第四話 クロムバッハの次期当主
「ゲオルグさん、一体どういうことですか!? 僕は四男でしょうが!」
興奮して思わず、お父様呼びが抜けてしまった。
この世界の一般常識、通例でいえば家系を継ぐのは第一子の男子──長男だと相場が決まっている。
つまり僕の世界の常識とあまり変わらない。
「我々クロムバッハ家にも色々と事情があるのだよ。なにクロムバッハ家の当主ともなれば大抵の事は思うがままに動かせるぞ?」
僕は元の世界では平凡で目立たないように生きていた。無論、殺人鬼としての本性をバラさないようにするためにだ。
ただ植物のようにありふれた存在であろうと心掛けてきた。
「……目立つのは性分じゃないんですよ。その次期当主の件、何とか白紙に出来ませんか?」
しかし妙だな。
ネフェラに聞いた限りでは、クロムバッハ家の男子は次男を除いて全て存命だったはず。扱いとして僕が四男だから、他に二人も家名を継ぐ人間がいるはずなのだ。
「無理であるな。すでにアインス・トゥルス・クロムバッハが次代の当主だというのは貴族社会にとって周知の事実なのだ」
「……まあ、それは旦那様が公に公表したからでございますがね」
呆れたように息を吐きながらネフェラが付け加えた。
「異世界の人間に家名を継がせるなんて正気とは思えませんね」
「気にするな。転生者であろうとなかろうとそんなことは些事である。要はゼノア様が万事つつがなく世に出ればいいのだ。クロムバッハ家の当主とて覇王の名声に比べれば案山子ほどの存在に過ぎんからな」
僕の扱いは使い捨ての駒程度の扱いだと思っていたが、想像していた以上に重要な役割を割り振られていたらしい。認識を改める必要があるかもな。
この様子だと僕が次期当主扱いになったのは昨日今日の話じゃない。それこそこの世界に呼びよせる前から、僕を当主に据えるのは既定路線だったのだろう。
どこの馬の骨とも分からぬ人物を、異世界から呼び寄せて重要なポストに付かせるとはね。無謀という何というか。あるいはそれほどなりふり構っていられない状況だったのだろうか。
「……ちなみにノアはそのことを知って──ね、寝てる!?」
さっきからやたら静かだと思っていたら、揺れる馬車の中で「すぴーすぴー」と寝息を立てながらノアが熟睡していた。
「昨日の宴会騒ぎの影響でございましょう。どうやら夜遅くまで起きていたようですから」
昨日は止まり木亭の大食い大会の後、食べ過ぎて動けなくなったノアはエーカとアリエッタに別室に連れられて介抱されていたはずだった。
そこで遅くまで話でもしていたのだろうか。
「ふむ、とりえあず話の続きは本邸に着いてからするべきか。アインスよ、この話はまた今度だ」
「色々と言いたいことがありますが……了承しました、お父様」
*****
自由貿易都市ユニゼラル。
世界でも有数の大都市だ。総人口は百万人を超えると言われているらしい。
自由貿易の名の通り、あらゆる事業に関税は掛けられておらず、ユニゼラルに必要最低限の税金を納めればあらゆる国家、商人が商売をすることが可能だそうだ。
ユニゼラルは、大陸の東側を横断するリラヘール大河と、外海に繋がる航路の中間にある。
またの名を『大いなる道』。
古代大陸語で全てを意味する言葉らしいが、その名に違わず海を渡ってあらゆる物資がユニゼラルに集まり、そして出ていくそうだ。
覇王クラインがユニゼラルを帝国に組み込まず独立自治にさせたのも頷ける。
なまじ半端に支配しても、世界の富が集中するこの都市はすぐにでも強大になってしまう。僕の世界の歴史を紐解いても分かるが、植民地なんて代物は発展すればするほど必然的に独立を要求する流れになる。支配者に抵抗するのだ。
ならば最初から自治権を与えて自由にしてしまえばいい。
当時の世界の国のほとんどが帝国に属していたから、ユニゼラルも利害の一致として友好的な関係を続けていったのだろう。
歴史書ではユニゼラルの自由貿易を推し進めたのは覇王クラインだと言う。大した先見の明だ。
色々な歴史書を読んで思ったことなのだが、奴隷制度廃止にしろ彼の思考は僕の世界の現代感に近いような気がする。
仮説だが、ひょっとしたら覇王も異世界からの転生者なのかもしれない。
だからこそ覇王は異界転生の儀式を重罪に定めたのではないだろうか?
