第4話 スナック『ファンタジー』
千陽子のバイト先の話です。
第4話 スナック『ファンタジー』
千陽子は、副業として働いているスナック『ファンタジー』に出勤した。
場所はJR福島駅の近くにある。
オフィス街なので飲食店なども多く、大阪駅から一駅という地域性もあり、なかなかの激戦区だ。
ここは、お笑い芸人として、まだ安定した収入が入ってこない千陽子として、大変重要な資金源となっていた。
カランカラン
店のドアに取り付けられた鈴が、鈍い金属音を鳴らす。
「いらっしゃいま…、あ、チョッコ!おかえり…」
出迎えたのは、この店のチーママのマヤである。
年の頃は32歳で千陽子より一つ上だ。
ほっそりとした体にやや胸のあたりが大きく開いた黒のワンピースを着ている。
背中辺りまで伸ばした髪の毛を茶髪に染め、毛先は緩いカールがかけられていて、指先にはエンジ色のマニキュアを塗っている。
美人のチーママで有名なのでマヤ目当ての客が結構入る。
中に入ると、6席あるカウンター席に客が一人、2つあるボックス席はまだ誰も客はいなかった。
時間がまだ早いこともあるが客が一人とは…
と思いながらも客に挨拶をする。
「いらっしゃーせー、ん?」
千陽子が客に反応する。
「あれ?シンジやん!珍しいな、どないしたん?」
シンジと呼ばれた男は、一条隼人のチーム『ブラックテンプルナイツ』、通称『ブラテン』の元メンバーである。
「あ、いや、ちょっと相談が…」
シンジが来た理由はひとつしかない。
「あ?隼人のことやろ?」
千陽子は今日はその話でお腹一杯だ。
そう言いながら、慣れたようにカウンターの奥に入っていく。
「何で、それを。」
「アホ、ワイを誰やと思とんねん?」
客をアホ呼ばわりする店員もどんなものか。
「それやったら、話早いですわ、頼んますわ、千陽子さん!」
「何を頼むんや?店で頼むんは酒だけやで!」
「そんな、殺生な!」
シンジは泣きそうな顔になる。
「酒も頼まんと、店に居座られる方が殺生やわ。」
「わかりました、じゃあ、ウイスキーの水割りひとつ下さい。」
「あいよ、水割り入りましたー!」
まだ、有線を入れていないので店内が静かなところへ、千陽子の声が響く。
「声でか!」
シンジが耳を塞ぐ。
「仕事柄、声が大きいんですわ。すんまへんなー、で、何を頼みに来たんや?聞くだけは聞いたる。」
「ほんまでっか?ありがたい!」
「アホ、とりあえず聞くだけや、内容もわからんのに安請け合い出来るか?」
「そら、まあ、そうですけど…まあ、聞いて下さいよ。」
シンジが千陽子に話を始めた。
それによると、シンジは隼人が氷神殺しの容疑者として警察に捕まり、自分達チームの者も警察に引っ張られ、事情聴取と口の中のDNA採取をされたらしい。
「どうも、警察の動きを見ていると他に誰か犯人がいるような感じなんですわ。」
「なんでそう思うんや?」
「いや、何か、隼人さんが真犯人やったら、俺らのDNAなんて取る必要ないじゃないですか?」
「ふん、そら、そうやな、」
「それに、隼人さん、実はあの氷神の嫁さんの明菜とどうも関係があったみたいですわ。」
「え?それホンマか?」
礼子も警察から隼人と明菜の関係を聞かれたと言うし、千陽子としては捨て置けない話だ。
「ええ、警察で事情を聞かれるときに隼人さんと明菜との関係を聞かれたんですわ。それで、何も知らんって言うたら、警察は、『あの二人がデキとるのは、もうネタはあがっとるんや』って言ってきて、で、そこから、何か知らんかって、そらもう、刑事もめっちゃひつこかったですから、ホンマの話かと…」
「ふーん、やっぱり嫁はんが鍵やな。」
「やっぱりって?何か千陽子さんも調べてはるんですか?」
「アホ、誰が捜査情報をホイホイとしゃべるか!うちの事務所の人間とちゃうで。」
「わかりました、でも、頼んますわ、隼人さんを何とか助けてやってもらえまへんか?このとおり!」
シンジが両手を合わせて千陽子に拝む。
