第七弾 『敵機の奇襲』
三階建ての校舎。
その三階にジャック達の教室が存在し、真下の一階には職員室がある。
広々とした部屋中に職員たちの机が並び、巨大な黒板が壁に張り付いている。
放課後ということもあって、職員たちの多くはここに居座っていた。
そこにノースリーブの白い服と、黒いホットパンツを履いた女性が居た。
肌寒さが目立つようになってきた時期にして、明らかに季節外れな服装だ。
黒髪をおさげにし、豊満な胸を強調するかのような恰好をしているのはナナリー・レイフィートと呼ばれる女性。
ニコニコと微笑みながら机に座り、生徒たちの報告書に目を通していた。
そんな彼女の傍まで、一人の女性が椅子に座りながら近づく。
「相変わらず仕事熱心ですね、ナナリーさんは。」
水色の髪を三つ編みに結い、優しげな微笑みを浮かべる女性。
海のように透き通った青い瞳が印象的だ。
赤い毛糸のセーターと青のロングスカートを着込み、黒の二―ハイソックスを履いている。
ナナリーとは対照的に、露出が殆ど見受けられない。
「あらぁ~、アルカちゃん。
ナナリーちゃんはいつも通りよ。
それより、もうお仕事は慣れたかな?」
「はい、おかげさまで。」
声を掛けてきた相手に向けて微笑み浮かべるナナリー。
アルカと呼ばれた女性は、それを受けて満面の笑みで返答した。
アルカ・エトワール。
着任したばかりの新人であり、ナナリーが彼女の世話を受け持つ。
学園の職員の中では屈指の美貌を持ち、学園内では教師のみならず生徒までも視線を送るほどで、街を歩けば日に一度は声を掛けられる。
そんな彼女に対して、生徒との接し方や職員同士の付き合い方など、ナナリーは懇切丁寧に教えていた。
そのお陰か、アルカ自身もナナリーを尊敬してやまない。
「あの、ナナリーさん。」
「ん? なぁに?」
真剣な表情になって呼び掛けるアルカに、相変わらずの笑顔で首を傾げる。
「ティムは……弟は上手くやれていましたか?」
「……上手く……実技をした時のこと?」
問い掛けてくる彼女の言葉を聞き、やや思考しながら確認するように尋ねる。
アルカは真剣な眼差しでコクリと頷く。
召喚の実技をした時、ナナリーはティムと呼ばれる少年を指名して実行させた。
その時のことを、アルカは訊いてきたのだ。
ナナリーは口元に人差し指を添えながら考える。
「そぅねぇ~……悪くはなかったわ。
アルカちゃんの弟くんだから、変なことになるとは思っていなかったけど。」
「そう、ですか……。」
ナナリーからの言葉を聞いて、安堵するようにホッと息を吐くアルカ。
よほど弟であるティムのことが心配だったのだろう。
「でも、ティムちゃんはあまり周りと馴染めていないのが目立つわね。」
「っ、周りと馴染めていない、ですか。」
次いでナナリーは、やや真顔になりながら相手を見据え、呟いた。
それを聞いて目を見開かせながら、アルカは彼女を見つめる。
「えぇ……だけど、以前からアルカちゃんが心配するようなイジメは、特に受けていなさそうよ。
私も、レイフィート軍の連中が隊内でイジメを起こしたことがあったから、イジメを受けているかどうかは顔を見れば分かるもの。」
真剣な表情で呟くナナリー。
普段の間延びした雰囲気もなく、厳格な印象もない彼女の言葉は、優しげな姉のような声音だった。
そんなナナリーに対し、アルカは視線を落とす。
普段の印象とは異なるナナリーからの言葉を受けても、どこか不安げな雰囲気を醸し出していた。
「そう、ですか。」
「……アルカちゃん、そんなに落ち込まないで。
ティムちゃんのことは、私も気に掛けて見ておくから……ね?」
ナナリーはアルカの手を取っては握り、彼女の顔を覗くようにしながら微笑んだ。
どんな時でも、どんなことがあっても、ナナリーがアルカを見捨てるようなことはしない。
着任早々で右も左も分からず、どこか周りと壁を作っていた自分を引っ張ってくれたのは、目の前に居るナナリーなのだ。
アルカ自身、彼女から受けた恩は何をしても返しきれないほどに大きいものだった。
「ナナリーさん……ありがとうございます。
