第十七話 ユニゼラルの難民事情
殺人鬼は異世界にて、かく語りき~殺…44話目
第十七話 ユニゼラルの難民事情
翌日、僕は貧民地区に来ていた。
これまでの『獲物探し』でユニゼラルの各地域を見て回っていたが、貧民街には来ていなかったからだ。
《坊ちゃんよォ、危ねェから貧民地区には行かない方がいいって言われてなかったか?》
ヴァーゲストが念話で話しかけてくる。
《貧民地区は犯罪の温床だ。今後の事を考えるなら少しは見学して行った方がいいと思ってね》
これまでの外出で何とか獲物の目星は付いた。後は獲物が本当に悪人足りえるのかを調べ上げるだけだ。
なので本当は貧民地区に来る必要はなかったのだが──
《そうかい、早くも次の獲物を見付けるため下見ってわけか、用心深いことだねェ》
ヴァーゲストが呆れと感心が混ざった思念で言ってきた。
貧民街という特性上、ここにはあらゆる犯罪者が集まってくる。
無論犯罪者が全て悪人だと言うつもりはないが、その中には他者を平気な顔で搾取する外道も沢山混じっていることだろう。
僕が殺人鬼としてこの世界で生きていくならば、この地区を避けて通るわけにはいかない。
《今の僕はヴァーゲストの異能が使えるし、それにこんな時のためにハンネとの訓練も受けている。一般人の暴漢程度なら簡単に自衛できるさ》
《だとイイんだけどな。ゴロツキにだって結構異能者はいるもんだゼ。レベルは低いけどよ》
《なんだヴァーゲストは心配性だな》
僕としては近所に散歩するような心持ちなんだけどな。身体は十歳の子供とはいえ、一流の異能を行使できる身なのだ。
クインドを殺した時のように、用心に用心を重ねる必要はない。それを思えばどれほど気楽か。
「なぁそこの坊や、少しでもいいから恵んでくれよぉ」
貧民地区の薄汚れた道路を歩いていると、時折物乞いが話し掛けてくる。その多くが『戦争で腕や足を無くしました』といった札を首から下げていた。
悪いが一人一人相手をしている暇はない。
《クロムバッハが用意した貴族の服を着ないで良かったよ。あのままならどうなっていたのやら》
《まァ間違いなく路地裏に連れ込まれて身包み剥がされるだろうな》
平民の服を用意してくれたモンドという兵士に感謝だな。
貧民地区の道路には物乞いの他に、柄の悪い連中が複数たむろしているが彼らはニヤニヤと下卑た笑みをこちらに向けるだけだった。
どうやら僕は貧民地区に迷い込んだ平民の子供だとでも思われているようだ。あるいは無鉄砲な度胸試しをしにきた世間知らずの子供か。
《たしかこのエリアには戦災難民も多く住んでいるんだったか》
ユニゼラルがあるイシュール地方は平穏その物だが、アトレイア大陸では各所で未だ戦乱の渦が数多く巻き起こっている。
大国同士の戦争は『薄氷の停戦』の条約によって禁じられているが、その縛りがない小国たちは己が領土を広げんと日々争っているからだ。戦争によって国が滅び、また別の国が誕生する。その繰り返し。
その背後では、五大強国たちの非公式の援助があるという。
『薄氷の停戦』によって表立って動くことがないできない彼らは物資や戦闘員は勿論のこと、時には最先端の技術を提供して自らの影響がある国を増やそうとする。
いわゆる代理戦争だ。
帝国崩壊後の二度の『大戦』にこそ規模は劣るが、民を苦しめる悪質さでは『薄氷の停戦』以後の世界の方がずっと上かもしれない。皮肉だな。
《ユニゼラルの市民権を得るには、国交を結んでいる大使館の認定が必要なんだよな》
関税などの商売に関する税金がほとんど掛からないユニゼラルではあるが、市民権に関する法は厳しく取り締まっている。
外国人がユニゼラルに住むためには市民権が必要だ。
ユニゼラル法では、市民権の発行は各国々の大使館が責任を持って行うことになっている。市民権がなければ商売は当然として、正規の就労も住居に住む権利すらも与えられない。
五大強国などいった大国の大使館は当然政務商業地区に存在している。
歴史ある中堅国家も同様。
国として体裁が整ってあるならば、ほとんどの国の大使館は配置されている。普通であれば特に支障はない。
だが問題はそれ以外。
戦争によって政情が安定していない国。あるいは亡国の人間だ。
《国が無い以上、市民権が与えられることはない。普通の職に就くことも出来ず、それどころか住む場所すらない》
そんな人間たちが住むのが、この貧民地区なのだ。