「ワイは神さんちゃうで、まあ、話はわかった、確かにワイの方もちょっと調べてるんで、何かあったら手伝えよ?」
「わかりました、ありがとうございます!」
そう言うと、シンジは千円札一枚だけをカウンターに置いてそそくさと店を出て行った。
「こんな札一枚だけで足りるか!福澤さんを置いていけや!」
またもや千陽子の声が店内に響く。
「ったく、もう、アイツはいつも調子だけはエエわ。」
とぼやく。
「隼人君捕まったんだ。」
「そうなんや、せやから礼子からも相談受けてて…」
「人気者やね。」
「そんなんやあらへん、便利屋や。ワイに頼んだら何とかしてくれると思うとるんや。」
「頼りにされてるんよ。」
「はー、疲れるわー」
千陽子はカウンターテーブルに突っ伏す。
カランカラン
店のドアが開く。
「しゃーせー!」
千陽子の挨拶が段々と適当になってきている。
入ってきたのはスラリとした体型の女性だった。
バイクスーツにバイク用のブーツ、ロングの茶髪、長いまつげには切れ長の目がセットになっていた。
「静香!」
千陽子が、そう呼んだのは、堂本静香といって『スターセブン』のナンバー5の元メンバーである。
メンバー当時からバイクのテクニックがすごくて、現在はバイクレーサーをしている。
だが、千陽子と同じく経済的にバイクレーサーだけでは中々食べていけないので、このファンタジーに働きに来ているのだ。
「すみませんリーダー!今日はちょっと、レースの地方大会があって、直ぐに顔を出せなくて…」
「良いって、良いって、仕事が一番やから!」
「あ、マヤさん、中で着替えてきます。」
「どうぞ、食事は?」
「いや、まだです。」
「冷蔵庫にピザの残りあるけど?」
「いただきまーす。」
静香もカウンターテーブルの端っこ部分の天板を上に持ち上げて奥に通り抜ける。
静香が、奥から着替えて出てきた。
襟元がV字に開いた黒の半袖シャツと黒地にシルバーの幾何学模様のタイトスカートをはいている。
スタイルがいいので見映えがいい。
「マヤさん、ピザごちそうさまでした。めちゃうまでした。」
とお礼を言う。
「そう?あれ、ウチのお客さんが『食べてー』って持ってきたやつで、何でも最近近くにオープンした有名なピザ店らしいわよ。」
「へー!そうなんすか?」
静香がカウンターに入り、千陽子を見ると、千陽子はコップを拭いたり、大きな氷をピックで砕いたりと、せわしなく仕事をしている。
店には何人か客が入ってきていたので、客の相手もしている。
千陽子は口は悪いが、頭の回転が早いので、場を回すのが上手い。
会話が変な方向に行こうとすると、直ぐに話を切り替えて話題を変える。
本業の仕事で培われたのだろうか、客へのツッコミも鋭い。
だが、客の気分を害するツッコミではない。
逆に気分を良くするツッコミだ。
例えば、
「千陽子ちゃん、最近、本業の方はどうなの?」
「いやーボチボチでんな、って、何でそんな古臭いボケをやらなあかんのですか!?」
という風に、自らボケながら、客にツッコミ返すという感じだ。
基本的に大阪の客はこういうおもろい店員が好きだ。
高級クラブならそうはならないだろうが…
「リーダー、隼人のこと、香から聞きました。」
「リーダーはやめてや。さっきはお客さんおらんかったからエエけど。」
「あっ、すみません、ついクセで…」
「自分もそうやけど、樹里亜や香もホンマ、頼むで!」
「いやー、なかなか昔のクセって抜けないもんですわ。」
「それは抜いて。めっちゃ恥ずかしいから。」
千陽子が静香に照れながら言う。
「総長って言われるよりはマシでしょ?」
とマヤが言う。
「そんな事を言う奴がおったら、道頓堀川へカーネルの刑や!」
「千陽子さん、マジでしそうで怖いですわ。」
と静香が素の顔になる。
「えっ?マジでやると思ってんの?嫌やわー、そんなん冗談に決まってるやろ!もう!」
と言いながら千陽子は静香の肩口を平手で軽く叩く。
バチーーン!!
