第三弾 『毎朝の日課』
「……朝か。」
ジャック・クリードは目覚まし時計を消しながら、一人呟く。
ベッドから上体を起こし、周りを見渡した。
誰も居ない部屋。
ゴミが散乱し、足の踏み場もないほどに汚れていた。
掃除をする気にもならない。
「……シャルルの野郎……昨日は散々だったぜ。」
金髪をグシャグシャと掻き乱し、ベッドから降りながら溜め息混じりに口にする。
放課後に行われたシャルルの講座後に、二人でアイスを食べに行った。
授業料として、一番高いアイスを奢ることとなり、そのことを思い出しては溜め息が出てしまう。
「朝からイライラするなァ。
まぁ、アイツのお陰で色んな事を知れたし、アイスも食えたし……悪い気はしねぇ。」
思い出すだけで怒りが沸き上がってくるが、リスクの分だけリターンがあった。
すぐに怒りの感情など霧散した。
ジャックは出発の準備を進める。
掃除も、食事も、準備も、ジャックが全て自分でこなさなければならない。
そんな中、昨日の講座の内容を思い出していた。
「……『ストライカー』と『リアライザー』だったか。
確か、戦闘機に乗るのが『ストライカー』で……『リアライザー』は……なんだっけ?」
頭の中で思考しながらも、早速忘却していた。
暫く考えた後に、またもガシガシと金髪を掻き乱す。
「だぁ~、クソ!! あのアマ、一気に詰め込み過ぎだってェの。
何が何だか訳分かんなくなっちまったじゃねぇかよ!」
再び怒りの感情が沸き上がってくる。
記憶の定着に失敗したようだ。
流石に昨日今日ですぐに覚えられるほど、ジャックの記憶力は優れていない。
ようやく興味が出始めてきたとはいえ、勉強嫌いであることに変わりはないのだ。
「その時はその時で、またアタシがみっちりと教えてあげるわ。」
「ぬあァァァァァッッ!!」
耳元で唐突に話し掛けられ、驚きのあまり叫んでしまうジャック。
すぐさま後ろを振り向く。
すると、こちらを見つめて微笑する少女が居た。
シャルル・マリー。
プラチナブロンドの髪を頭頂部分で二つに分けて結ぶツーサイドアップの髪型。
後ろに流した髪は腰よりも更に長い。
服装はいつも通りの紺を基調とした学生服で、しっかりと着こなしていた。
「なな、なんでテメェがここに!?」
「玄関の鍵が開いていたからね。
相変わらず不用心なのね、ジャックって。」
ジャックの問い掛けに、シャルルは悪びれた様子もなく告げる。
微笑みながら言われ、ジャックはジト目で彼女を見つめた。
「だからって勝手に入ってくんじゃねぇよ。」
「あら、良いじゃない。
今に始まったことじゃないんだし。」
クスクスと笑いながら、シャルルが呟く。
以前からこの展開は繰り広げられており、毎度毎度ジャックが驚かされている。
「それに、こぉんな可愛い女の子が、朝になって起こしに来るのよ? 少しは喜びなさい。」
シャルルは口元に人差し指を添え、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
普通の男が見れば、それだけで惹かれるものがあるだろうが、ジャックには通用しない。
「……自分で言うなよ。」
「ん? 何か言ったかしら?」
「何でもねぇよ。
それより、さっさと行くぞ。」
その場に立ち上がるジャック。
準備したカバンを手に取り、散乱したゴミを踏み越えていく。
「ホント、最低の部屋ね! 少しは掃除しなさいよ。」
「面倒くせぇんだよ。
最低だって思うんだったら、入ってくんなって。」
シャルルの苛立った声音に、ウンザリした様な反応を見せるジャック。
この言葉もまた、毎度毎度言われる言葉だ。
最低の部屋だと言いながらも入ってくるシャルルの心情を、ジャックは未だに理解できずにいた。
「フン、アタシが来なきゃ、アンタも出てこないじゃない。」
「シャルルが来なくて俺が出なかった瞬間は、一度たりともねぇけどな。
そもそも、お前の行為は不法侵入も甚だしいぜ。」
シャルルの発言に冷静にツッコむ。
彼の言う通り、入学して一月が過ぎた辺りから、シャルルが家に迎えに来るようになった。
当然ながら、シャルルが迎えに来なかった時期は自分で起床し、準備し、通学していたのだ。
