オープニング
蒼天の晴れ空。
雲がまるで綿あめの様に点々と浮かびながらも、晴れ渡った大空だ。
そこに、複数の黒点が見られた。
一方は三十余りの点。
その点の進行方向に、一つの点が同進行で飛んでいる。
その正体は、鈍重なエンジン音を奏でる鋼鉄の鳥だ。
プロペラ音とエンジン音を奏でる、数多の戦闘機。
『敵機は、前方やや下方地点を飛行しています。』
無線で聞こえる男の声。
三十機余りある戦闘機は、全て異なる形をした黒塗りの機体だ。
その中に漆黒の軍服を着た兵士が搭乗している。
彼等の駆る機体の共通点として、前部にプロペラが装着されていた。
そんな大編隊の前方を、悠然と飛び続ける敵機があった。
やや下方に位置する敵の機体。
高度が高い方が優位。
それはどんな機体であろうと、どんなパイロットであろうと、共通の定義だ。
敵よりも高度を高く保つことこそが、必勝の秘訣。
『よし! 敵は一機だ。
おそらく偵察機だろうが……全員、油断せずに確実に仕留めろ。
このまま雲に隠れながら接近し、太陽を背に奇襲する。
絶対に生きて帰すな!!』
『了解!』
大隊長機が無線で告げる。
それに、周りのパイロットたちも無線で了承の意を示した。
相手は一機だ。
何も恐れることなどはない。
なにせ、三十倍以上の戦力差があるのだから。
相手はこちらに気づいていないように、悠然と飛び続けている。
気づいていれば機動で分かる。
敵は一機。
高度は優位に立っている。
周囲には雲がある。
天候も、状況も、我らに味方しているのだ。
これで勝てないはずはない。
『攻撃せよ! ただ攻撃せよ!』
大隊長機が声高らかに命令する。
刹那、一斉に急降下していく。
太陽を背にして奇襲する。
まずは三機。
たった一機の敵に向かって、急降下しながら銃撃する。
偏差射撃によって、相手の前方に銃弾を叩き込む。
ガガガガ!!という三機の戦闘機による機銃の音と共に、下方の敵機へと銃弾の雨が襲いかかる。
しかし、敵機は発砲音と共に旋回し始め、回避した。
そのまま敵機は、上昇を始める。
『ッ!?』
三機を駆る搭乗員たちが一様に驚愕する。
確実に仕留められた軌道だった。
それ相応に、自分たちには練度があった。
そのために死に物狂いで訓練を重ねてきたのだから。
だが、敵機はいとも容易く、まるで撃ってくることを事前に感知していたかのように、軽やかな動きで回避してしまった。
「くっ、逃がすな!」
追い掛けようと、上へと意識を向ける。
機体はすぐさま上昇を始めた。
しかし、上昇を始めた瞬間、前方には敵機の姿が既になかった。
上昇したはずだ。
なのに、居ない。
どこだと思い、真横を見る。
すると、こちらに機首を向ける敵機の姿があった。
パイロットの姿が見える。
だが、そんな余裕はない。
空間が、妙にゆっくりと走った。
「ーーーッッッ!!!」
声にならない声をあげたと同時、銃弾の嵐が襲い掛かる。
即座に大爆発を起こした。
それも、三機同時だ。
「なんだ、アイツは!?」
大隊長は驚愕の面持ちで戦闘の一部始終を見ていた。
部下三人の急降下。
それを回避し、上昇を開始する敵機。
すぐさまそれを追い掛けようと上昇を開始した部下三機。
だが同時に、敵機は上昇中の機体の後部を一気に跳ね上げ、そのまま失速停止させた。
そして、そのまま横滑りの軌道を取って、機首は上昇してきた部下機に向けていた。
刹那、機銃が火を噴いて三機同時に撃墜されてしまった。
あり得ない機動だ。
あり得ない駆動だ。
とうてい、人間業ではない。
いや、そもそもそんな軌道に耐えうる機体が存在するはずがない。
物理的に不可能なほどに変態的な機動なのだ。
「…………。」
隊長機はただただ、次々と敵機の餌食になる部下の様子を、見ているしかなかった。
勝てるはずがない。
先ほどまで勝利を確信していた心は、ものの数分で心変わりしてしまった。
絶対的に不可能なのだ。
敵機に並ぶほどの技量を、此方は持ち合わせていないのだから。
「神だ……。」
無意識のうちに、隊長たる男は呟いていた。
『神』と称して差し支えない圧倒的な技量と動き。
恐怖を凌駕して畏怖の感情が出てくる。
『うわぁァァッ!』
『は、はやッ……』
『ぐあぁぁ!』
次々と漏れ出てくる部下たちの断末魔。
このようなことが、起こるはずなどない。
起こりえない。
敵機はたった一機なのだ。
しかも、機首にプロペラを付けた機体。
これほどまでの性能差はないはずなのだ。
だが、扱っている者があまりに圧倒的すぎた。
絶望的すぎた。
これではまるで、一種の災害だ。
敵機は弾の悉くを回避し、もはや銃弾が自ら避けているように見えてしまうほど。
彼には無駄な機動など存在しなかった。
「貴様ら! 敵は一機だ! 速やかに墜とせ! 墜としてしまえぇぇぇ!!!」
命令した声が震えた。
理不尽な命令だ。
命令した自分ですら思う。
上官の命令を聞いた部下たちは、突っ込んでは回避された。
敵機を追い掛けると、いつの間にか真横や真後ろに付かれた。
そして、最終的に銃弾の暴風を浴びせられる。
全滅。
三十機余りあった機体は、数分で沈黙した。
空は黒煙で染まり、味方機は紙のように墜ちていった。
ふと、敵機の白銀に塗装された機体に、一つの装飾が施されているのを捉える。
「あ、あれはッ!?」
大隊長機は、その塗装を見た途端、顔面を蒼白に染め上げた。
銀の主翼に皇国の国旗が施され、機体側面には雷を纏う黒い狼が描かれている。
「……ライトニング・ジャッカル。」
大隊長が呟いた矢先、三十機余りの編隊はたった一機の戦闘機によって全滅し、自身も空の藻屑と化した。
誰も居なくなった晴天には、白銀の機体が太陽によって煌き、黒い狼の塗装を施した航空機が、悠然とプロペラ音を奏でながら飛び続けていた。