かなり大きな音が店内に響き渡る。
それと同時に、
「いったーーーい!!」
と静香の悲鳴が上がる。
店内の客もその声に驚いて静香の方を見る。
「えっ?静香、それは痛がり過ぎやろ?ちょっと突っ込んだだけやん。」
「いや、ま、マジで痛いっすわ。千陽子さん、現役時より力ついてるんとちゃいますか?」
と顔をしかめながら静香が言う。
袖から出ていた素肌部分が真っ赤になっている。
軽くてそのくらいなのだから、仕事中の力を入れた千陽子のツッコミはある意味、『凶器』であった。
まあ、この千陽子の強烈なツッコミで、今までの相方は、骨折や脱臼などの被害に遭っていた。
だが、千陽子はそんな相方達に、
「カルシウムが足らんのや!もっと牛乳飲んで、じゃこ食べろ!そしたら骨は固くなるわ!」
と口癖のように言う。
強烈な一撃に恐れをなした大半の芸人は千陽子と組むのを嫌がる。
カランコロン
再び店のドアの鈴がなる。
「せー!」
千陽子が反応する。
もう、挨拶なのか何なのかわからないレベルだ。
店に入ってきたのは黒山だった。
「あ、クロさん、いらっしゃい、珍しいですね。」
とマヤがカウンター席に座った黒山におしぼりを出す。
夏場なので冷たいやつだ。
「隼人がうとたで。」
うたうとは、刑事ドラマでもお馴染みの警察用語で『白状する』と言う意味だ。
「隼人がですか?マジですか?」
千陽子が驚いて聞き返す。
「ああ、せやけどな、どうも、話が噛み合わんみたいや。」
「話が噛みあわんって、どういうことです?」
「要は、『秘密の暴露』的なものが無いんや。現場でワシらが目にしたものや状況の説明は出来ても、ホンボシにしかわからんことや知らんことの説明があらへんみたいなんや。」
「へーって、そんなこと、ここで話してエエんですか?」
「エエわけないやろ。今の警察は昔と違って情報の漏洩には非常に厳しくなっとるわ!」
「そしたら何で?」
「ワシの独り言や!」
「あー、なーるー。で、その秘密のなんたら言うのがないから、警察も足踏みしていると?」
「そういうことや。現場で使用していた練炭や七輪について、ちゃんとした説明がないらしいわ。」
「それって、購入した店とかですか?」
「そういうことや。」
黒山はそう言うと注がれた水割りを一口飲む。
「何かを隠しているのか、誰かをかばっているのか…」
「さっき、シンジが来てて氷神の嫁が隼人とできてて、何かそれに関して色々聞かれた言うてましたけど?」
「あーブラテンのシンジか、そう言えば連中を捜査本部置いてる豊中東警察に呼んだって言うてたな。」
「現場って豊中なんですか?」
千陽子が尋ねる。
「あれ?ワシ、言わんかったか?」
「聞いてませんよ、もしかしてワイを引っ掻けようとしてません?」
と千陽子が、黒山に疑いの目を向ける。
「アホ、そんなことするか。」
「でも、隼人がそんなにあっさりと認めるなんて…」
「そやな、まあ何か隠しとるわ。それは間違いない。」
「隼人、どないなるんです?」
「まあ、死体遺棄はかなり細かいとこまで言うとるから起訴されるやろな。」
「で、殺人の方は?」
「いや、まだそれは札取ってないからなあ。」
「えっ?札って、逮捕状ですか?」
「そうや、まだや。事実を正確に暴露出来んような奴に逮捕状突きつける程の度胸は警察にはあらへん。」
「じゃあ、釈放ですか?」
「うーん、どうやろか?隼人が起訴後に保釈を申請するかどうか?まあ、しても後ろに殺しが控えてるから申請しても認められへんと思うけどな。」
「そしたら、しばらくは檻の中ですか?」
「そうやな。」
「はー、色々聞きたいことがあるんやけどな。」
と千陽子が言うと静香が、
「面会は?」
「アホ、事件の話なんか面会でさせてもらえるかいな。」
「そうなんですか。」
と静香はガックリと肩を落とす。
「まあ、どっちにしてもお前達の思うほどには簡単やあらへんわ。」
「そうなんですか。」
「そうや。」
黒山がそう言いながら、再び水割りを口にする。
店の中で流れる有線の音楽が何か物寂しく流れていた。
いたって普通の話ですなー。
まあ、ゼリーと千陽子の言葉に関連性を持たせているので、暇な方は探して見て下さい。
それでは失礼します。
(。・Д・)ゞ