕事が終わったのは夕方だった。
夜半に訪ねるわけにはいかないと、一晩待って訪れたのだがリリスはいないと言われたのだ。
「本日の朝より、グレイシー嬢は閣下と共にお出かけになられております。お帰りは二週間後の予定です」
「二週間!?」
期間の長さに驚いて、すぐに国境の砦に向かったのだと察した。リリスの言い分だと、そこにガーベラの本体があるはずなのだ。
ランスロットの執務室でのリリスを見たシオンも、もしかしたら本当にガーベラは生きているのではと思っている。そして一昨日の訪問で、ランスロットとサイラスは全面的にリリスを信じたらしいことも感じていた。
仕事中のランスロットに私的なことを聞くわけにはいかなかったので、今日、詳しいことを聞こうと思っていたのに当事者達は全員いないようだ。
完全に置いてきぼりのシオン。
なんだか寂しい。
(いや、確かに俺は完全に部外者だけどさ)
だけど、好きな子のことでもあるんだぞ、と考えてしまってさらに寂しくなる。
(俺、告白もしてないもんな、というか好意も一切伝えてない)
リリスの態度を思い返してみても、多分何も伝わってはいない。
(リリス嬢は病み上がりなのに、馬車旅なんて大丈夫なのか?)
心配だけが募る。それに馬車にはランスロットと二人きりなのではないだろうか。夫人一筋のランスロットとの間に何かあるとは考えにくいが、ちょっとモヤッとはする。
(…………もしかしたら、サイラスって男も一緒か?)
そう思い付いてしまうと明確にモヤッとした。
ランスロットと違ってこちらは危険だ。あの銀髪の男はリリスに変な好意を抱いているようにも感じた。でなければ“一生養う”なんて言わないと思う。
(あんなの、プロポーズじゃないか)
モヤッ、が大きくなってくるシオン。
プロポーズまがいのことをした男とリリスが馬車に乗っているなんて、とイライラが募る。
取り残された自分が歯がゆい。
大公家の執事が哀れむような視線を向けてきた。
穏やかな好々爺のようなこの執事だけはシオンの恋慕を察しているらしい。
「…………二週間後にまた来ます」
シオンが力なく言うと、執事は「承りました」と恭しく礼をした。