弟を、どうか宜しくお願いします。」
「ふふっ、お願いされなくてもナナリーちゃんはしっかりと役割を果たすわよ。」
礼を言いながら頭を下げるアルカに対し、ナナリーがクスクスと笑う。
今更だと言わんばかりに。
「お姉ちゃん。」
「ひゃっ! ティ、ティム!?」
突如として背後から声を掛けられ、ビクッと体を震わせながら驚くアルカ。
すぐさま顔を後ろにすると、ティムが眉八の字にした気弱そうな表情で立っていた。
肩まで伸びた水色の髪に、人形のように愛らしい顔立ち。
姉と同様に透き通った海色の瞳。
低身長で華奢な体つきと顔立ちは、一見して少女に見えてしまうが、れっきとした人間の男である。
彼は白を基調とした学園服を着込み、黒い長ズボンと靴を履いていた。
「っ、そ、そんなに驚かなくても……。」
姉の反応に驚き、両手を胸元で組みながら視線を逸らすティム。
そんな彼にアルカは苦笑を浮かべてしまう。
「あははっ、ごめんね。
急に呼び掛けられたから、ビックリしちゃった。」
「そ、そう……僕の方こそ、驚かせてごめんなさい。」
「いいわよ、別に。
それより、どうかした?」
アルカの言葉に思わず視線を逸らし、謝ってしまう。
今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出す。
そんな弟に苦笑するアルカ。
すぐさま話を切り替え、何用かと問い掛けた。
「その……そろそろ、帰ろうかなって思ったんだけど……。」
ティムはぎこちなく言葉を紡ぎ、椅子に座る姉を上目遣いで見つめた。
そんな彼の姿に、アルカは苦笑を浮かべた。
「あ~、ごめんねティム。
お姉ちゃん、もう少し仕事があって遅くなりそうなの。
だから今日は、ティム一人で帰ってくれないかな?」
両手を顔の前で揃え、謝りながらも遅くなると告げるアルカ。
新人として着任し、最初こそナナリーのサポートもありながらこなしていたが、最近は殆ど自分の力で仕事をしている。
今までは、ティムが来るまでに仕事を終わらせていたアルカだったが、今回に限っては仕事を残してしまった。
謝意を含んだ姉の言葉を受けたティムは、海色の瞳を大きく見開かせる。
「…………え?」
予想外の言葉に、絶望的な表情を浮かべるティム。
姉と共に帰るのが日課だった。
今までは自分の帰宅に合わせるように姉が仕事を終わらせ、共に帰っていた。
しかし、今日は一人で帰るように言われてしまった。
それが、あまりにもショックだった。
「どれくらい掛かるの?」
「ん~……あと二時間くらい、かな。」
真剣な表情で問い掛けるティムに対し、アルカは自分の机を見る。
大まかな時間を計算し、それを言葉に出した。
「それじゃあ僕、お姉ちゃんがお仕事終わるまで待ってる。」
「……え?」
ティムの言葉を聞き、今度はアルカの方が驚きの表情を浮かべていた。
弟が放つ予想外の言葉に、困惑してしまう。
「でも、二時間だよ? 二時間、暇じゃない?」
「…………。」
冷や汗かきながらも問い掛けるアルカ。
仕事の手際が悪いせいで二時間もの間、帰宅を望む弟を待たせることが忍びなかった。
先に帰らせ、好きなことをさせた方が時間経過も早く感じるだろう。
ただでさえ疲れるような授業ばかりであるのに、これ以上疲労を感じさせるのはよくない。
彼女の言葉を受け、ティムはしばらく黙考する。
「……僕はお姉ちゃんの隣で、お姉ちゃんの仕事を見るから大丈夫だよ。」
「ッ!? そ、それは……お姉ちゃんの方が大丈夫じゃないわよ。
何が楽しくて、弟に自分の仕事を見せなきゃいけないの?」
彼の発言に顔を引き攣らせるアルカ。
弟に見られながら仕事をしても、集中できそうにない。
他人ならばともかく、身内に見られる仕事ほどやりにくいものはない。
「……ダメ、なの?」
「ぅ……。」
姉の言葉を受け、今にも泣き出しそうなほどに悲しげな表情を浮かべながら、ジッと見つめる。
その捨てられた小犬の如き視線は、簡単には断れない。
「わ、分かったわよ。
でも、邪魔だけはしないでね。」
「うん、大丈夫。
ありがとう、お姉ちゃん。」
