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殺人鬼は異世界にて、かく語りき~殺人鬼は異世界で如何にして生きていくべきか~  作者: スズカズ
第二章 どうかこの偽りの魂に一条の光を
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第十四話 殺人考察

「おっ、アインス坊ちゃん、また外出かい?」


 僕はハンネとシンゲンとの訓練をしながら並行して、もう一つの目的を達成するために行動していた。


「はい、今日もよろしくお願いします」


 人当たりの良い純朴な少年の笑みを心掛けながら僕は答えた。


 今、僕がいるのは貴族地区の内門だ。

 外の大門とは違い、外部の出入りを制限する閉じられた門。僕はそこに来ていた。


「しっかし、社会勉強をするためにわざわざ貴族地区の外に出たいなんてなぁ。流石はクロムバッハ家の跡継ぎ様だ。立派だよ」


 門を警護する衛兵が笑いながら言った。


 通常の貴族であれば特別用事がなければ貴族地区の外に出ようとはしない。

 貴族地区の内部で生活に必要な全ての雑事を済ませられるようになっているからだ。


 わざわざ治安の悪いところに出ていこうと考える貴族はほとんどいない。


「モンド、口が過ぎるぞ。クロムバッハ家の方になんて口を聞くんだ。免職にでもなりたいのか」


 貴族地区の内門を警備する衛兵は基本的に二人組だ。先ほど僕に話し掛けてきた衛兵とは違う人物が、相方を諌めるように言った。


「だってよぉシーガッタ、うちのガキンチョはアインス坊ちゃんよりずっと年上になのによ、まともに自分の面倒も──」


「はいはい、その話は聞き飽きたよ。……アインス様、今日も徒歩で大丈夫ですか? 必要であれば馬車を呼び付けますが」


 ここ三日ほど連続で来ているせいか、すっかり彼らに顔を覚えられてしまった。


「いえ、今日も歩いて街を見て回りたいので平気です」


 基本的に貴族地区の出入り門は、貴族地区に入ろうとする者は許可証の有無などで厳しく取り締まるが、出ようとする人間に関してはほぼ関知しない。


 まあ徒歩で出ようとする人間はほとんどいないようだから当たり前かもしれないが。


「モンドさん、そういえば貰った服、ありがとうございました。おかげで目立たずに済みました」


「おお、良いってことですよ、アインス坊ちゃん。どうせうちのガキンチョのお古でさぁ」


 初日も徒歩で貴族地区の外に出たのだが、クロムバッハ家が用意した外出着では貴族のお坊ちゃんだということが丸分かりで大変目立ってしまった。


 僕が帰りがけにその事をこぼすと、このモンドという衛兵が身内の使わなくなった服をわざわざ用意してくれたのだ。


「アインス様、何かあれば街中の衛兵隊を頼ってください。御身分を証明できる物があれば、我々は衛兵隊はいつでもお助けいたします。あと難民が多い貧民街には行かないようにご注意を。窃盗や恐喝は当たり前の地域ですので」


 シーガッタと呼ばれた衛兵が僕に忠告してくる。


「ご忠告ありがとうございます。父から見聞を広く持てと言われていますが、危険な地域には立ち入らないように注意しますね」


 畏まったように言うと、衛兵の二人は「流石ゲオルグ様の御子息だ」と唸った。


「では失礼します。日が暮れる前に戻ってきますので」


 貴族式の礼を一つして、僕は貴族門に併設された潜戸(くぐりど)を通った。



 *****



 ユニゼラルには大別すると五つの地域がある。


 貴族地域──ルクスリエ地区。

 これは言わずがな貴族たちが住んでいる場所だ。僕が住んでいるクロムバッハ邸や元老院があるノイシュバン城もここにある。


 政務商業地域──ラーデン地区。

 ユニゼラルの中央部にある商業を中心とした場所。クライン広場やユニゼラル中央博物館といった建物が有名だ。政務と付いているように、役所や各国の大使館などユニゼラル貴族関係以外の政治的な施設も存在している。