戦国時代に天下を取った豊臣秀吉は治安維持のために大規模な刀狩りを実行したが、一説によるとそれは農民出の己と同じような天下人を出さないためだったとも言われている。
*****
馬車に揺られること数時間。
遥か地平線の向こうに見えていたユニゼラルの城壁はいつの間にか間近に迫っていた。
「観光ガイドを見て知っていたけれど、本当に出入りが自由なんだね」
馬車の外から、正門であろう巨大な門が見える。
門は常時開放されており数え切れないほどの人々が行き交っていた。当然、入国審査があるはずもない。
「ええ、であるからこその自由貿易都市でございます。他の城塞都市のように他国の人間を制限しては貿易が成り立ちませんからね」
クロムバッハ家の馬車はそのまま門を通り抜け、ユニゼラルの目抜き通りである大きな道路を悠然と進んでいく。
「へぇ、当たり前だけれどカサキヤ村とは随分違うね」
馬車から見える風景は、四階建て以上の石造りの建物ばかりだ。雑多でありながらどこか流麗な雰囲気を感じさせる。何となくイメージとしては十八世紀のロンドンに近いだろうか。
クロムバッハ家の馬車が目抜き通りをそのまま真っ直ぐ進み続けると、一際大きな広場に到着した。
広場の中央には豪華な装飾で彩られた直径三十メートルほどの巨大な噴水があった。
「ネフェラ、あの噴水の真ん中にある銅像はなんだい?」
噴水の中心部には年老いた男性と思われる銅像が鎮座していた。
「アレは覇王クライン・ダインスレイグを模した銅像でございますね」
「……ということは、ここが噂のクライン広場なんだね」
これも事前の情報収集で知っていたことだが、ここはユニゼラルの中心部にある大広場なのだ。ユニゼラルの数ある観光名所の一つだ。
「……都市の中心部にこんな代物があるなんて、本当にユニゼラルは覇王信仰が根強い地域なんだね」
元々帝国領でもなかったにも関わらずこの有様だ。
ユニゼラルは覇王が作ったとも言えるが、それも影響しているのだろうか。
「……わわっ、いつのまにかクライン広場にいる!?」
馬車の中で寝ていたノアがようやく目覚めたようだ。
窓の外の風景を見て驚いていた。
「……まったく、揺れる馬車の中でよくもまあ熟睡出来たモノだね」
「あ、美味しそうな出店がいっぱい出てる……うひひ、ちょっと寄っていっちゃマズイかな」
ノアの視線はクライン広場に並んでいる屋台たちに注がれていた。
氷菓子、アッティを丸ごと包んだ飴菓子、トウモロコシと似たようなカタチをした物を焼いた出店まである。まるでちょっとした縁日の祭りのようだ。
「数時間前までもうしばらく何も食べたくないと言っていたような気がするんだけど……」
「ふむ、では本邸に到着する前に小休止といきましょうか」
「旦那様、あまり甘やかすのはどうかと思うのでございますが……」
「なに、我らが主人の要望だ。答えぬわけにはいかぬであろう」
「……はぁ、しょうがありませんね。ゼノア様、買っていいのは三つまででございますよ」
孫を可愛がる好々爺のような表情のゲオルグに、ネフェラが苦言を呈しながら妥協した。
「やた、それじゃあ買ってくるね。アイ君、いこいこ」
「……ととっ、ノア、走ると危ないよ」
馬車を出た僕はノアに手を引かれて、クライン広場の出店の列に向かった。
やれやれ、こういうところは年相応の少女なんだがね。




