第六弾 『信用と信頼』
放課後。
茜色の空が見える教室。
他の生徒は帰宅する者以外に、残って外で運動している者たちがいた。
グラウンドから彼らの声が聞こえてくる。
そんな中、ジャックは教室でシャルルが主催する講義を受けていた。
今回は、六星刻印と開心と呼ばれるものに関しての話。
昼に名前だけ出てきては、ジャックが放課後での説明を求めた話題だ。
しかし今回は、六星刻印を中心に行われるらしい。
「開心によって開かれた『リアライザー』の心に、『ストライカー』が触れると『六星刻印』っていうのが刻まれるの。
ちょうど、こんな感じの文様ね。」
真剣な表情で説明するシャルルは、ホワイトボードに六芒星を描き始める。
円の中心に正三角形と逆三角形を重ね合わせる。
お世辞にも形は綺麗なものだとは言えないが、それは大した問題ではない。
「その、六星刻印ってのが刻まれたら、『ストライカー』自身はどんな変化があるんだ?」
ジャックは早速、疑問を口にする。
至極根本的なものだ。
六星刻印が『ストライカー』自身の手の甲に刻まれることは理解した。
それを以って召喚へと繋げることも理解した。
だが、肝心の『ストライカー』の変化の理解は追い付いていない。
身体的なの変化や、精神的な変化はどうなのか。
どんな状態になるのか。
「まぁ、色々と疑問はあるかもしれないけど……後で答えてあげるから、今は待ちなさいな。」
クスクスと微笑み、人差し指を自らの口元に添えて呟くシャルル。
ひとまず、今の疑問を頭の隅に置いておきながら、ジャックは彼女を真っ直ぐに見据えていた。
「六星刻印の説明の前に確認するけど、ジャックは六芒星が持つ意味って知ってるかしら?」
「……六芒星が持つ、意味?」
唐突な問い掛けに、思わず首を傾げるジャック。
「そんなもの聞いて、何になるんだ?」
「いいから、早く答えなさいよ。」
質問を質問で返され、不機嫌そうな面持ちを浮かべるシャルル。
ジャックはホワイトボードに描かれた六芒星を見つめ、考える。
形そのものに対して、どこか惹かれるような不思議な感覚はあったが、その意味など考えたこともない。
当然ながら今まで、六芒星について調べようとも思わなかった。
「……知らないな。」
「そっか。
じゃあ、説明するわね。」
解っていたかのように話を進めるシャルル。
それに耳を傾けるジャック。
「六芒星は基本的に、正三角形と逆正三角形の組み合わせで構成されているの。
ここでいう正三角形は『男性』を表してて、逆三角形は『女性』を表している。
その二つの三角形が組み合わさり、統合され、調和がとれている状態が六芒星よ。」
シャルルは『六芒星』という星型多角形の意味を説明した。
二つの三角形の組み合わせによって構成され、その調和として六芒星が生み出されている。
それぞれの三角形は、男女を表すことも話題の一端として述べた。
「つまり、『ストライカー』が『リアライザー』の心に触れて、調和が取れた状態の証として六星刻印が発現するの。
男性の心と女性の心が一つになった証、といえばより分かりやすいかな?」
「なるほどね。
ってことは、六星刻印ってのは、互いに互いを信頼していれば出てくるってことか。」
「…………。」
シャルルの説明を元に、ジャックが考えをまとめてみる。
しかし、シャルルは視線を逸らして何やら考え始めた。
そんな彼女の態度に、ジャックは怪訝な表情を浮かべる。
「……シャルル?」
思わずジャックが首を傾げ、シャルルは視線を戻してきた。
「ごめんなさい。
互いに信頼、って言うとちょっと違うわ。」
「……どういうことだよ?」
彼女の言葉に、訳が分からないといった風情のジャック。
シャルルは言葉を続ける。
「アタシの説明不足だったってことよ。
間違いではないけど、正解とは言えない。
『リアライザー』自身は、開心をした段階で『ストライカー』を信頼していることになるの。
それに対して六星刻印は、『ストライカー』が『リアライザー』を信頼している証ってこと。」
「信頼……。」
シャルルの説明で出てきた言葉。
信頼。
誰かを信頼し、誰かに信頼される。
信頼とは、どういったものなのか。
ジャック自身も興味を持ち始めていた。
「その信頼ってのは、具体的にどんなものがあるんだ?」
「……唐突に難しい質問をするわね、アンタ。」
「何か悪いかよ? 気になってんだから仕方ねぇだろ。」
ジャックの唐突な問い掛けに冷や汗をかくシャルル。
そんな彼女に不満げな顔で呟く。
そして、ジャックの疑問は収まりを見せない。
「そもそも『信用』と『信頼』って、どう違うんだよ? 召喚に必要なのは、『信用』じゃなくて『信頼』なんだろ?」
「…………そ、そうね。
『信用』と『信頼』の違い、か。
確かに、言われてみれば『信頼関係』とは言っても、『信用関係』なんて言葉はないものね。」
ジャックの疑問に、シャルル自身も腕を組んで考え込む。
彼が質問した内容は、一言に関係ないとは言い切れない要素だ。
そして、シャルルは今まで疑問視すらしなかった内容でもある。
腕を組み、数分もの間考え続けた。