 一般住居地域──ヴォーヌング地区。

 商業地域に隣接する場所にあり、ユニゼラルのほとんどの住民が住んでいるエリアだ。アパートメントのような集合住宅が主で、一戸建ての家を持っているのは基本的に富豪の商人ばかりだ。


 工業地域──イカイア地区。

 リラヘール大河沿いに位置する工業を中心とした地域。綿織物や製鉄、各国の技術の粋を集めた工業品などを多数作り上げ、世界中に輸出している。

 リラヘールの河川港もあり物流の中心点もここだ。


 難民地域──ノーマデン地区。

 工業地帯に隣接し、戦争で国を失った難民たちが多く住んでいる地域。工業地区のすぐ近くにあるせいで劣悪な生活環境らしいが、ユニゼラルで難民が住める場所はここしかないそうだ。



「──ふぅ、これでユニゼラルの大体の場所は見て回ったかな」


 街の中心、クライン広場の噴水のふちに座りながら僕は息をついた。


 都市内部は馬車によるインフラが整えられており、驚くほど安い金額で移動できた。一番安い馬車なら子供の小遣いでも街中を行き来できるだろう。


 しかもユニゼラルの各地には馬車の待合所が数え切れないほど存在しており、どうやら馬車組合その物が国の管轄となっているらしい。


《なァ坊ちゃん、なんでまた街中を見て回る必要があったんだ?》


 僕がそうやって思案にふけっていると、ヴァーゲストが念話(テレパス)で話し掛けてきた。


《……勿論、決まっているさ。次の獲物を見つけるためだよ》


 いくら僕がノアと出会ったことで生き方を変えようと決心しても、僕の殺人衝動が急に消えて無くなることはない。

 

 前回の殺人からもうすぐで一ヶ月が経過しようとしている。


 自身の中に燻る昏い炎は、着実に大きくなってきている。

 僕の渇望はまるで月の物のように正確で周期的だ。


 これ以上放置しておけば薬物中毒者のように暴走した僕が、身近な人間に危害を加える可能性も出てくる。それだけはどうしても防ぐべきなのだ。


《獲物ねェ、悪人を殺したいならゲオルグの大将に死罪確定の罪人でも用意してもらえばいいんじゃねェのか?》


「──いや、それは駄目だ」


 ヴァーゲストの提案を僕は即座に否定した。


《ハァ? なんでだよ? 坊ちゃんが殺しをしなきゃ生きていけない体質タチなのは知ってるけどよ、別に死罪になるような悪人だったら誰でも問題ないだろ?》


 ヴァーゲストが言ったことを考えないわけではなかった。


 これまでの生活でクロムバッハ家の権力の高さは十分に実感した。ましてはゲオルグは軍事方面にツテを持っている。罪人ぐらいは簡単に用意出来るだろう。


《その死罪が確定した罪人がもしも冤罪だとしたら? あるいはやむに止まれぬ事情で罪を犯した哀れな人間だったら?》


《……んなこと言ってもヨォ、そんなん気にしてたら切りがねェじゃん》


 僕の反論にヴァーゲストの言葉も弱い。


《そうさ、()()()()()()()。だから、それは考慮しない。僕が殺人鬼だというのは否定出来ない事実だけれど、それでも僕なりの流儀(ルール)があるんだよ》


流儀(ルール)ねェ、メンドクセェこったぜ》


 どちらにしろ殺人衝動(これ)は僕の罪業(カルマ)だ。

 