受け入れてしまった姉に対し、ティムは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべて礼を言う。
そんな二人のやり取りを傍で見ていたナナリーは、その微笑ましい光景に思わずクスッと笑ってしまう。
「仲が良いわねぇ~、二人共。」
「そ、そんなことありませんよ!?」
からかうように言われ、思わず慌てて否定してしまうアルカ。
それを見聞きしたティムは、またしても悲しげな顔を浮かべる。
「……お姉ちゃん。
僕のこと、嫌いなの?」
「へ? そ、そんなことないわよ。
別に嫌いとかじゃなくて、その……恥ずかしいというか……何というか……。」
弟に弁解の言葉を掛ける姉。
アルカは弟と恩師の、完全な板挟み状態となってしまう。
「…………。」
そんな微笑ましい日常風景の中、微かに聞こえたプロペラの音にナナリーが反応する。
周りの教師たちもワイワイと談話をし、職員室の中は人の声が飛び交う。
そんな喧騒の中でも、しっかりとプロペラの音を聞き捉えるナナリー。
真剣な表情で窓の外を見つめた。
すると黒い塗装をした航空機が、六機編隊でこちらに向かってきていた。
その間もアルカたち、エトワール姉弟は話しをしている。
『妙だな……今日はどの部隊も、編隊飛行などは予定になかったはずだが……。』
ナナリーは編隊を組んだ複数の機体を見据え、考える。
頭の中で叩き込んだ一日の軍の予定を、紐解いていく。
しかし、編隊を組んでここら周辺を飛び回る部隊など、無いはずだった。
ヴァレアス帝国は三機編隊が主流であり、三機で一つの小隊を編成する。
今回の場合だと二個小隊ということになるが、そもそも二個小隊が同じ空域を飛び回ること自体が有り得ないのだ。
編成の段階で異常だった。
「ナナリーさん、どうかしましたか?」
「…………。」
隣で話し掛けるアルカ。
だが、ナナリーは反応しない。
視線すらも合わせない。
刹那、ナナリーの常人離れした視力を以て、ある物を捉えた。
「ッ!?」
それは、漆黒の戦闘機が抱えている、漆黒の小型爆弾だ。
小型といっても、この部屋一つを吹き飛ばすには充分すぎる戦力だった。
敵だ。
三機編隊で、友軍のフリをしての奇襲攻撃だ。
相手を油断させるために組み立てた、敵の罠だった。
「逃げろ。」
「……え?」
ナナリーの小さな呟きに、アルカはキョトンとしてしまう。
すぐさま切羽詰まった表情を浮かべる。
「今すぐ逃げろ!!!」
「お姉ちゃん!!」
職員室全体に響き渡るように叫ぶナナリー。
そして、珍しく声を張り上げるティム。
ここでようやく、ナナリーが見つめる窓の先へと、アルカ含む職員全員が視線を向けた。
一気に静まり返った職員室。
すぐそこまで迫り来る敵機。
ナナリーは女性とは思えないほどの怪力でアルカを立たせ、エトワール姉弟を強引に引っ張った。
そのまま出口へと向かおうとする。
プロペラの音がハッキリと聞こえ、こちらに接近する敵機を全員が捉えた。
しかし、逃げ出すにしても遅すぎた。
複数の敵機は立て続けに数個の爆弾を投下する。
その内の一発が職員室の壁を突き破り――――
「ッッッッ!!!!」
――――爆発した。
ナナリーたちの体が爆風で吹き飛ばされる。
刹那、ナナリーはエトワール姉弟を手放してしまった。
そして、彼女の体は空中で一回転する。
背中で職員室から廊下までの窓を突き破った。
更に吹き飛ばされたナナリーは、廊下の壁で背中を強打した。
「がはッ!!!」
肺に溜まっていた空気が一気に吐き出され、床に叩きつけられる。
うつ伏せで倒れた体を起こそうと、床に手をつく。
「ぐっ……うぅ……。」
息をすることすらも困難な状況下で、ナナリーは顔を上げて立ち上がろうとした。
目に映ったのは割れた窓の向こうに見える炎。
赤く明滅する天井。
床や壁にベッタリと付着する人の血。
それらを見送った先、ナナリーは虚しくも意識を失ってしまった。
職員室は一瞬にして吹き飛ばされ、死体の山が築き上げられながら、あちこちで炎と黒煙が立ち込めていた。