かなり難しい内容ではあったが、徐々に徐々に、その言葉の意味を明確にしていく。
「難しいけれど『信用』っていうのは、なんだか物理的よね。
対して『信頼』は、精神的な面が多い気がするわ。」
「…………どういうことだ?」
シャルルの発言に、ジャックは首を傾げる。
彼女なりに導き出した答えとして、こうして口に出し始めたが、ジャックの理解が追い付いていない。
しかし、自らの考えを纏めるように、シャルルは言葉を続けた。
「相手が積み上げた何らかの実績や成果物……その人が今まで行ってきた業績なんかを見たり感じたりして、『この人なら信用できる』って感情を抱くのが『信用する』ってこと、なんじゃないかな。
対して『信頼』は相手の性格とか、癖とか、目には見えないものに何らかの期待や憧れを抱くもの、なんじゃないかなって思う。
こういう点を考慮すれば、『信用』は過去で『信頼』は未来を指しているように思うわね。
相手の過去の業績や成果を見て、期待して『信用』する。
簡単に言えば、企業が過去に造った製品品質が良ければ、その企業が造った同じ分野の製品品質を人は『信用』するのよ。
でも、『信頼』ってなるとそうじゃない。
相手の性格や癖を理解した上で、その人の未来の行動なんかに期待する。
『この人になら秘密を伝えても大丈夫』って感情を抱くの。
恋人同士とか、家族とかはこっちに近いわよね。」
「…………。」
言葉を並べる内に、シャルル自身は理解しつつあった。
それが正解か間違いかは問題ではない。
『信用する』ことと『信頼する』ことの違い。
過去と未来。
物理的と精神的。
一方、彼女の説明を聞いていたジャックは理解の外にあった。
完全に話に置いて行かれた気分だった。
更に言えば、自分の疑問の本質が解消されていない気分に陥った。
「……よく分からねぇな。
つまり、『信頼』を勝ち取るにはどうすりゃいいんだ?」
「……そうね。
まずは、相手に『信用』されることじゃないかしら。
過去の業績を『信用』して貰った上で、今後の業績を『信頼』して貰わないといけない。
簡単に言えば、アンタがこれから先で信頼を勝ち取るために多くの人から『信用』されて、『信頼』されないといけないのよ。」
ジャックの疑問に対し、シャルルはクスッと微笑みながら告げた。
これが正解かは分からないが、それでジャックの疑問が少しでも解消されれば良いと思った。
それによって、ジャックも多少の疑問は解消されていた。
だが、それでも何かが足りない。
ジャックは腑に落ちない気分を孕み、真剣な表情で更に問い掛ける。
「……相手のことを理解した上で、相手に委ねるってのが信頼……それは解った。
けどよ、その信頼ってのをもっとこう、手っ取り早く勝ち得るにはどうすれば良いんだ?」
「もっと、手っ取り早く?」
ジャックの質問に、問いの意図を掴めずに首を傾げるシャルル。
『信頼』を勝ち取るために『信用』されるような行動を起こすというのが、ジャックの問いに対する答えだと思っていた。
だが、ジャックは掘り返すように『信頼』を勝ち取るための問いかけを投げてきた。
自分の答えに納得していないことは解ったが、それ以上何を求めているのかが見えない。
そんなシャルルに対しても、ジャックは言葉を選びながら自らの疑問を伝えようとする。
「……召喚ってのは、神秘的な儀式のようなものなんだろ? だったら、その儀式に等しい『何か』があるんじゃねぇのか。
信頼関係を築くために行われる、神秘的な儀式のような『何か』だ。」
「……あぁ、なるほどね。」
補足のように述べた彼の言葉に、シャルルはようやく理解する。
召喚のように神秘要素を孕んだ、信頼関係を築く方法を彼は尋ねたいのだ。
確かにそれならば、信用のために動く手間は省かれるのではないか、という疑問を抱くことだろう。
ようやくジャックの考えが解り、それによって一つの答えが見えてきた。
「ないことはないわよ。
神秘的に信頼関係を築く方法。」
「ホントか!?」
視線を逸らしながらも呟くシャルルに、ジャックが身を乗り出すように食らいつく。
期待していた応えに辿り着けそうな状況に、興奮しているようだ。
しかし、その想いに釘を刺すように人差し指を立てながら、言葉を紡ぐ。
「但し、これは上級士官学校で学ぶ分野よ。
アタシ達みたいな下級士官学校の生徒が知るべきものじゃないわ。
だから、アタシがアンタに教えて良いかどうかは分からない。」
「……そうか。
じゃあ、後でナナリーさんに何か言われる可能性があるってことか。」
「えぇ、そうよ。
場合によっては機密事項の漏洩に繋がるから、知りたいのならここからは自分で調べることね。」
シャルルの説明に納得するジャックに対し、自らの意志で学ぶように告げる。
自身がそうしてきたように、ジャックにも探求心を養ってほしいという想いもあった。
「俺が勉強、ね。
気分が乗ったら調べておく。」
「そうすることね。
って、かなり話が逸れちゃったわね。」
顔を引き攣らせながらも呟くジャック。
彼の言葉に頷きつつも、大きく話が逸れたことに苦笑するシャルル。
その時、窓の向こうで何かが煌いたのを、視界の端で捉えた。