 ノアやクロムバッハの面々を巻き込むべきではない。


 ……いいや、それとも僕は自身の醜い一面を他者に見せたくないだけかもしれないな。


「──おや、もしやそこにいらっしゃるのはアインス様では?」


「ん?」


 誰かに声を掛けられた。

 噴水の縁に座りながら、声の掛けられた方を見ると──


「──アイリーンさん?」


 ドレス姿の金髪の美少女がそこにいた。

 初対面で、もはや忘れろと言われても無理なほど鮮烈な印象を与えてきた人物。

 アイリーン・アドル・ユニゼラル嬢、その人だった。


「あらやっぱりアインス様ですわ! まさかこんなところで出会えるなんて! やはりワタシとアインス様は運命の糸で結ばれているのではないかしら!?」


 アイリーンが興奮した様子で叫ぶ。

 運が悪いな。少々厄介な人物に見つかってしまったようだ。


「……貧乏臭い格好をしているものですから、すぐにアインス様だと気付きませんでしたわ。でもでも、どうしてそんな格好をしているのですか? しかも護衛の方も連れずに」


 衛兵隊のモンドに借りた服のことを言っているのだろう。

 そのまま気付かないで欲しかったのだが。


「……まあ、ちょっとお忍びで社会勉強をね。父に言われて」


 とりえあずこんな時のために用意していた言い訳を、すんなり口から吐き出す。クロムバッハ家は武門の家柄として厳格そうなイメージがあるし、こう言っておけばそこまで怪しまれないだろう。


「それはそれは、とても立派な心掛けですわ! 下々の生活を知っておくのは我々貴族の重要な責務ですものね。最近の貴族たちは私腹を肥やすことばかり考えているのに、流石はクロムバッハ家は違いますわ」


 ……下々ね。

 まあ僕は本当は貴族でも何でもないのだけれどね。


「ところでアインス様──」


 アイリーンは高級そうなドレスが汚れるのも気にせず噴水の縁──僕の隣に座った。

 すすっと身体を密着しそうなほど近づけて来る。


「奇遇なこと……いえ、運命なことにこれからクロムバッハ邸に伺うところでしたの。ゲオルグ様にアインス様との正式な婚約の申し込むために」


 運命なことってなんだ。


「そんな時にここで出会ったのはまさしく必然。いいえアトレイア神が定めた天命ですわ! ねぇねぇアインス様、結婚式はやはりアトレイア教会風で行いますの? 最近巷ではヒノモト風の結婚式が流行っているそうですわよ。着物というのも中々可愛いので是非アインス様に一度──」


 密着しながらマシンガンのように口早に口撃してくる。


 マズイな。

 どうして僕が彼女に好意を持たれているのか欠片も理解出来ないが、僕は婚約なんてするつもりは毛頭ない。


 かといって彼女を無碍に扱ってユニゼラル家に反感を持たれたくはないのだが──


「アイリーンお嬢様、こんなところにいたのですか!?」


 遠目から二十代後半ぐらいの女性が走って来るのが見えた。

 何故だが非常に焦っているように見える。


「あらイガラシさん、そんなに慌ててどうしましたの?」


「どうもこうも、急に馬車から飛び降りてどこかに行かれたものですから、慌てて探したんですよ」


 イガラシと呼ばれた女性は、シンゲンと同じように黒髪で東洋系の風貌だった。

 何かの制服なのだろうか。この世界では珍しい背広(スーツ)襟じめ(ネクタイ)、その上に短外套(ケープ)を纏っている。 


 しかし何というかキャリアウーマンのような印象を感じるが、これはむしろ──


「む、こちらの方はどなたでしょうか、アイリーンお嬢様」


「ああ、この方はワタシの未来の旦那様、アインス・トゥルス・クロムバッハ様ですわ」


「ほほう、では彼が最近噂のクロムバッハ家の御曹司ですね。これはこれは失礼を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()