だが、いつも間にやら家の場所を特定され、勝手に家に上がり込まれ、部屋の文句を言われるようになった。
それらを思い返しながら、ジャックはもはや溜め息すらも出ずに玄関から外に出る。
「アタシだから良いのよ。」
「……メチャクチャな理屈だな、それ。」
シャルルの言葉にいつも通りであるかのように、平然と告げるジャック。
ポケットに手を突っ込みながら無表情で歩くジャックの隣を、シャルルが笑みを浮かべながら歩く。
「それはそうと、昨日はありがとうね! アイス、美味しかったわ。」
「んぁ?」
シャルルはジャックのやや前方まで出てきて、彼の顔を覗くように体を傾ける。
そのまま満面の笑みで礼を言われ、ジャックは間抜けな反応を示してしまった。
しかし、すぐさま微笑を浮かべる。
「あぁいや、俺の方こそありがとよ。
昨日は教えてくれて。」
「あら? さっきは「あのアマ、一気に詰め込み過ぎだ!」って文句言ってたのに、どういう風の吹き回しかしら?」
ジャックの礼を受け、悪戯っぽく微笑むシャルル。
先ほどの独り言を棚に上げてきた。
「お前が礼を言ったから、俺も言ったんだろうが。
確かに詰め込まれたって気持ちはあるけどよ。
シャルルも自分の勉強時間割いてまで俺に教えてくれたし、理解力がねぇ俺に物教えようってんだから骨が折れるだろうなって思う。
けど、感謝してんのはマジだぜ。」
「な、なによ……いきなり掌返したみたいに言っちゃって……。」
真剣な表情で告げるジャックに、シャルルは思わず顔を逸らす。
予想外の言葉を掛けられ、返答に困ってしまった。
「ハハッ! 掌返してんのはお互い様だぜ。
しっかし、よくやるよなァ……俺みたいなバカ相手に勉強教えるなんて、課題として出されても絶対したくねぇよ。」
掌返すような言い方はお互い様だと述べた先、腕組しながら独り言のように呟く。
その言葉に、シャルルは再びジャックの方へと顔を向けた。
「……ジャック、一つ勘違いしてる。」
「あ? 勘違い?」
今までで一番真剣な表情になり、シャルルが指摘した。
その言葉に、首を傾げるジャック。
彼の歩みを止めるように前に立ち、ジッと見据える。
それに反応してジャックもシャルルの前で立ち止まった。
「貴方はバカでも、理解力がないわけでもないわ。
理解をしようとしないだけよ。
昨日教えて分かったことなんだけど……ジャックは、やる気さえあれば何だってできると思う。
やればできるのに、やろうとしないだけなの。
それはアタシだってそうだし、誰でもそうなのよ。
だから、そんな風に自分を低く見る必要はないわ。」
「……シャルル。」
淡々と紡がれる言葉に、ジャックは目を見開かせた。
今まで自分は、座学に対して全く理解できないバカだと考えていた。
どれだけ教えてもらっても、どれだけ勉強しても、結局は頭に入ってはこない。
そして、周りは自分をバカだバカだと罵倒し、それを受け入れて考えを定着させていた。
しかし、シャルルは違った。
「本当に理解できない奴は、アタシの話を聞いても全く理解できない。
理解しようともしない。
でも、貴方は理解して、理解しようとした。
すぐに理解できなくても……それが普通の人間よ。
今まで全く知らなかった知識を、突然叩き込まれて、たった一日で完全に覚えるなんて無茶よ。
少なくとも、今のジャックは数日前のジャックよりは理解したはずでしょ。
詰め込み過ぎたのは悪いって思うけど……教える側として、教え甲斐があるってことだけは頭に入れておいて。」
「…………。」
真剣な表情で発せられた、初めて掛けられた言葉。
否定の言葉ではなく、肯定の言葉だ。
「へへっ、ありがとよ。
そうだな、卑屈になってても仕方ねぇか。」
シャルルの言葉を受け、ジャックは吹っ切れたように笑みを浮かべた。
その笑みを見た瞬間、シャルルも微笑みながら頷く。
「んじゃ、早速だけどよ。
『リアライザー』について教えてくれよ。」
「全く、しょうがないわね。
簡潔に言えば、兵器を具現化する者よ。
生産と整備を同時に行うような存在のことで……」
シャルルの講座のおさらいが始まる。
そうした中で、二人は学園までの道のりを歩み始めていた。




