エピローグⅠ 一筋の光があらんことを
「やあ、アリエッタちゃん。目が冴えてしまったのかい」
ゼナ湖での野掛け。
ふと夜遅くにテントから抜け出すと、私はアインスお兄さんが焚き火の番をしていたのを目撃した。
「アインスお兄さん、もしかしてずっと起きていたんですか?」
「まぁね。キリーヴ森林には魔獣が出没しないとは聞いているけど、もしかしたら野犬なんか寄ってくるかもしれないからね」
アインスお兄さんが、焚き火に薪を継ぎ足しながら言った。
「そ、そんな大変なことをしてたんですか? ごめんなさい、私たち全然気付かなくて……」
私が起きてしまったのは、普段とは違った環境であまり寝付けなかったからだ。実際に昼間にたくさん遊んでいたガーちゃんとエーちゃんは、テントでぐっすりと寝てしまっている。
「いやいや、本当はシンゲンさんが周囲を歩哨してくれているから、寝ずの番なんて必要ないんだよ。ただの口実さ」
「口実……ですか?」
「こうやって焚き火を見ていると落ち着くんだ。……昔を思い出すせいかな」
アインスお兄さんが、口の端を少しだけ歪めて皮肉げに笑った。十歳の子供らしからぬ笑い方だった。
なんだろう。
その姿はいつものアインスお兄さんよりも、随分とリラックスしているように見えた。
アインスお兄さんは、いつも礼儀正しくて社交的な人だけど、どこか壁のような物を感じてしまう人だった。
でも今はそれが弱くなっているような気がした。もしかしたら私の気のせいかもしれないけど。
「……あ、あの、ご一緒してもいいですか? ……えとお邪魔じゃなかったらっ!」
私は少しだけ勇気を振り絞っていった。
私たち少年探偵団にとってアインスお兄さんは憧れの人だ。こんな機会は滅多にない。もしかしたら、アインスお兄さんの壁のような物を取っ払って、私たちはもっと仲良しになれるかもしれない。
「ん? ……ああ、勿論構わないよ。そうだ、紅茶でも入れようか」
言いつつアインスお兄さんは水汲み用の桶を使って、お茶の準備を始めた。
やった。
言ってよかった。
「ありがとうございます、アインスお兄さん!」
「はは、そんなに畏まられるようなことじゃないよ。ただ勝手に火を眺めていただけだからね」
あ、でもどんなことをお話しようかな。
せっかく二人きりで喋れるのに内容は何も考えてなかった。
「……正直、君たち少年探偵団には感謝しているんだ」
「え?」
「君たちがいるおかげで、自分を冷静に見つめ直すことができるんだよ。……今回の野掛けもそうだけれど、僕一人じゃ絶対にこんなところ来なかったからね。そういう意味でも、とてもありがたいと思っているよ」
「……アインスお兄さん」
意外な言葉だった。
アインスお兄さんのような大貴族の立派な跡取りに、私たちみたいな田舎の子供が付きまとって迷惑ではないかと心配していた。
しかも多分アインスお兄さんがいつも言っているような社交辞令じゃないと思う。
勘違いかもしれないけど、アインスお兄さんの心からの言葉に聞こえた。
「……実は私、夢があるんです」
だからだろう。
私はここ最近密かに考えていることをこぼしていた。
「夢?」
「はい、私……アインスお兄さん、ガーちゃん、エーちゃん、みんなとずっと一緒にいたいと思っているんです」
今、私は異能の──新領域創造学の研究者に成れるように勉強をしている。
ユニゼラルの新領域創造学は、ノイシュバン城──すなわち貴族社会中心で行われている。
もし私が研究者になることが出来るのならば、平民の私でも貴族社会に関わっていける数少ない機会を作ることができるのだ。
今の私たちは従者見習いとしてクロムバッハ家で働かせてもらっている。
でもそれはクロムバッハ家にとっては慈善活動のような物だ。恵まれない者に施す貴族の務めのようなことなんだと思う。
きっと働けても、私たちが成人するまでの短い間。
私たち少年探偵団が大人になってしまえば、クロムバッハ家を離れて散り散りになってしまう。
私が研究者になって地位と立場を得ることができれば、それを防ぐことが出来るかもしれない。
「……今はまだ言えないんですけど、実は考えていることがあってそれが実現すればみんなずっと一緒にいられるかもって思っているんです。ふふ、子供の浅い考えなんですけどね」
勿論その考えはアインスお兄さんの役に立てれば、という前提だ。その上でみんなと一緒にいられたいいなぁなんて夢想している。……まだ勉強を始めたばかりだから、恥ずかしくて言えないけどね。
「そうか、それはとても素晴らしいことだね」
ずっとみんな一緒に。
子供の甘い考えだと一蹴されるかもと思ったけど、アインスお兄さんは微笑みながら肯定してくれた。
父が死んで、いなくなってしまったように。
私たちはずっと一緒にはいられない。
結婚、あるいは職を持ってしまって、一緒にいられなくなってしまう。そもそもユニゼラルを離れることもあるかもしれない。
それでも、私がガーちゃんとエーちゃんに出会って、救われたように。
もしもアインスお兄さんを支えることができたなら、どんなに嬉しいことだろう。
──みんな一緒に共に生きる。
だから。
これは私のささやかで。
それでいて大変な。
絶対に叶えたい夢なのだ──
*****
僕は思う。
アリエッタ・フェムシュタット──あの偽りの少女を。
もはや絶対に帰ってこないであろう少女を。
たとえそれが仮に捏造されたモノであったとしても。
僕のような殺人鬼ですら、こう願わずにはいられない。
どうか、この偽りの魂に、一筋の光があらんことを──