市民権の無い難民たちは窃盗や恐喝などの犯罪によって日々の糧を得るか、あるいは非合法の仕事や不当に安い賃金で使い潰されるしかない。
《僕の世界でも似たようなことはあったけど……いやはや難儀なものだね》
どんな世界であっても、それが人間ならば同じような縮図になるかもしれない。
一応、ユニゼラルも増え続ける難民が対する政策は行っているようだが、世界中から物資がユニゼラルに集まってくるように、住むところを失った難民も日々大量に集まってくるのだ。焼石に水のような状況らしい。
《ンな状況だから、治安は相当悪いゼ。坊ちゃんじゃなければ自殺行為もイイトコだな》
誰もがこぞって行くなと言うのも当然な話しだ。
「あらぁどうしたのボクぅ? 迷っちゃったのかなぁ?」
そのまま道なりに歩いていると、薄着の女性が軒先に並ぶように立っているエリアに来た。女性たちはどれも豊満な身体付きをしており、道行く男性を蠱惑的な仕草で誘っていた。
これは……
《アン? ここ娼館通りだな、坊ちゃん》
《……のようだね》
つまりはそういう商売をする人たちの場所なのだ。
《先に言っとくけどよォ。坊ちゃんにはまだ早いぜ、こういうとこ》
何故か釘を刺すようにじっとりとヴァーゲストが言ってくる。
《……僕は一応十歳の子供なんだけどね》
何を言っているのやら。
僕の身体はまだ年頃のアレすら来ていないというのに。
にしても、前の世界だって僕はそんなに性欲が強い方ではなかったしな。
そっちの情念はどうやら殺人衝動の方に割り振られているのか、女性に対してあまり強い性的欲求を持ったことはない。
《ケケケ、安心しろよ。坊ちゃんが年頃になってコトを致すことになったら、ちゃんとプライバシーは守ってやるからよォ》
またプライバシーなどという僕の世界にかぶれたことを平気で言う。
そういえば僕とヴァーゲストが一体化した最初の方の取り決めで、風呂やトイレといった一般的に見られては困る状況では、ヴァーゲストは目を(でいいのか?)閉じることになっている。
本当に視覚を遮断しているのか分からないし、気にしたこともないが、そういう気遣いをする人間……じゃなかった、使い魔ではある。
「……とりあえず路地裏に入ろう」
とはいえ今回の目的は下見だ。
子供姿で目立つのは本意ではない。
僕は大通りを避けて、細い裏路地に入っていく。
ぎりぎり家のカタチをしたあばら家が、所狭しと密集している。人間が二人並んで通れるか分からないなほどの狭い道だ。
「家の大部分が粗末な木材で作られているな。火事が起こったら大変なことになりそうだ」
僕の世界の難民キャンプかホームレスの住処を思い起こさせる風景だ。
ユニゼラルの中心街は石造作りの家々がほとんどだったから余計に際立つ。
「ぬッ?」
「……っと、失礼」
などと考えながら歩いていたせいか、裏路地の曲がり角で女性とぶつかりそうになってしまう。ぶつかる直前で慌てて避ける。
ダボっとした服を着た二十代ぐらいの長髪の女性。
彼女は買い物袋を持っていたらしく、僕を避けた拍子で袋からアッティの赤い果実がいくつか転がり落ちていた。
「不注意だぞ、そこの小童」
女性はため息を付きながら、地面に落ちた果実を拾う。
「すみません、手伝います。それと地面に落ちた分は弁償しますので」
「いらぬ。地面に落ちたからといって食せぬようになったわけではない。多少泥と汚れが付いただけ。腹に入れれば皆同じだ」
はぁ、なんだか随分勇ましい口調の女性だな。
「いえ、そういうわけには……」
女性の長髪は緑碧色。ブルーに限りなく近い緑はまるで宝石のようだった。
ユニゼラルでは珍しい髪色だ。
ダボっとした服からでも分かるスタイルの良さは、まるで僕の世界のトップモデルを連想させる。
「──え?」
彼女の首元には何故か鮮血のような首巻きがあった。もうすぐ初夏を迎えようする時節だ。時期外れではあるが、気になったのはそこではない。
その真っ赤な首巻きに見覚えがあったからだ。
「ぬ? なんだ、小童? 我の顔をじろじろと見おってからに」
彼女と初めて目が合った。
ルックスでいえば映画女優のような美人ではあるが、重要なのは断じてそこではない。
見知った顔。
否、見知ったどころの話しではない。
闇の顎門──極死十三、
「ジューダス・エクスマキナ!?」
僕は思わず叫びを上げていた。
そう、以前僕を襲った暗殺者がそこにいたのだ。