 彼女の制服は、僕の世界で一番有名な探偵の服装を模しているのだ。


「あら、アインス様、少し緊張していらして?」


 身近にいるアイリーンが僕の様子に気付いたのか。そんなことを言ってきた。


「……あ、ああ、憧れの探偵局の人に会ったからね、ちょっと」


 僕はなるべく動揺を出さないように取り繕った。

 探偵は僕のような人間にとって天敵だ。それは骨身に染みている。


 まして僕はこれから犯罪を起こそうと計画している人間なのだ。

 緊張するなというのが無理な話だ。

 いつか接触するかもしれないと考えていたが、まさかこんなところで出会うとは思いもしなかった。


「イガラシさんは、現場では一番偉いお方ですけれど、結構抜けているところがある人ですの。そんなに畏まる必要はありませんわ」


「ははあ、抜けているとは随分な言い方ですね、アイリーンお嬢様」


「だって休日は寝間着のまま一日中、猫や犬と戯れているでしょう。そんなのを日頃見ていると、とても一流の捜査官には見えませんもの」


「……うぐっ、お嬢様、酷いです。それは口外しない約束ではありませんか」


 どうやらアイリーンはイガラシという探偵と親密な関係のようだ。

 十五歳に二十代後半。結構歳が離れているように思えるが、どういう関係なのだろうか。


「……っと、アイリーンお嬢様、そろそろ約束の時間です。クロムバッハ邸に向かいましょう」


「クロムバッハ邸?」


 意外な言葉が出てきたせいで思わず声を上げてしまった。どうしてここで僕の住んでいる家の名前が出て来るのか。


「む、これはクロムバッハ家の方の前で失礼を。実は探偵局として、ゲオルグ様にお会いする用事が──」


「──イヤですわ、ここでアインス様と運命的に再会出来ましたもの。クロムバッハ邸には一人で行ってくださいまし」


 イガラシの言葉を遮って、アイリーンが言った。


「そんな!? クロムバッハ家に正式な婚約の申し入れをするついでに、ゲオルグ様との面会を取り付けてくれると言ったではないですか!?」


 あわあわとイガラシがうろたえ始めた。


 しかし面会の取り付けだって?

 どういうことだ?


「ふーんですわ、人の逢瀬を邪魔する方の事情なんて知りませんことですわ」


「酷いですよ! この砦壊滅に関する報告書をゲオルグ様に渡さないと、私が上司にめっちゃ怒られるんですよ! 一年間休み無しにしてやるって言われたし、そんなことされたらポチ太とムニャと遊ぶ時間が! 後生ですからお嬢様ぁ!」


 いい大人が半泣きになり始めたが大丈夫か?


 でも気になる単語が聞こえたな。砦壊滅の報告書って。

 僕にも聞き覚えがある事件だ。


「……はぁ、しょうがありませんわ。日頃仲良くさせてもらっているイガラシさんの頼みですものね」


「やった! ヤッタ!」


 状況は未だよく分からないが、アイリーンが貴族地区の外にいたのはイガラシをクロムバッハ邸に案内するためだったのか。


 本来なら貴族は貴族地区の外に出ないらしいし。

 いや日頃仲良くしているということは、わりと地区外には出ているかもしれないが。


「アインス様、尾を引く気分ですけれど今日はお別れさせていただきますわ。またお会いしましょう」


 残念そうに言いながら、アイリーンが噴水の縁から立ち上がった。


「……あ、ああ」


 どうやらここから離れてくれるらしい。助かった。

 これ以上自称婚約者と探偵に挟まれていては、僕の胃に穴が空きそうだ


「そうそう、これを渡すのを忘れていましたわ」


 アイリーンは懐から手紙のような物を取り出して、僕に渡してきた。


「これは?」


「我がユニゼラル家が主催する社交会ですわ。各国の大使や、外国の貴族の方も参加される大規模な催しですの。アインス様も是非参加してほしいですわ。ええ、出来ればそこで婚約の発表を──」


「──ありがとう、予定が空いていれば検討させてもらうよ」


 アイリーンがまた面倒なことを言いそうになる前に僕は先んじる。

 そして参加するかどうかは未定なのだということを伝えるのも忘れない。


「ささ、お嬢様、行きましょ行きましょ」


 アイリーンの気が変わらない内に移動したいのか、イガラシが手を引っ張ってアイリーンを連行する。


「アインス様ぁ、また近い内にお会いしましょうですわぁ!」


 アイリーンがドップラー効果のように声を響かせながら、クライン広場から消え去っていった。


《ケケケ、面白いお嬢様だったなぁ、坊ちゃん》


 他人事だと思って、ヴァーゲストはお気楽だ。


「……やれやれ」


 なんだかどっと疲れたな。

 本邸で彼女たちに鉢合わせないように十分に時間を潰してから戻ろう。



 ──後に僕がネフェラから聞いた話。


 この時イガラシが持ってきた報告書は相当に厄介な物だったらしく、ゲオルグは幾日も徹夜し、クロムバッハ家は新たに発覚した事実に右往左往することになったそうだ。

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